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第21話 突然のラストラン・EF65-501

 最近、バイトを増やした。


 元からやっていたポスティングのバイトの日数を減らし、その分、駅前のパン屋のバイトを新たに始めたのだ。こうすることで、ジオラマ製作の時間を確保し、貨物ホームに居るEF15電気機関車に関連したイベントの企画や管理を手伝えるようになった。そして、将来的にはパン屋のバイト一本にする方向でいる。


 店長のおばちゃん曰く、現在大学4年生のしおりさんは、大学を卒業したら正社員登用制度で正社員となることに決まっているらしい。


(自分もそうなるのかな?)


 と、思う。


 高レベルな授業を受けて、JAXAやNASAに行き、いずれは宇宙飛行士や天文学者になりたいと思っていたのは遠い昔。高校に入って少しして、そんな夢はどこかへ消えてしまった。そして、科学の世界よりも最近は童話の世界や鉄道の世界に入り浸る事が多くなり、にも関わらず将来的にやりたい事は曖昧。


「私もそうね。小さい頃は、夢持っていたなぁ。」


 水運で栄えた川沿いの商店街の一角にある、大正時代から続き、煙突からは今でも薪を燃やす煙が昇っている銭湯。建屋は大正時代に建てられたままの物だ。

 浴室の男湯と女湯を隔てるのは薄い壁で、天井まで通じていないから、男湯と女湯で会話が筒抜け。

 浴槽は熱湯、普通、低温の泡風呂で、低温の泡風呂は基本的に壱拾湯の薬湯。熱湯と普通の浴槽は日替わり湯で、今日はパインアメの湯。壁面には金魚が描かれた銭湯は、昔から洋館の町の住人の憩いの場だ。


 パン屋のバイト終わり、といっても自分はジオラマ製作に精を出していたけど、バイト終わりに一緒に銭湯に行こうとしおりさんに誘われた。この後は夕食であろう。

 演歌「津軽海峡冬景色」が流れる銭湯の洗い場で身体を洗って、普通の温度の浴槽に入る。普通と言っても、湯温は43℃くらいある。


「私、昔は歌のお姉さんになりたいなぁなんて思っていた。」


 と、しおりさん。


「でも、大きくなるにつれて、周りから「目立ちたがり屋」呼ばわりされ、中学の時の音楽祭で、一人だけ突出してしまって周りが着いて来られなくなり、そのためにケンカになって、嫌になっちゃって。」


 演歌が流れる中で、しおりさんの声が聞こえる。しおりさんの声は、紅いディーゼル機関車DD51の汽笛のような、透き通ったガラスの笛の音のようだ。


「高校2年となれば、進路とか、将来の事とか、考える時期ではあると思いますが、これと言って、やりたい事があるかと言われると、何もないのです。」

「リオナ。なんとなくで生きるのはやめな。私は、夢を見失って、パン屋で働いているけど、それもこの町が好きだから出来ている事よ。私、洋館の町が好きだから。そして、今は、パン屋のSNSやイベントを通して、この町の良いところを発信していきたいって思ってる。」


 しおりさんは大人だ。本当に、自分のお姉さんのようだ。


 銭湯を出て、川沿いの遊歩道を歩いて駐車場に行く途中でスマホを見ると、EF65‐501が今週末、洋館の町まで来る蒸気機関車の列車の補助機関車として運用に就くという情報。


 既にさよなら運転が始まっていて、先日、EF65‐501はEF64‐1053とプッシュプルで水上温泉。DD51‐895とプッシュプルで横川までの運転を行っていた。そうでなくとも、最近、SL列車の補助機関車にはEF65‐501が就くことがやけに多く、都会の駅の機関区に居る電気機関車の中では最も稼働率が高かっただろうし、自分もかなり見て撮影していた機関車だ。

 それ故にあまり気にはしなかった。


「リオナは、私と一緒に居て楽しい?」


 川の向こうの石畳風の路面の道を走る車の灯りや、柵に作られた灯篭の灯りが川面に写る中を歩きながら、しおりさんは急に聞いてきた。


「自分は、楽しいです。」


 本心で応えた。しおりさんは微笑んだ。

 川面に波紋。鯉が泳いでいるのだ。

 遊歩道の先の公園の駐車場に出た。ここに、しおりさんの車が止まっている。

 家まで、しおりさんの車で送ってもらう。


「日曜日はSL来るからね。来たらSNS用の写真よろしく。」


 と言って、しおりさんと別れる。


 学校の課題を済ませて、迎えた日曜日。

 EF65‐501が都会の駅から洋館の町まで列車を牽引してやって来た。

 反対側には、蒸気機関車D51‐498の姿。


 EF65‐501と12系客車5両とD51‐498のプッシュプルの列車。やはりこのご時世で、電気機関車側の写真を撮る者も多いが、観光客の半分以上は蒸気機関車のD51‐498側に行く。


 そうした人々の隙間を縫って、自分は一眼レフカメラと、お店のSNS用のスマホでEF65‐501とD51‐498の写真を撮る。最も、撮った枚数ではEF65‐501の方が多いが。


 バイトの最中、その写真を元にSNSに宣伝をアップし、ブログ記事をまとめていると、D51‐498の汽笛が轟いて、SL列車として都会の駅に戻っていく。

 窓から列車を見送りながら、一瞬、貨物ホームのEF15とEF65‐501が並ぶ瞬間を狙って自分の一眼レフで撮影し、それをブログ記事のトップ画像にしてアップした時だった。

 パン屋のSNSのコメントを通して信じられない情報が入って来た。


 それは、今、SL列車に乗っている乗客からだった。


「たった今、車掌さんからアナウンスがありました。真相は不明ですが、EF65‐501は今日の運転を最後に、旅客列車としての運用から外れるということです。EF65‐501は今日がラストランということで、衝撃を受けております。その中で、EF15とEF65‐501が並んだ写真を見ました。」


 自分は溜息を吐いた。


(このところロクゴがやけに、SLの補助機関車となる事が多かったのって、さっさと壊して廃車にしてしまおうという事だったのか、或いはあまりにも調子が悪かったので、さよなら運転期間の最後までもたないと判断して、その前からSLの補機仕業に就かせていたのかな。だったら、SLの補機仕業も手抜きしないでしっかり見届けたかったな。)


 と、後悔する。

 そして、先ほどアップしたEF15とEF65‐501の写真を再度見返した。


(こうもあっけなく、当たり前が無くなってしまうのか。)


 また、自分は小さな溜め息を吐いて、そのコメントに返信を書く。


「ブログ担当スタッフのリオナです。コメント、ありがとうございます。コメントを見て、私も「こうもあっけなく、当たり前の光景が無くなってしまうのか」と衝撃を受けております。このところ、SLの補機仕業にEF65‐501号機が就くことが多く、「あぁ最後が近いのに同じ機関車ばかり。」という思いが芽生えて、手を抜いてしまいましたが、さよなら運転期間の最後を待たずに旅客列車仕業から引退してしまったなら、しっかりと記録しておくべきだったと後悔しております。電気機関車とディーゼル機関車の最後の日まで、その活躍をしっかり見届けましょう。」


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