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11,ドタキャン無効系妖怪。


「――【旋風禍頭ツムジマガト】、または【天邪鬼姫アメノヤキヒメ】。御存知ですかぁ?」


 首と肩を通した紐で固定されたノートパソコンをカタカタ鳴らしながら、甘野さんが問いかけてきた。


「確か、大昔に猛威を奮って【神性しんせい指定】を受けた妖怪……スよね?」


 かつて「神の怒りが顕現したのだと言われれば、そう納得できるほどの大災害を引き起こした妖怪」に対して行われた超危険生物認定。それが神性指定であり、神性指定を受けた妖怪を神性妖怪と呼ぶ……らしい。


 何故に「らしい」と言う曖昧な言い回しかと言えば……。


「何でいきなり、そんな御伽噺を……?」


 神性妖怪なんて、伝承しか残って無ぇ連中だ。

 実際に存在が証明された神性妖怪は、現代までただの一体もいねぇ。

 高専でも、時間を持て余した教師の雑談としてしか出てこない話と言う扱いだった。


 まだ人類の妖怪に対する知見が浅かった時代。妖怪への恐怖心の余りにその脅威が誇張・誇大化され、実際の自然災害すら妖怪の仕業として語り継がれてしまった……と言うのが、最近の通説だったか?


 で、件の旋風禍頭ツムジマガトは、前触れなく天から現れて局地的な暴風災害を引き起こす神性妖怪とされている……らしい、くらいは知ってる。

 察するに、突発的な竜巻被害がこの妖怪の仕業っつぅ話になったんだろうな。


「暴風災害の権化として語り継がれる旋風禍頭ツムジマガト。その異名が何故、天邪鬼姫アメノヤキヒメと言うのかぁ。その理由は知っていますかぁ?」

「それは知らねぇっスけど……」

「では教えてあげましょぉ」

「いや、それよりも何で俺が拘束されてんのかとか、さっき光井堂が言ってた犠牲がどうとか言う発言について説明して欲しいんスけど……」

「それを説明するためにはぁ、まず天邪鬼姫アメノヤキヒメについて理解していただく必要があるんですよぉ」

「……はぁぁ?」

「では、よろしいですかぁ?」


 まったくよろしくねぇが、聞く耳を持つ感じは無し。

 ターンっとキーボードを強く叩いて、甘野さんは解説を続ける。


「【天邪鬼アマノジャク】と言う妖怪がいますよねぇ? 路傍の犬の糞便を誰かが踏みやすい位置に移動させたり、雨の日は民家の窓に落ち葉を貼り付けて回ったり……ただただ『誰かが嫌がりそうな悪戯を繰り返すだけ』の小鬼ぃ。その余りの小物っぷりに現状は害性指定すらされていない地味悪戯系の妖怪」

「……ああ、いやがるな」


 こっちの話を聞いてくれる気配が無さ過ぎて、もう雑敬語すら使う気力が失せてきた。


「ある地域には、『天邪鬼姫アメノヤキヒメ天邪鬼アマノジャクの完全上位互換的側面を持っているぅ』……と言う伝承が残されているんですよぉ。気ままに暴風を起こすのではなく、あえて、人間が殊に嫌がりそうな場所や時間、例えば収穫直前の田畑などを狙って暴風を起こし、嘆き騒ぐ人間を嗤って愉しむ、鬼が如き邪悪な天女……故に天邪鬼姫アメノヤキヒメ


 性格悪っ。ってか、災害規模の被害を起こす妖怪って話から随分とスケールダウンしてねぇか……?

 いやまぁ、災害規模の産業被害は出ていたんだろうけども。


「その逸話が転じて、こんな伝承も存在するんですよぉ……『天邪鬼姫アメノヤキヒメは、誰かに嫌がられるのが大好きなつむじ曲り。なので、被害を受けた時にあえてそれを歓迎・感謝しているようにみせかけると、地団駄を踏んで悔しがりながら天へと帰っていく』と……ちなみにその地団駄で山崩れが起きるそうですよぉ」


 どこまでも迷惑な妖怪だなおい。


 ……って、アホか。

 御伽噺、空想上の妖怪に何ツッコミ入れてんだ俺は。


「ここからは神性妖怪全般に通じる伝承になりますがぁ……神性妖怪は御霊ごりょうに近い側面もあるとされていますぅ。自身と性質の近い人間を好み、その人間の頼みを聞き入れる事があるとぉ……まぁ、軒並み対価として、その人間の身柄や魂をもらっていくそうですがぁ」

「…………ン?」


 気のせいだろうか。

 何だかよくわからないけど、すごく嫌な予感がしてきた。


 いや、その人材に俺が抜擢される理由にまったく身に覚えが無ぇんだが……「あきらかに何かやべぇ儀式をしようとしている臭い五芒星の真ん中に拘束されて、こんな説明をされている」と言う状況的に嫌な予感がマッハ超えてきてる。


「私が何の研究をしているか、覚えていらっしゃいますぅ? 特殊的妖怪誘引現象。そして今、私の中でホットなのは『神性妖怪の特殊的妖怪誘引現象』なんですよぉ」


 ヤバい。本当にヤバい。

 嫌な予感が一歩一歩ぺたぺたと足音を立てて迫ってきている感じがする。


 ――そんな妖怪は存在しないとしても、何か類似する変なのはいるかも知れない。そして、それを呼び出すための儀式的なものがここで行われるのかも知れない。んでもって、その儀式における供物的なものが、もしかしたら……いやいやいや、いやいやいやいや………………嫌ァァァアアア!?


 逃げねばならぬぜと本能が叫んでやがる!!

 だが、どれだけもがいても何重にも巻かれた鎖が固定杭にガチガチとぶつかってやかましいだけだチクショウ!!


 助けて所長!

 占え! 今すぐ特に理由もなく俺の事を占え所長ォォォォォォオオ!!


「ちょっと、ジャラジャラガキンガキンうっさいわよ。大人しくしてなさい」

「光井堂ぉおお!! おま、ちょ、何か薄々状況が理解できてきたんだが正気かテメェ!?」

「……正気じゃあ、絶対に超えられないじゃない」

「はぁ!? 何の話だ!?」

「あたしは、どんな手を使ってでも一位になりたい」

「――ッ」


 光井堂の顔はいつも通りの不機嫌そうな仏頂面――ではなくなっていた。

 今にも泣き出してしまいそうなほどに、苦悶で歪んだ顔がそこにあった。


「……あんただって、わかるでしょ。永遠の二位。どれだけ藻掻いても、足掻いても、登り詰める事ができない苦しさが」


 その言葉に、忌々しいほどに長ったらしいポニーテールが脳裏を過ぎる。

 いつだって、俺より前で揺れていた。


「だから、これ。神性妖怪の力を行使できる御霊使い。これ以上の処理屋がこの世に存在すると思う?」


 ……今の光井堂の言葉で、すべて確信に変わった。


 甘野は、自身の研究の極致として神性妖怪をこの場に呼び出そうとしている。

 光井堂は、その神性妖怪を御霊として使おうとしている。


 そして選ばれた理由は未だにまったく以て完全に謎だが――俺は、その呼び出される神性妖怪への供物……先輩と送り犬(マロン)で言う所の骨ガムとしてここに連れて来られた。


「いや、誰が骨ガムだよ!!」

「……骨ガム?」

「こっちの話だ! とにかく光井堂……テメェ、ふざけんなよ」


 何が「あんただって、わかるでしょ」だ。


「もう一度だけ訊くぞ、マジで正気かテメェ。ンな事して何の意味があンだよ?」

「何? 妖怪に頼るなんて、逃げだとでも言いたいの?」

「違う。別に御霊に頼る事を否定はしねぇ。それも立派な戦い方だ」


 ……前に、先輩との世間話で無神経に訊いちまった事がある。

 フィジカルに恵まれてねぇ先輩が、妖怪処理屋になった理由を。

 あのアンポンタンの普段の姿から、大した理由があるとは思わなかった。本当に何気ない世間話のつもりだったんだ。

 でも、少し考えりゃあわかる事だった。どんだけ俺は馬鹿なんだと自己嫌悪する。

 あんな小せぇ体で、妖怪の力を借りてまで妖怪処理屋になる理由なんて……想像できる事は多くねぇだろうよ。


 ――悲劇が起きた。

 ――もう二度と、起こさせたくない。


 そんな悲痛な願いに、応えてくれる妖怪がいた。


 そう言う話だった。


 確かに、御霊と言う存在――妖怪の力を頼ると言う選択肢に、疑問を呈する声は多い。

 でも、俺はその戦い方を絶対に否定しない。


 その上で、光井堂の正気を心の底から疑う。

 先輩と光井堂には決定的な違いがある。


 単純な話――こいつにゃあ一切、共感できねぇ。


「問題はやり方だ。人間を供物にして御霊の力を借りるなんざ、違法も良いとこだろうが。誰も認めねぇ」

「何その脳みそ腐ったお説教。正攻法でできる事なんて限られてるじゃない。現実を見なさいよ」

「現実が見えてねぇのはテメェだアホ。誰にも認められねぇ手段を使ったら、もう登り詰めるもクソもねぇんだよ」


 昔の俺と同じく一位に固執しているようだから、とち狂う前の光井堂も同じような考え方だったと仮定して話を進めるが……。


 俺が妖怪処理屋になったのは、承認欲求を満たすためだ。

 俺が一位を目指して足掻き続けたのは、俺を認めて欲しかったからだ。

 一位あいつに俺を見て欲しかったからだ。


 誰にも認められない手段を使おうとしてる、今のテメェの気持ちなんざ……わかる訳ねぇだろ。


「つむじ曲りだか飴焼き紐だか知らねぇが、断言してやる。このままいけば、テメェはただの犯罪者だ。一位? 笑わせんな。表彰台に登れる身分だと思い上がるなよ」

「……っ……」


 ……ああ、酷ぇ面だ。光井堂はもう、涙を堪え切れてねぇ。

 こんな手段に頼ろうと決断した気持ちはサッパリだが、そんな面になる気持ちならわかるぜ。テメェ自身、間違ってるって……意味が無ぇってわかりきってんだ。


 光井堂は何かを言いかけて、口を噤んだ。きっと、反論を考えたが自分でその論理が破綻していると理解してしまったのだろう。当たり前だ。間違った行動を正当化できる理屈なんて、この世に存在するはずが無ぇ。


 ……やがて光井堂は、膝から崩れ落ちてうずくまってしまった。


「……おや、これはまぁ…………ええ、はぁい。ダメそうですねぇ」


 それを見ていた甘野はやれやれと溜息を吐きながら首を横に振る。


「光井堂さんの協力が得られないのであればぁ、この実験はこれまでですねぇ。残念」

「え……案外、あっさり諦めるんだな……?」


 光井堂に関係無く実験を進めるんじゃあないかと、一瞬キモが冷えたんだが……。


「あらぁ、御存知無いのでぇ? 光井堂さん、母方の御実家が陰陽師としてそれなりに名家なんですよぉ。つまり、妖怪関係の問題はある程度なら揉み消せるぅ。ですのでぇ、この実験の話が軌道に乗ったんですがぁ……光井堂さんがこの状態ではおそらく……実験が成功してもぉ、私の立場が危うくなってしまいますねぇ。神性妖怪に纏わる実験は非常に蠱惑的ですがぁ……手足の一本程度ならばともかく、そのためにすべてを捨てるのはさすがに、割に合わなぁい」


 …………何かこう、実験のためなら何でもするぜ系のマッドサイエンティストかと思ったら、普通に冷静な人だった。

 あ、いや、待て。俺を供物にしようとした事に関してはノーコメントだし、暗に手足を失う程度ならOKとか言ってるし、そこそこマッドは入ってるか。


「何にせよ、もう俺がこうして拘束される理由は無ぇって事だよな?」

「ええ、はぁい。と言う訳で今すぐ実験を中止して解放して差し上げますよぉ。今後のためにぃ、罪は少しでも軽くしておきたいですしぃ」


 歯に衣が足りてねぇなおい。

 まぁ良いわ。ひとまず問題解決だ。光井堂や甘野を突き出すべき場所に突き出すかはもう少し詳しく話を聞いてから……………………って、おい?


「……早く解放しろよ」

「んんん……ああぁいえぇ……実はぁ、そうしたいんですけどぉ……」


 何やら、甘野がキーボードを叩く指が激しくなっていく。

 それに同調するように――俺を囲う五芒星が放つ光が、強さを増している気がする。


「なぁ、ちょっと待て。本当にちょっと待て。何かこれおかしいよな? あんた言ってる事とやってる事が矛盾してねぇか!?」


 これどう見ても実験が着々と進んでる系のあれだよなぁ!?


「いや、待っていただきたぁい。私は本当に、心の底から実験をやめようと思っているんですぅ。でも、体が勝手に動いてるんですよぉ、これぇ……!?」

「いやいやいやいや、この状況でそれは冗談でも最悪だぞあんた!?」

「いやいやいやいや、それがマジなんですねぇ……体が私の言う事を聞いてくれないんですよぉ……!!」


 甘野のあの焦り顔……マジで言ってんのか!?

 やべぇ、とにかくマジでやべぇ!!

 ヤケクソだ、俺も全力で藻掻いて、奇跡的な脱出劇を――って、あァ……!?


 ……体が、動かねぇ……!?


 杭を引き抜くくらい大暴れしてやろうと心では思っているのに、体が応じない。

 まるで、心に逆らってあえて真逆の行動を起こしているような――



「――ああ、いのう。いのう」



 鼓膜を舐めたくられるような、悪寒。

 真冬のような柔い風と共に、白くて冷たい細腕が、背後から俺を抱き寄せた。


「…………は?」


 ……妖気は、感じない。

 きっと、次元が違い過ぎて、感じ取る事すらできていないだけ。

 妖気とは違う、形容し難い不快感に包まれて、ふとそう思った。


「性根の底から素直になれぬ、天然、そして新鮮な……つんでれ者の香りじゃあ」


 振り返りたくない。可能な限り明後日の方向へと視線を逃がしたい。


 そう思った瞬間、声の方へと首が動いた。


 二つの黒い眼球。そこに浮かぶ無数の紅い瞳と、視線が交差する。竜巻のように常に逆巻き続ける血黒の長髪、先端が紅く色づいた白肌の一本角。耳まで裂けた口から、無数の牙がちらりと覗いている。


「ぬはっ、とても好いぞ、その表情……とてもとても悍ましい者を見て、全力で拒絶しておる。そんな顔を向けられると、興奮するのう……♪ もっと我を嫌っておくれ……さぁ」


 ……【それ】は白雪のような頬を紅く染めて、蒸気を帯びた白息を吐く。

 白息を割いて現れたのは、ぬらりと光る唾液を纏った厚く長い紫の舌が二枚。


 その異形の二枚舌に頬を舐めずられ、意識が一瞬で遠退いた。このまま気を失ってしまいたい、そう思った瞬間に、意識がくっきりと浮かび上がる。目の前の【それ】を、よりハッキリと認識できるようになる。


 異形の顔を持つ【それ】は、肉付きの良い裸体に薄い羽衣一枚を肩からかけているだけだった。しかし、色気など感じる余裕は無い。


 …………何なんだ、こいつは。この、バケモノは。

 いや、いい。知りたくない。知る事すら恐ろしい。そんな気分にさせられる。


 何で、こんなバケモノがいきなり出てくるんだよ……!?


「ぬふふ……瞳が可愛らしく揺れておるのう。なんじが何を考えておるか、当ててやろうか? 『何故、このような悍ましい怪物が突如、現れたのか』」


 バケモノは二枚の舌を別々に動かし、一枚で弄ぶように俺の顔を舐め続け、もう一枚を使ってとても愉し気に言葉を紡いでいく。


「我を呼ぼうとして、そしてめたな? 人間に呼ばれたとて、我はそれに応じるつもりなど無い……じゃが、やはり呼ばぬと言うのなら、話は別じゃ。何が何でも馳せ参じよう。当然よなぁ?」


 白く冷たい指に顎を掬われ、否応無しに今度は唇を舐められる。


 首を振って拒絶したい、この気色の悪いバケモノから離れたい。

 だが、首は動かない。体はむしろ、このバケモノに吸い寄せられていく。


「好い、愛い。人はこうでなくては」


 バケモノの舌が、俺の唇を割り開こうとする。

 怖気が走る、ふざけるな、絶対にさせるか――そう考えた途端に、俺の口は勝手に開いて、その舌を受け入れてしまう。


「そして感じるぞ。我の事など知りとうない、恐ろしい。離れたい。早う消えてくれと震える心の声を。であれば教えよう、寄り添おう、絶対に消えぬぞ」


 口内を蹂躙する異形の舌を噛み切ろうと力んでも、逆に口が開いていく。

 吐き気を催そうと、吐く事はできない。


 心と体が、どこまでも嚙み合わない。


「我の名はツムジちゃん。汝の嫌悪に応じて参上したのじゃ」


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