12,ツムジちゃんは間違わせたい。
ツムジちゃん――そう名乗った、異形のバケモノ。
おそらくこれが、旋風禍頭、天邪鬼姫とも呼ばれる神性妖怪そのものか、もしくはそれに類似する何か。
旋風禍頭は暴風災害を起こす妖怪とされているらしいが……現状から推測するに、能力はそれだけじゃあないらしい。おそらくこいつは、「周囲の生物に対して『意思とは真逆の行動を強制する』精神干渉系の能力」を持っている。
しかもかなり範囲が広いようだ。
ツムジちゃんからそれなりに離れている光井堂も甘野も、まったく動けない様子だ。
俺も……ああ、本当にもう勘弁してくれ。体中をまさぐられ、口や耳の中までうんざりするほど蹂躙されて……なおもツムジちゃんは舌と手を止めない。不快感の余り何度も意識が飛びそうになったが……どうやら「ストレスから心を護るために意識を断つ」と言う生理機能すら、ツムジちゃんの能力が及ぶ範囲にあるらしい。意識が飛びそうになる度、むしろ思考がクリアになっていく。今ではもう、こうしてある種の賢者タイムみたいなクールさで現状を考察できる状態だ。
……天井のシミでも数えていたら、この地獄は終わるだろうか。
「これくらいにしておくかのう」
不意に、ツムジちゃんによるえげつないセクハラ行為が止まった。
しかも何を思ったか、ツムジちゃんは俺を拘束していた鎖を掴み、軽々と引き千切る。
満足した……? そして俺の祈りが神に通じ、解放してくれると――
「味見は充分、続きは我のねぐらで愉しもうな☆ お持ち帰り一丁じゃ」
今すぐスマホで神を呪う方法を検索したい。
だがしかしツムジちゃんの能力のせいでスマホに手を伸ばす事ができない。
なるほど、鎖を解いてくれたのは持ち運びに邪魔だったからですかそうですかチクショウ。
「たっぷりじっくり、嬲り尽くしてやろうなぁ」
どんな未来予想図で浪漫飛行してやがるのか、ツムジちゃんの無数の瞳が蕩け、頬は紅く、吐く息は白みを増していく。
「ぬふ、ぬふふ……酷い事をたくさんしてやるぞぉ。何をまかり間違おうと我に好意など抱かぬよう、ただひたすらに汝が嫌がる事だけをしてやろうな。じゃからその命が続く限り、存分に我を嫌悪し、拒み続けるのじゃぞ? 我はそんな汝を愛でたい、そうしたぁい……ぬふふふ、フフフフ……フハハハハハハハハハハ!!!!」
ヤバい、本当にヤバい。血の気が引きっぱなしで帰って来ない。カムバックお願い。
このままこれにお持ち帰りされたらマジで何をされるかわかったモンじゃねぇ。
生きてさえいれば所長が占いで見つけ出して助けてくれるだろう。でも、うん。多分その前に死ぬわ俺。所長の占いは予知かよってくらいよく当たるが、万能な予知とは違う。場合によっちゃ得たい情報を得るまでにかなり時間がかかるそうだ。
しかも追い撃つように、ツムジちゃんが「爪と皮っていくらでも生えてくるから便利よな♪」とか良い笑顔ですんごい事を口走り始めた。
持ってかれたら終わりだ。
妖怪処理屋として、こんな訳わからん妖怪を放置してガン逃げって訳にはいかねぇが……何はともかく一旦離れて応援要請なりして体勢を整えないと話にならない。
しかし、離れたいと思えば思うほど、ツムジちゃんの能力の餌食。
俺の意思に逆らって、俺の手が勝手にツムジちゃんの手と指を絡めて堅く繋がり合ってやがるやめてマジできしょい。
いや、嘆く暇は無ぇ。妖怪処理屋なら死ぬまで頭を回し続けろ。
不幸中の僅かな幸い、ツムジちゃんの能力のおかげで思考は冷静、とても冴え切っている。
ツムジちゃんの能力を「入力と真逆の出力を強制する」と言う性質だと仮定するなら……逆に、ツムジちゃんに抱き着こうとすれば!!
「ほう。理解が早いな」
俺の予想通り、前方のツムジちゃんに向かって飛びつこうと動いた瞬間、俺の足は体を後方へと跳ねさせた。よし、この調子でまずは距離を取って――
「まぁ、普通に逃がさぬのじゃが」
あ、はい。そッスか。普通に頭を掴まれた。
わぁ、握力つよい。逃げらンねぇ。
ここは……目潰し系の識紙で怯ませて脱出を狙う!
念じる。
俺は識紙を取り出さない、識刀を起動しない。
………、……………あれ?
一向に、手がポーチへと向かわない。何でだ……!?
「おや、動きが止まったな? 汝からは陰陽師特有の匂いがする。察するに、識紙を使うため『識紙を使わない』と念じておる……そんな所か? 安直じゃのう。短絡的じゃのう。哀れじゃのう」
はぁ? 妖怪に哀れまれる筋合いは無ぇんだが?
あとその笑顔むかつくからマジでやめろクソが。煽り性能が高過ぎるだろこいつ。
「フフフ、虫唾が走ると言わんばかりの好い表情じゃなぁ……愛いぞ。どれ、もっと我を嫌い、興奮させてみよ。そしたらば我が権能の仔細を教えてやっても良いぞ?」
ふざけんじゃねぇ。テメェみてぇな変態セクハラ妖怪に媚びるくらいなら自力で解明するわ。シンキングタイムに入るから黙ってろ。そしてできれば迅く死ね。
「ンフ! 好いぞ、その目ェ!! しかも今『教えてもらうなど冗談ではない』と思ったじゃろ? これはもう教えるしかないなぁ! 愛い奴ゥ!!」
ッのクソ妖怪……!
マジでこっちの不快感を煽るのに特化してやがる!
「我が権能の本質は【間違わせる事】じゃよ。右に進む者は左に進ませる。左に進む者は右に進ませる。決して目的地に辿り着けぬよう、その歩むべき方向を間違わせる」
ツムジちゃんの言葉に合わせて、その二枚舌の一枚が右にうねったり左にうねったりを繰り返し……不意に、ピタリと止まった。
「故に、動かぬ者はそのままじゃ。間違いとは、正解を探すからこそ生ずるのじゃよ。無からは生まれぬ。行動せぬ者は間違いすら得られぬ。世の摂理よな」
ツムジちゃんが腹立たしいどや顔を近づけてきた。鬱陶しい鼻息を俺の顔に吹きつけてくる。さっきのセクハラタイムでも思ったが…………主食が野に咲く花か何かなのか、吐息から花の香りがすンのが微妙に腹立たしい。妖怪のくせに何でそこは清らかな感じ出してんだよ、生臭くあれよ。菜食って面じゃねぇだろテメェ。吐息ひとつまでも腹立たしいとは徹底してやがる。
「即ち、我が権能はただ間違わせるだけ。素敵じゃろぉ?」
……最悪の権化だ、クソッたれめ。
要するに、ツムジちゃんが逆転させられるのは「目的地に向かう行動」――「現状からの変化を伴う行動」のみと言う事だ。意思に則した変化を、意思に反する変化へと逆転させる能力。
だから、「変化を起こさない」――つまり「現在地から動かない」、「現状から変わらない行動」には干渉しない。ああ、そうだ。それなら「ストレスによる失神」なんて無意識の生理機能でも逆転するのに、呼吸など「無意識に行われている恒常的な生命維持機能」には干渉してこない理由が説明できる。
で……どう動けば、この状態から識紙を取り出して起動できるのかと言う問題。
答えは、「そんな方法は無い」だ。
識紙を取り出すには、識紙をしまわなければならない。
識紙を起動するには、識紙を待機状態にしなければならない。
持ってないものをしまうとか、オンになってないモンをオフにするとか、滅茶苦茶だ。
そもそも不可能に決まっている。
その絶望的な答えをあえて教えて、このどや顔。腹立たしい。
詰んだわこれ。




