第18話 フレッドとエド
クリスとフレッドは昼食を終えると瓦礫の掃除に向かった。
幸い昨日よりも雲が出ていて、日差しはそれほど強くなかった。
それでも気温は高く、2人の額からは大粒の汗が流れていた。
「よし、ちょっと休憩にするか」
フレッドはクリスに声をかけると、日陰に手招きした。
そしてカバンから水筒を取り出すと一口飲んだ後、クリスにも渡した。
「ありがとうございます」
水筒に口をつけながらクリスは少しだけ片付いた道を眺める。
「この街ってどうしてこんなに荒れてるんですか?」
不意に口をついて出た質問はよくよく考えれば無神経なものに思えて慌てて訂正する。
「ああ、いや、その何というか……街自体は活気があるように見えたので、こんなに荒れてるのって不思議な感じがして。それに、みんなで協力すればもっと片付くのかなとも……」
フレッドはクリスの言葉を聞いて頷いた。
「確かにクリスの言う通りだ。だが、これはそんなに単純じゃねえのよ」
フレッドは恨めしそうに瓦礫の山を睨んでいる。
「この街は帝国との国境間近にあるだろ?」
それだけいうとクリスの顔をチラっと見る。
クリスは答えを求められているような気がして、その先の言葉を想像する。
「5年前の戦いの後がこれですか?」
クリスの答えにフレッドは満足したのか頷いた。
「半分あたりで半分はずれだ。5年前の後もあるし、もっと前の戦いの後もある。とにかく、この街はずっと定期的に行われる帝国と連邦の鍔迫り合いの最前線で被害を受け続けてきたんだ。だから街の人間も諦めちまったんだよ」
その表情は諦観の色が見えた。
「フレッドさんがそれでも、1人でも続けてるのは何でですか?」
「昼に話したろ。師匠にこの街を託されたからな」
そう口にするとフレッドは自重気味に笑い出した。
「そもそもこの街は師匠の物でも何でもないのにな。笑っちまうだろう」
その表情はとても悲しげで、クリスは笑えなかった。
「まあでも、最近こそ1人だがエドの奴が足怪我する前は手伝ってくれてたんだぜ」
「エドさんがですか?」
「ああ、あいつ見かけ通り結構体力あるから助かってたんだよ。だから早く怪我治して欲しいんだがよ、何かにつけて無茶するから全然完治しねえのよ」
そう言いながらもフレッドは微笑んでいた。
クリスが想像していたよりも、フレッドとエドの仲は親密な物だったようだ。
「そういえば、昨日も無茶して怪我悪化したらしいですね」
笑い話のついでにと、エマから聞いた昨日の話をするとフレッドは目を丸くしていた。
「昨日あいつが怪我しただと?」
「ええ、あれ?フレッドさんのところに行って治療してもらうって話だったみたいですけど、来てないんですか?」
フレッドの表情はみるみるうちに険しくなる。
そして勢いよく立ち上がったかと思えば、クリスの持っていた水筒を奪って鞄に仕舞う。
「今日は切り上げてエドのところ行くぞ」
言うや否やフレッドはかけ出してしまった。
「ちょっと、待ってくださいよ」
フレッドは相当な高齢と聞いていたし、白髪や顔の皺は確かに歳と経験を重ねてきたことを思わせた。
しかしそれを上回るほどの活力にも満ちていた。
大柄な身体は筋骨隆々で今なお鍛えていることが窺えるし、背筋はピンと伸びて歩く姿は堂々たるものだった。
だから走る速さも並ではない。
旅に出る前のクリスであれば間違いなく置いて行かれていたであろう。
今もこうして追い縋るのがやっとだった。
「あいつ、最近顔見せないから大人しくしてるのかと思ってりゃ、また馬鹿な真似しやがって。やっぱりベッドに縛りつけとくべきだったぜ」
小言を垂れるフレッドに呼吸の乱れはなかった。
一応、クリスが追いつけるギリギリのペースに合わせてくれているらしい。
一方のクリスは相槌一つ打つ余裕はないほど、息を切らしていた。
「ついたぞ」
フレッドは急に立ち止まるとボロボロの民家を指差した。
クリスは両膝に手をつき、呼吸を整えるのに必死だ。
「ちょっと待ってろ」
そういうとフレッドは断りもせずに家の中へ入っていく。
「え?ちょっと、フレッドさん!?どうしてここに?」
「ごちゃごちゃ言うな!足見せろ」
「ちょ、いや、痛いから!」
クリスは未だ俯いたまま吸ったり吐いたりを繰り返している。
2人の声は外まで響き、耳だけでも中の様子がはっきりとわかった。
数分してクリスがようやく落ち着いた頃、フレッドはエドを背負ったまま民家から出てきた。
エドは体を横向きに倒され、フレッドの右肩に上半身を左肩に下半身を乗せる形で抱えられていた。
「せめて自分で歩くんで降ろしてくださいよ」
家の中で既に決着はついたのか、エドに抵抗する様子はなかった。
「そうやってまた逃げる気だろ?うちに着くまでおろさねえから覚悟しろ」
「いや、逃げませんて。というか、この怪我じゃ逃げられませんし。そうじゃなくて、人目が痛いんですよ」
あまり人通りがないとはいえ、2人の異様な姿は周囲から奇異の目で見られていた。
「じゃあ尚更罰にはうってつけじゃねえか。クリス、鞄持ってくれ。うちに戻るぞ」
フレッドの家の手前にある細い路地まで辿り着いた。
ここは初めてクリスがエドと会った時にすれ違った道だ。
「流石にここをこのまま通ったら俺の頭が擦れちゃいますよ。ね?だから降ろしてくださいよ」
フレッドは少し悩みながらも、流石に大男を1人背負って歩くのは応えたのか、素直にエドを下ろした。
「ただし、前にはクリス、後ろには俺。エド、お前は真ん中だ。いいな」
エドは返事の代わりに両手を上げて抵抗の意志がないことを告げた。
路地を抜けて家の扉の前が見える位置までくる。
なにやらフレッドの家の前に人が立っているようだった。
「あ、クリス帰ってきた」
そこにはエマ、トワ、レオンハルトの3人が立っていた。
「ちょっと稽古してたらレオンハルトに打たれちゃって、軟膏とかあればと思ってきちゃった」
怪我をした割にはピンピンしているエマと苦笑いのトワ、そして少し罰の悪そうなレオンハルト。
三者三様の姿にクリスが微笑ましく思っていると、レオンハルトの表情がみるみるうちに青ざめていくのが見えた。
「クレイグ?クレイグなのか?」
レオンハルトは信じられないものを見たと言う表情でクリスの元へ駆け出す。
それとほぼ同時にクリスは背後から強く押されて前に大きくよろけてしまった。
押したのは他でもないエドで、杖を使いながらも足の怪我を思わせないほどの走りを見せてフレッドの家とは逆方向へ路地を曲がって消えていく。
レオンハルトはクリスを抱き止める形となり、一瞬の遅れはあったものの、すぐにクリスの体制を正すとエドの元へとかけて行ってしまった。
「おい、今なにがあった?エドは?」
フレッドもなにがなにやらという表情でクリスに語りかけたが、その場に答えを知る者は誰もいなかった。




