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第17話 託された願い

翌日の昼、クリスとフレッドは午前中の回診を終えて一度フレッドの家に帰ろうとしていた。

「ありがとうございます。色々と勉強になりました」

クリスはフレッドの後ろを歩きながらお礼を言った。

手にはフレッドの鞄を預けられており、昨日までとは一転してすっかり弟子として馴染んでいる。

「俺はいつも通りに診察して回っただけだ。礼を言われることはしてねえ」

フレッドは振り向くこともせず、ぶっきらぼうに返事をする。


「にしてもお前、モネの葉も知らねえとか本当に医者の勉強してたのかよ」

呆れたようなその言葉に、クリスは肩を落とした。

「まあ、手際を見るに医者の元で手伝いしてたのは疑っちゃいねえが」

その言葉を聞いてクリスはまた元気に顔を上げる。

「さっきも話した通り、モネってのは連邦全土に分布してる花の葉でな、いい痛み止めになるんだ。医者どころか旅人だって知ってる基本中の基本だぞ」

そしてまた基礎知識さえ備わっていないことを指摘されがっくりと項垂れる。


そんなクリスの慌ただしい様子をフレッドは面白そうに眺めていた。

「モネも知らねえって一体どんな場所に住んでたんだよ」

何気ない問いかけだが、クリスにとっては用心すべき質問だった。

山に囲まれた国境近い場所とはいえ、帝国に属する人間は本来この場所にはいてはならないのだ。

それでも何度も同じ問いかけをされ、その度に誤魔化し方は上手くなった気がする。

今回も適当にありもしない故郷を語ると、フレッドもそれを信じて疑わなかった。


「ま、連邦全土にあるとはいえ、本当にどこにでもあるかどうかは俺も知らん。それにそういう地域にはその土地に根ざしたもっと効果のある植物が生えてることもある。つまりあんまり気にするな」

「ありがとうございます」

「何かなかったのか?モネの葉の代わりみたいな植物とか昆虫とかそういうの」

フレッドなりの気遣いだろう。クリスの無知を問いただすだけでなく、今知っているものを引き出そうとしていた。


しかしこの質問もクリスにしてみれば厄介なものだった。

下手に連邦で分布していないものの名前を出せば、これもまた疑念の材料になるからだ。

「それなら、僕の村だとオコイの実をよく使ってましたよ。ここら辺だとあんまり見かけませんが」

この実は連邦に入ってしばらくは山の中で見かけることができた。

だから辻褄はしっかりあっており、実際に痛み止めとしての効能も高い。


当たり障りのない回答にホッと胸を撫で下ろすと、フレッドが立ち止まった。

追い抜いた拍子に除いた顔はわずかに曇っているように見えた。

「どうしたんですか?僕、変なこと言っちゃいました?」

クリスは何か失言があったのではないかと慌てて取り繕う。

「いや、なんでもねえよ。そのオコイの実だったか?の名前が耳に馴染み無かったもんでな。ちょっと記憶を漁ってたんだ。だが知らんかったよ」

そう言って笑うとフレッドはまた歩き始めた。


ただ聞き慣れない木の実に記憶を巡らせていただけだったことにクリスは安堵した。

そうこうしているうちにフレッドの家まで帰り着いた。




「フレッドさんはずっとこの街で医師の仕事をしてるんですか?」

クリスは野菜を切りながら机で本を読むフレッドに尋ねた。

あまり役に立てないお詫びにと、昼食作りを申し出たのだ。

「ん、ああそうだな。生まれも育ちもこの街だ」

分厚い本をペラペラと斜め読みしているフレッドから、気のない返事がきた。


「この街が好きなんですね」

毎日街の人の元を訪れて治療をしたり、荒れた瓦礫まみれの道を整備したり、フレッドはとても献身的だった。

「んー、どうだろうな。まあぼちぼちだな」

だからこの返事は少し意外だった。

「そうなんですか?いつも街のために走り回っているように見えたので、てっきりこの街が好きでたまらないのかと思ってましたよ」


その言葉を聞いてフレッドのページを捲る手がピタッと止まる。

「そういう意味だと、俺はどっちかってと義務感とか使命感でやってるかも知れねえな」

その言葉とは裏腹にフレッドの言葉は優しく聞こえた。

「義務感ですか?」

「そう、義務感。俺にも当然ながら師匠がいてよ。その師匠がこの街大好きって人だったんだよ。で、死に際に街を任せたぞ。なんて言って逝っちまうもんだから、多分その言葉が残ってるんだよ」


「そういうものなんですか?」

クリスはこの数日のフレッドの姿から義務や使命といった思いは感じていなかった。

しかし単純にフレッドのことを知らなすぎるだけかもしれないし、そういった感情が悪いとも思わなかった。

だから本当にそうなのだろうか、という純粋な疑問だけが口をついて出てきていた。

「そういうもんだな」


簡潔に答えるとフレッドは本を勢いよく閉じた。

その分厚さから、ページとページはボフンと鈍い音を立ててぶつかった。

年季の入ったその本は表紙はボロボロで色褪せていた。

閉じた衝撃と共にわずかに埃が舞ったことから、相当な期間読まれていなかったことが見受けられる。


「クリス、これ読んでこい」

フレッドはその重厚な本をクリスに渡した。

クリスは一度料理の手を止めて本を受け取る。

「重た。一体何の本なんですか?」

「この地域の薬になるようなものがまとめられている。モネの葉も知らないんだ。他にも知らない情報がたくさんあると思うから。まずはこれを読み進めて知識つけるといい」


「この本全部薬の話なんですか?」

「そうだ。気が滅入るだろ。俺も弟子の頃に師匠から何遍もこれ読まされて参ったよ」

フレッドは自重気味に笑った。

「いえ!これだけ全部覚えられたらきっとものすごい知識になるだろうなってワクワクします」

クリスの言葉に嘘はなかった。

連邦に来てからというものの知らない草木が増えてできることがどんどん減っていた。

だからここでこちらの地域の生態系を学び、その効能の引き出し方を知ることはこの上なく嬉しかった。


「そんなに喜んでもらえるなら、師匠も浮かばれるってもんよ。なんせその本、師匠が書いたんだからな」

「そうなんでそうか!?これだけの量を1人で?」

それはおよそ師匠の生涯が結集されたといっても過言ではない分厚さだった。

いや、それ以上に強い思いが込められたような一冊だった。

「死ぬ間際までフィールドワークしたり行商人から情報を仕入れたり、すごかったよ。最後の方は俺まで付き合わされたし」

遠い目をするフレッドの表情は穏やかで、憎まれ口を叩きながらも睦まじい師弟愛を垣間見た。


「大切に読ませて頂きますね」

クリスはその本を他人の命に触れるように丁寧に扱った。

「おう。まあ、こんを詰めずにゆっくり読み進めてくれ」

その言葉とは裏腹にクリスは今すぐにでもページを捲りたくて仕方がなかった。

「とりあえず、昼飯頼むわ。午後からは西の通りの片付け行くぞ」

その言葉がクリスを現実に戻し、本は夜までお預けとなった。

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