第8話 少女は繰り返す
トワは今日も身を潜めるように路地裏を歩いていた。
ゴミ箱を漁ってみたり、道端の食べられそうな雑草を口に入れてみたり。
どんなに不味かろうと毒があろうと、少しの間とても苦しいだけで、結局そのうち良くなる。
ただ苦しいのが空腹かそれ以外かという違いだけで、トワは気まぐれに食料を探していた。
「やっと見つけた」
油断していたトワはビクッと両肩をすくめる。
「何しに来たんだ」
決して小さくないこの街で、トワは昨日とは全く異なる路地を歩いていた。
昨日までの路地にいるとまたモネがやってきそうで、それを嫌ったからだ。
それなのにモネは昨日と同じようにトワを見つけた。
「昨日、また明日って言ったよね?」
モネはほっぺに人差し指を当てて、昨日の別れの言葉を思い出す。
「それはお前が一方的に言ったんだろ。私には関係ない」
「でも私は言ったもん。それにモネって言ったよね」
トワの冷たい言葉にモネは頬を膨らませる。
「モネ、あんまり私と構ってるとお母さんから怒られるぞ」
トワはモネと視線は合わせないまま、ちらりとその身なりを確認する。
昨日とも違う服を着ている。
それに汚れの少ない綺麗な衣服は丁寧に洗われた証拠だ。
モネは家族と温かい家で暮らす少女なのだと、トワは確信していた。
だから自分と関わるべきではないことも。
「別に私が誰といてもお母さんは何も言わないよ。そういうの気にしないんだ。この街って結構、トワちゃんみたいな子多いし」
確かにとトワは内心頷く。
この街ではトワと同じように家を持たない子供の姿をよく見かけた。
これまでトワが渡り歩いてきた他の町でもそういう子供の姿は見たし、時には協力して生きてきたが、この街は群を抜いて多い気がした。
「この街はね、国と国のちょうど真ん中にあるから、よく戦いに巻き込まれちゃうんだ。それでそういう子も多いんだってお母さん言ってた」
「そうなのか」
いつも行く宛など決めず適当に町から町へ渡り歩いてきたトワは、この街がどんな場所に位置するか知らなかった。
「それでね、お母さんは戦って怪我した人たちを手当する仕事をしているの。だから、きっと私が誰といても何も言わないし、そもそも私が誰といるかなんてバレっこないよ」
モネは少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「だからトワちゃんも遊ぼうよ」
モネの表情はすぐに無邪気なものに変わり、躊躇いなく手を伸ばされる。
トワはこれまでも同じように何度も手を差し伸べられてきた。
その度に手を取り、そしてしばらくするとまた1人になった。
今回も同じことを繰り返すだけだと知っていながら、それでも伸ばされた手に争うことはできない。
結局、1人でいることは辛かった。
居場所がないまま終わらない時間を過ごすことは怖かった。
どんな言葉で取り繕って拒んでも、声をかけられると心が揺れた。
好意的に接してもらうと救われる気がした。
そうして目の前にある優しさに甘えてしまいたくなる。
例えそれがトワのことを知らないが故の優しさだったとしても嬉しかった。
孤独になる痛みや辛さを何度味わっても、時間が経てばその温かさを取り戻したくなった。
そんなことを繰り返して、これで最後だといつも思って、それでも繰り返してきた。
彼ら彼女らがいずれ自分から離れていくことをトワが責める事はなかった。
あるのは深い悲しみと寂しさ。
彼らには彼らの時間の進み方があって、生きる上での変化は成長として快く受け入れられるべきことだ。
変化も成長もしないトワが1人時間から置いて行かれて取り残される。
それを知っていて誰かを責める気など起きなかった。
一時でも自分に優しさを向けてくれた人に対して、自分も最後まで優しいままでいたかった。
今回も同じだと思いながらモネの手を掴んだ。
仮初めの友愛であっても、握り合ったては確かに温かく、心が落ち着いた。
引っ張られるままに連れ出されたのは街の中心近くにある大きな広場で、そこにはたくさんの子供たちがいた。
何人かがモネの姿に気がつくと手を振ってきた。
モネも笑顔で手を振りかえす。
その間も、もう片方の手はトワを掴んで離さなかった。
「トワちゃんも、手振ろうよ」
「いや、私はいいよ」
知らない、受け入れてもらえるかもわからない相手に手を振るには十分すぎるほど苦い経験があったし、勇気は全くと言っていいほど足りなかった。
それでも近くにモネがいたからか、あるいは遠くで手を振る少年が自分と同じようにボロボロな格好ながら、綺麗な服を着た少年と一緒に遊んでいたからか、遠慮がちな右手を胸の前でひらひらと振ることができた。
モネはその姿を見て満足したように頷くと、トワの手を引っ張って走り出した。
トワも引かれるがままに後を追い、遊んでいる子供たちに混じった。
それからしばらくは楽しい日々が続いた。




