第7話 少女と少女
「ねえ!あなた、そこで何してるの?」
薄暗い路地裏、少女は少女に声をかけた。
声をかけたのは黒い長髪を左右それぞれで三つ編みに結った、おっとりとした雰囲気の少女。
汚れ一つない真っ白なワンピースを見に纏い、屈託のない笑顔を向ける。
声をかけられたのは銀色の長髪を無造作に一括りにした、威圧的な雰囲気の少女。
汚れきった元の色が何だったのかわからない、布切れ同然のシャツの裾をギュッと握り締め、じっと睨みつける。
「別に、あんたには関係ない」
一言吐き捨てると、居心地の悪くなったそこをすぐに離れようとした。
それを止めようと、遠慮がちに伸ばされた右手が、ボロボロのシャツの裾を掴む。
「そうかもだけど、顔色良くないよ」
その手を振り解こうと乱暴に身を捩ると、ほつれた裾は簡単に裂けた。
咄嗟に少女は手を離すと、服を破いてしまったことにオロオロと狼狽えた。
「その、どうしよう、ごめんなさい、私そんなつもりじゃ」
少女が慌てふためく様を、少女は荒んだ瞳で見つめた。
「別に、あんたには関係ない」
同じ光景を繰り返すように、少女は踵を返して路地裏を進む。
もう一度、捕まえようと少女が伸ばした手は躊躇い、結局そのままもう1人の少女を掴むことはできなかった。
これが約100年前、トワとモネの出会いだった。
「ねえ、ちょっと待ってよ」
数日後、トワはまたしてもモネに付き纏われていた。
「だから、あんたには関係ないって言ってるでしょ」
トワは早足にモネとの距離を取ろうとする。
「でも、その服、私が破いちゃったから。せめて縫わせてよ。私、お家からお裁縫道具持ってきたの」
追いかけるモネはトワの歩調に必死に合わせて追い縋る。
「どうせ穴も空いててボロボロなんだ。そんなの気にする必要ないよ」
トワは少し目を伏せて、どれくらい着続けたかわからない服をまじまじと見つめた。
襟は伸び切ってだらりと垂れ下がっており、袖も裾もほつれていた。
おまけに何箇所も虫食いのようにあいた穴からは、白く透き通る素肌が僅かに見え隠れする。
「それも全部縫ったげるよ!お詫びなんだから遠慮しないで」
ふと思い立ったように、トワは足を止めた。
「お詫びをしてもらったらもう私には近づかないのか?」
「えっ?」
いきなり止まって振り返ったトワに対してモネはすぐに足を止められなかった。
その分だけ2人の距離は縮まる。
トワの赤い瞳がモネの顔を覗き込む。
「それとこれとは別だよ。だってもともと声かけたかったからかけたんだし」
モネは目を細めて笑った。
その瞳の隙間から、怪しむような目つきのトワが自分のことを睨んでいた。
「そういうことならやっぱりいい」
モネの瞳を通して見る自分の目に居心地の悪さを覚えてすぐに目を逸らす。
そして再び距離を取ろうと、足早に歩き出す。
「だめだよ!つーかまえたっ!」
トワの複雑な感情とは裏腹に、モネは迷いなくトワに抱きついた。
「おい、よせ、私は汚れてるんだ。お前まで汚れるぞ」
背後からはがいじめにされる形になり、ジタバタともがいてみるが一向に振り解ける気配はなかった。
「別に気にしないよ。それより、諦めて私にお詫びさせなさいよ」
したり顔のモネは暴れるトワの耳元で自信満々に勝どきを上げる。
その吐息がくすぐったいやら、捕まえられたのが恥ずかしいやらで、次第にトワの威勢も削がれる。
「わかった。わかったから離してくれ」
モネの鼻歌が聞こえる。
それはトワが聞いたことのない歌だった。
「それ、なんて曲なの?」
モネがトワの服を縫っている間、暇を持て余して大した興味もないままに尋ねる。
「これはねー、なんだったかな?曲の名前は忘れちゃった。でもこの街の子はみんな知ってるよ」
「あっそ」
聞いておきながら随分失礼な返事だなと思いながらも、それ以上に感想が湧いてこなかったのでそのまま興味の無い返事を吐き捨てる。
この街で当然のように覚える歌も、今ここで少女に押し付けられた時間も、トワにとっては大した意味を持たない。
「できたよ!」
モネが両手を高く広げてシャツを掲げる。
「破けたところはちゃんと縫えたし、穴のところはハートやお星様で塞いでおいた!」
トワはシャツを受け取ると前後ろをマジマジと見つめる。
「確かに全部縫われてる……それにうまいな。器用なんだな」
あまりの出来栄えに思わず感心してしまう。
はっとしたときにはモネの表情は勝ち誇ったものになっていた。
「これでもお母さんのお手伝いとかしてるからね。でも、気に入ってくれてよかった」
「いや」
反射的にトワは否定の言葉を口にする。
「確かによく縫えてるけど、これ、私が着るのか?こんな子供っぽいの」
「えー、いいじゃん、とっても似合うと思うよ!」
モネは期待の眼差しを向ける。
もとより、これ以外に着る服を持たないトワは渋々シャツに袖を通した。
「やっぱり似合ってる!」
「……そうか?」
「そうだよ!」
モネに褒められ続けると、なんだかトワも少しその気になる。
それでもやはり、顔を下げて自分の服をみると、小っ恥ずかしくなる。
しかし不思議と悪い気はしなかった。
「私はね、モネっていうの。この前は突然声かけてごめんね。服も破っちゃって」
モネは改まってトワに向き合うとペコリと頭を下げる。
「いや、お詫びはもらったし、気にして無いからいいよ」
素直な態度に毒気を抜かれ、意地を張って拒絶していたことが少し気まずく感じられた。
だからだろうか、トワは投げかけられ問いに戸惑いながらも素直に答えてしまった。
「お名前、教えてもらってもいい?」
「……トワだ」
やはり恥ずかしくなって、振り返るとそのままモネの元から去ろうとする。
「じゃあ、また明日ね!トワちゃん!」
また明日という言葉には聞こえないふりをして、トワは振り返らず歩いていった。




