第6話 フレッドと先生
「また来やがったのか」
クリスは翌日もフレッドの家の前に張り込んでいた。
昨日よりも早めに待ち伏せたことで、フレッドを捕まえることには成功したが、反応はやはり芳しくない。
「やっぱり、昨日のままじゃ納得できませんから」
フレッドは後ろ手に扉を閉めると、昨日同様に黙って歩き始めた。
昨日とは打って変わって、背には救急箱のようなものを背負っており、これから回診に行くことが伺える。
とある家の前でフレッドが足を止めると、振り返ってクリスに忠告する。
「いいか、俺は今から患者のところに行って治療とかするがそれをお前に見せるつもりは無い。それは昨日話した技術やスパイ云々ではなく、患者のストレスを考えてのことだ。お前が本当に医者の端くれなら言ってる意味わかるよな?」
クリスは無言で頷く。
容態がどうあれ、フレッドともまともな信頼関係を築けていない以上、ついていって患者さんの前に姿を見せることは不安や不快感を与えるに違いなかった。
クリスの返事を見て、フレッドは僅かながら満足した表情を見せる。
そしてそのまま階段を上がって建物の中に消えていった。
クリスは所在なさげに立っていたが、やがてフレッドがすぐには戻ってこないことを悟ると周囲を見渡した。
比較的大きな通りだが、所々に昨日のような瓦礫の山があるせいで、実際に通れる道幅は広くない。
そんな瓦礫から腰をかけるのにちょうど良さそうな形のものを見つけると、手で被っている砂を払い落として腰をかけた。
1人診てすぐに出てくるのであれば十数分もすれば終わるだろう。
しかし、建物の中にいる患者さんの数もフレッドが施す治療もクリスは知らない。
もしかしたら、そのまま患者さんやその家族からお茶をいただいて、そのまま談笑する可能性もあるだろう。
事実、クリスが旅に出る前にお世話になっていた先生の所では、そういうやりとりが日常茶飯事だった。
大して大きくな村にある唯一の診療所。
そこでは村唯一の医師とその弟子である自分がいた。
診察を受けに来てくれる患者さんはもちろん、動けない状態の人がいれば家を直接訪ねて治療することも少なくなかった。
だからフレッドが今していることに対して何の疑問も無い。
自らが師事してきた先生同様に患者さんを大切にして寄り添える医師なのだと思える。
だからこそ、頑なにクリスを拒み、トワの診察を断る理由がわからなかった。
何かの誤解があってフレッドがそのような態度をとるのであれば、言葉で行動で誠意を尽くしてそれを解消したいと思った。
やむを得ぬ事情でフレッドがクリスたちを突き放すのであれば、その事情が解決できるようにやはり、フレッドにその原因を教えてもらいたいし、その解決に協力したいと思った。
それはトワのため、あるいはクリス自身のための行動であるが、それでもフレッドとすれ違いのない関係を築いて力になりたいという思いもまた、クリスの中で明確に芽生えつつある感情だった。
あれだけ拒否され、ぞんざいな扱いを受けながらも、エドへの態度や早朝から回診する姿、1人瓦礫を片付けて道を通れるように尽力する態度、それらに対してクリスは好意的な印象を抱いていた。
遠く離れてしまった故郷とこの街を、先生とフレッドを重ねていると、クリスはあることに思い至る。
慌てて立ち上がると改めて周囲を見渡した。
道の半分ほどは瓦礫がいい加減に寄せ集められており、道幅が広いのもあって通る分には問題ない。
しかし左右まばらに積み上げられた瓦礫の山のせいで不要な蛇行を強いられたり、倒れれば小さな子どもが怪我をする可能性があったり、不安な部分が点在していた。
多分、フレッドはいずれこれらも片付けるのだろう。
ただ、完全に道が塞がれて通れなくなっていた昨日の路地裏や診察を待っている患者さんがいて、なかなかこちらへ手が回っていないのだ。
そのための応急処置として今はこのように辛うじて通ることだけできる道幅を確保していて、その実フレッドの中でこの状態は良しとされないはずだ。
クリスは手始めに蛇行するように積まれていた小石や岩たちを片方に寄せることにした。
積み上げるときはなるべく高くならないように、壁に沿うようにして横長に積み上げていった。
バケツもスコップもなく、素手で行った作業は想像以上に手間がかかり、クリスが思う半分も進まないうちにフレッドが建物から出てきてしまった。
「お前、そんな顔して何してたんだよ」
フレッドは驚いて目を丸くしながらクリスを見つめた。
「顔ですか?」
無意識に嫌そうな顔でもしていたかと、クリスは慌てて表情を誤魔化すように手で顔の汗を拭った。
「あーあー、それだよ。そのせいで顔に砂埃ついて汚れちまってんだよ。ったく、仕方ねえな」
フレッドがカバンから布切れを取り出すと、クリスの顔を拭う。
「あっ、ありがとうございます」
クリスは照れて顔を伏せてしまう。
すると鼻筋に汗が滴り、クリスは無意識のうちにまた顔に手を伸ばす。
「おい待て、それじゃまた汚れちまうだろ。まずはこれで手を拭け」
フレッドはクリスの顔を拭いたばかりの布切れを手渡す。
そして、クリスの手を引っ張ると、すぐ側の井戸まで連れてきてくれた。
「ありがとうございます。かなりさっぱりしました」
汚れの取れた手と顔を拭きながら、クリスは礼を言った。
「別に、礼を言われるほどのことじゃねえよ。それより、なんであんなことしてたんだよ」
「それは……瓦礫の山が乱立してて歩き辛いと思ったのと、あんまり高く積み上げられてると崩れた時危ないと思いまして」
「旅人のお前にしてみれば、そんなのちょっとした不便と危険だろ?俺に恩を売りたかったのか?」
フレッドは口調こそ厳しかったが、表情は昨日までと比べても穏やかで、どこか申し訳なさも孕んでいた。
「それは……正直、それもあります。フレッドさんに時間がないのって、ああいうのを全部片付けて、街の人が過ごしやすい状態にしたいんだと思ったので」
クリスがバツの悪そうな表情で俯くと、フレッドは思わず吹き出してしまった。
「偉く素直だな」
「それと、フレッドさんの姿を見てて住んでた町や、医師としての勉強を教えてもらってた先生を思い出して……もしこれが自分の町だったらどうするだろう、って考えたんですよ。そしたら純粋にフレッドさんの手伝いをしたいって思いも出てきました」
「ああ、そうかよ」
フレッドが決まり悪そうに顔を逸らすと2人の間には沈黙が流れた。
「とりあえず今日は帰れ」
「えっ?」
「そんな汗だく砂まみれじゃ、患者の傷口に悪いだろうが。清潔にして身なり正してこいよ」
「それって」
「今日と同じ時間に出る。遅れたらおいていく」
「ありがとうございます!」
クリスは満面の笑みで頭を下げた。
「忙しくなるんだ。早く帰れ」
そんなクリスの姿を一度も確認することなく、フレッドはそっぽを向いたまま次の目的地へと消えていった。




