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第13話 約束の時

その報せは3日程遅れて村にも届いた。

父親の死を受けてカイルは複雑な心情を抱えている。

尊敬していた父親の病気を知ることなく、まして死に目にさえ立ち会えなかった悲しみと失望。

皇帝として私情を挟まず、徹底した隔離を貫かれたことへの尊敬と諦め。

そしてマルスが皇帝の座を継ぐことによって自身の立場が変化する可能性への期待と不安。


皇帝から最も距離があるこの村では皇帝の死を悼む気持ちこそあれ、生活に変化は訪れない。

故に自国を統治する者の死は1人の他人の死であり、村の生活は何事もなかったかのように進む。

胸の内を渦巻く感情に折り合いがつけられないまま、さらに数日が経過した。


「この度はなんと申し上げれば良いのやら……」

カイルが一人でいるところを見計らって、ゲイルはほんの少しだけ気の毒そうに声をかけてきた。

「わざとらしくそんなことを言われても不快でしかない」

その言葉を聞いてゲイルは心情の残る大部分に溢れていた好奇心を抑えることができなくなった。

「不信心なもので、おかけする言葉を知らないのです。それに、カイル様をこんな場所に閉じ込めた張本人ですから、万が一にもカイル様がお喜びだった場合、逆に機嫌を損ねてしまうと思いまして」

「そんなふうに考える人間は帝国中探してもお前だけだ。2度とそんなくだらない気の遣いかたはするな」

呆れと不快感、そして僅かな不安を胸に押しとどめ、カイルは真剣に取り合うこともせず、その場を後にした。




カイルは家へ戻ると、改めて感情を整理する。

(そうさ、ついぞ父上と再会の機会はなかったが、それは城を出る時に覚悟していたじゃないか。今だって、この現状に対する憂いや無力感こそあれ、喜びなどあるはずがない)

カイルの胸の中で唯一前向きに残っていたのはマルスとの約束が果たされることへの期待だった。

しかし皇帝の死から6日経った今でも便りひとつないことに期待と同等以上の焦燥感も募っていた。


「カイル!あなた宛に手紙が届いているわよ」

そんなカイルを訪ねてきたのはアリスで、手には仰々しい封筒が握られていた。

「一体誰からなのかしら。差出人の名前も書いてないのよね」

アリスは軽く封筒の両面を確認すると、そのままカイルに手渡した。


カイルは慌てて受け取る。

封筒を開けようとする手は緊張に震え、封筒は不恰好にビリビリと裂けていく。

「そんなに慌てることないじゃない。でも驚いたわ。カイル、村の外には知り合いがいないって言ってたから」

アリスの言葉も今は耳に届かない。

返事をしている余裕もない。


アリスの言う通り、この15年で初めての手紙だった。

カイルに手紙を出すような人間は限られている。

少なくとも、この手紙の主は間違いなくマルスだ。

それでも、内容がどちらなのか、そればかりは未だに半信半疑だった。

自分はマルスと共に国を納められるのか。


その確信が持てないほどには、15年と言う時間は長かった。

カイルが城で過ごしたのは13年間。

城でマルスと過ごした時間はカイルの半分にも満たないまでに、村での暮らしが長くなり、そして馴染んでしまっていた。


焦りによって開封に余計な時間がかかったが、封筒はようやく開かれ、中から便箋を取り出す。


『カイルへ

 15年前の約束に従って、カイルを宰相に命ずる。

 1週間後に遣いをやるので、それまでに村を出る準備をするように。

 村の人たちへの説明や対応は一任する。

 余計な騒動を起こさなず速やかに撤収できるように対応すること。

 それが宰相としての最初の仕事だ。

 帝都にて待つ』


書かれていた内容はひどく簡素で、そこには何の感慨も無く、あるのは当たり前に訪れた約束された未来だった。

カイルは安堵して力が抜けると、思わずよろけてしまう。

「ちょっと、カイル?大丈夫?」

アリスは咄嗟にカイルに寄り添う。

肩を借りながら、カイルは椅子にゆっくりと座った。

「手紙、何か悪いことでも書いてたの?」

アリスはカイルに水を渡すと、心から心配するような眼差しを向けた。


「いいや、その逆なんだ……アリス、君に話がある」

アリスはカイルの改まった表情に困惑しながらも、促されるままにカイルの向かいに座った。

「アリスは昔、この村が自分の領域だって、行ける限界だって言ってたよね」

アリスは幼い頃の自分が放った背伸びした言葉を掘り返され、真っ赤になってしまう。

「……そうだけど、それがどうしたのよ?」


「俺と……俺と村を出ないか?」

「本当に、何を言ってるのよ。私たちももう立派な大人だし、この村で十分素敵に生きていけてるじゃない」

アリスはほんの少し冗談めかすが、カイルの表情がそれを良しとしなかった。

「……本気なの?」

「ああ。実は俺は前皇帝の息子で、先日新たに皇帝の座に着いたのは俺の兄なんだ。この手紙は俺を帝都に呼び戻す内容で、俺はその要請を受ける。だから俺はこの村を出ていかなくちゃいけないんだ」

カイルはアリスに便箋を差し出す。

アリスはそれに目を通しながらも、全く理解が追いつかない様子でカイルと便箋を何度も見比べた。


「本当なの?」

「本当だ」

「信じられない……」

「今まで黙っていてすまなかった。だけど、今、この機会ならアリスも俺と一緒に村を出ることができると思うんだ」

アリスは未だに混乱して困惑の表情のままだ。

そしてカイルは少し緊張にこわばりながら、真剣な眼差しでアリスを見つめている。


「無理よ、だって呼ばれているのはカイルなんでしょ。私には関係ないもの」

「関係なら、ある。アリス、俺と結婚してくれないか。本当はもっと早く言うべきだったのに、この件がどうなるかわからなくて切り出せなかった。村に来てから15年間、君と過ごした時間は俺にとってかけがえのないものなんだ。だから、これからの人生は村の外でもっと色んなものを見て一緒に過ごしたい」

それはあまりにも唐突なプロポーズだった。

しかし、アリスも同世代の男がカイルしかいない以上、いつかこうなることを予感していた。

そして、それを待ち望むほどには前向きにカイルのことを思っていた。


「本当に、もっと早く言ってくれるかと思ってた。待ちくたびれちゃったよ」

「ごめん、でも本気なんだ。一緒に来てほしい」

「カイルの気持ちは嬉しいよ」

そこで言葉を区切ると、アリスは微笑みを湛えながら、されどはっきりと言い放った。

「でも、私は一緒に行けない」

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