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第12話 ゲイルの望み

「未来?」

「その通り、未来ですよ。今まで話してきたのは私がここに至るまでの話。ここからは私たちがどこへ向かうかの話です」

胸の前でパンっと手を合わせると、ゲイルは楽しそうに話し始める。

「私たちというのはどういうことだ?」

勝手にゲイルの将来像に組み込まれたことに不快感を示しつつ、カイルは問いただした。

しかし、ゲイルから直接の答えは返ってこなかった。


「私は自分のルーツを調べる程度には、過去というものを大切にする人間です。それ故に未来も大切にしたいのですよ。未来というのは将来の自分にとっては過去となる。正しく未来に向かって進むということは、正しい過去を生み出すことに他なりません。ただし、過去というものはどうしようもないものでもあります。過ぎ去りし時間は戻せませんし、自分の力ではどうにもできないこともある。先祖の過ちもその一つです。」

ゲイルは少し声色を落とし、残念そうに首を横に振る。


「だから先祖の過ちを正して自分の過去の汚点を薄めたいということか?」

カイルの返事を聞いて、ゲイルはご機嫌そうに頷く。

「おっしゃる通りでございます。正確には、先祖の過去にバツをつけ、その上で私の未来そして過去にマルをつけるのです。私の中に、そのような過ちの血が流れていることが許せません。ですからそれを否定し、超越することで私自身の正当性を保証するのです」


ゲイルは再びボロボロの資料に目を落とすと、その資料の一部を指差した。

そこに書かれていたのはミミズが這ったような乱雑な文字と、掠れ、焦げの重なったインクの痕跡だった。

やはりカイルには読み取れず、それでもゲイルは間違いようもないという自信で文字を指している。

「ここの記載によれば、先祖は実験隊に不老不死の特性を発現させることには成功していましたが、万人を不老不死にすることはできませんでした。そこで私は先祖のアプローチがそもそも間違っているのではないか、という発想を得ました。つまり、先祖は不老不死そのものを発現させるのではなく、別の因果で異なる能力を発現させた結果として、不老不死やそれに近い力が生じたということです。私はこの考えが正しいことを証明するために、『祝福』を調査します」


「先祖が残した研究のミスを正し、万人を不老不死にする方法を見つける、これが私のこれからです。先程も申し上げた通り、ここで生きる人に危害は加えません。ですからカイル様もどうか目を瞑っていただけないでしょうか」

ゲイルは深々と頭を下げた。

「はたからみてわからない程度なら、わざわざ俺に頭を下げず、コソコソと勝手に進めればよかっただろう。なぜ話した?」

「私たちの未来のためですよ。つい自分語りが楽しくなってしまいまして、ご回答が遅れてしまいましたがカイル様には私の研究を援助いただきたい」

思いがけない申し出にカイルは眉を顰めた。


「俺の素性を知っているならわかるだろうが、皇帝の息子といえど絶縁状態にある。一生をここで終えるやもしれぬ身だぞ。一体何を援助してほしいんだ」

「私の研究には資金と誰にも悟られない極秘の施設が必要になります。研究内容が内容なだけに致し方ありません。それをカイル様に援助いただきたいのです」

「だから、俺はそのような力を持っていないんだ!」

カイルは怒りに声を荒げ、拳を振りかざす。

勢いよく振り下ろした拳はすんでのところで理性によって押しとどめられ、力無く机に置かれる。

机の上で力無く横たわる右手をカイルはもう一度強く握りしめた。


ゲイルが求めるものを今の自分が持たないこと、それを自分の口から発したことで考えないようにしていた将来への不安が込み上げる。

城を出て10年、その間カイルを繋ぎ止めていたのは兄・マルスとの口約束だけだった。

帝国の果てにあるこの村で、首都の情勢を知ることは難しい。

与えられる情報は村人に不都合な部分が意図的に伏せられ、それ以外の箇所も情報元との距離だけ劣化していた。

見えない、聞こえない、漠然とした不安がカイルに襲いかかる。

それでも、信じるしかなかった。

カイルは握っていた拳をゆっくり解く。


「俺はおそらく、一般人としてこの村で一生を終えるんだ。だから協力はできない。ただ、この村に医師が必要というのは事実だ。だからゲイル、お前の行動には目を瞑るとしよう。もちろん、危害を加えない限りは、だがな」

「左様でございますか。ええ、今はそうお答えいただいただけでも十分な成果でございます」

ゲイルは満足そうに頷いた。


「カイル様と話すのがつい楽しくて、随分と長居してしまいましたね。そろそろ帰るとします。お騒がせしてすみませんでした」

ゲイルは残っていた水を一気に飲み干すと、机に置かれた資料をカバンにしまって立ち上がる。

「それでは、明日からもよろしくお願いしますね。カイルさん」

カイルは素直に返事をする気になれず、無言で曖昧に頷いた。


それからしばらくはゲイルを観察し、村人に危害が及んでいないか確認していたカイルだったが、特に被害や異常はなかったため、その行動を許容するようになった。




畑でジルを手伝ううちに、畑仕事はカイルの本職にもなっていった。

唯一の同世代であるアリスとは多くの時間を共にし、仲を深めていった。

未だ信用できないゲイルだったが、同じ村で生きる仲間として許容できる部分は次第に大きくなっていった。

『祝福』を持つ者、それを知った上で協力して生きる者そこで生まれる時間はとても優しく、穏やかだった。


閉じた世界で変化無く、流れる時間に身を委ね、同じような日々を繰り返し、毎日西の海に沈む夕日を見送った。

淡々とした生活が当たり前のように流れ、さらに5年が経過した。


そして、皇帝が亡くなった。

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