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第10話 邂逅

すっかり陽が登った頃、2人は畑仕事を終わらせて家路についた。

「あいたたた……」

ジルが少し曲がった腰をさすりながら苦悶の表情を見せる。

「腰の調子、あんまり良くないの?」

「あー、まあな。でも今日は物資と一緒に先生が来るし、痛み止めをまた貰えば大丈夫だろ」


この村には医学を専門とする人間はいないため、物資配給に合わせて定期的に医師が村を訪れていた。

定期的な検診以外にも急患があれば臨時で駆けつけてくれる仕組みはある。

しかし隔離された村への道のりは遠く、医師の到着は最短でも半日以上かかる。

従って慢性的な不調に対しては定期的にやってくる医師の治療を待つしかなかったのだ。

これがリメリ村の抱える一番の問題だった。


「じゃあ昼過ぎに迎えに行くから一緒に診てもらいに行こう」

カイルは優しく言葉をかけたが、心中穏やかではなかった。

これまで幾度も医師不在の改善を訴えてきたカイルだったが、一向に解決には至っていない。

連邦と戦いの中にある帝国には辺境の地に割ける医師がいなかったのだ。

そうした国の不甲斐なさや、このような隔離村を作っていながらまともな援助もできない父親にカイルは憤りを感じていた。

「悪いな、助かる」

ジルはカイルの煮えたぎった内心に気づくこと無く、にこやかにお礼を言った。




お昼を回り陽が少しずつ傾き始めた頃、いつもと変わらない馬車の音が村に響いた。

荷下ろしのために集まった数人の男手、その中にカイルの姿もあった。

「先生遅いね」

普段ならすぐに降りて荷下ろしを手伝うか、急ぎの患者がいれば治療を始めるはずの医師がなかなか降りてこない。

痺れを切らしたカイルは馬車の中を覗いてみた。

中にはひどくおどろおどろしい雰囲気を纏った若者が座っていた。


「あなたは?」

声をかけられた若者はギロリとカイルを一瞥すると、驚いたように目を見開き、小さく口を開いた。

「ああ、あなたが」

ぼそりと溢れた言葉の意味をカイルは理解できなかった。

不思議そうに若者を見ていると、若者はそれを嫌ったのかカイルを押し出すように馬車の外へと這い出すように出てきた。


若者は丸渕の眼鏡をかけており、メガネには埃と手垢がびっしりついていた。

眼鏡の下の瞳は鋭く、見る物全てを品定めするような傲慢さも備えていた。

髪は伸び放題でろくに手入れもされておらず、ギシギシと痛んでおり、それを無造作に後ろで一つに束ねている。

纏う白衣から医師であることは察せられるが、所々汚れたそれは清潔感からは程遠い。

「眩しい……」

またぼそりと言葉を溢すと、口は真一文字に結ばれ、視線は周辺に注がれる。


ひとしきり様子を眺めると、カイルの方へ向き直り、にこやかな作り笑顔を浮かべて先程までより幾分大きい声で話しかける。

「先程は失礼しました。慣れない移動で疲れてましてね。私はゲイルと申します」

ゲイルはスッと右手を差し出す。

ボロボロにほつれた袖口からは白衣同様に汚れた手が伸びている。

カイルは暗がりでは確認できなかったゲイルの不潔さに嫌悪感を抱いた。

差し出された手を握り返すべきか逡巡していると、ゲイルは口角をニヤリと上げながら言葉を付け足す。

「こう見えても、私は医師でしてね。あなた方が求めていた村付きの医師として、これからお世話になるので、どうぞ末長くよろしくお願いしますよ」


念願の駐在医師がやってきた喜びはあったものの、カイルはやはりその姿を受け入れられずにいた。

それでも今後村で共に暮らすのであればと意を決して右手を伸ばす。

ほんの一呼吸だけ、軽く手を取り合うと、すぐに離した。

そして若干の迷いはありながらも、他に選択肢を取れないカイルはゲイルをジルの元へと連れていった。


見た目に反してゲイルは手際よく治療を進めていった。

ジルもカイル同様最初は嫌悪感を抱いていたものの、少し会話を交わすうちに症状を見抜き、触診しながら痛みの箇所を確かめると適切に対処を施していった。

「おまけでマッサージしておきましたので、それでしばらくは大丈夫だと思いますよ。痛み止めは飲まないに越したことはないので、痛み出したらすぐに私のところに来てください」

「本当に、痛みが引いてるし、なんだか体が軽いぞ。ありがとうな、先生」




ゲイルの評判はすぐに広まり、村人たちは慢性的に抱えていた体への不安やちょっとした怪我であってもゲイルの診療所で診てもらうようになった。

1ヶ月も経つ頃にはゲイルは村人全員から信頼を獲得していた。


こんこんこん。

カイルの家のドアが鳴らされる。

やってきたのはゲイルだった。

「先生、どうしたんですか?訪ねてくるなんて珍しいですね」

「ええ、まあ、そろそろかなと思いまして」

ゲイルは出会った日の馬車で聞いた口調でぼそりと呟く。


「カイルさん、あなたとは2人きりで話がしたいと思ってたんですよ」

「それはもちろん。ちょうど暇してたんで大丈夫ですよ」

カイルは椅子をひいてゲイルを促す。

ゲイルはそれを恐縮したようにわざとらしく拒んだ。

「そのようなこと、現皇帝のご子息様にさせられませんよ」

カイルの体が強張る。

なぜ、ゲイルがカイルの素性を知っているのか。

カイルの素性を誰かに話していないのか。

不安で全身から不快な汗が流れ出す。


「一体何の話ですか?」

ぎこちなく取り繕った言葉を聞いてゲイルはいつもよりも豊かにそして下品に笑みをこぼす。

「誤魔化す必要はございませんよ。もちろん、カイル様がこの村で素性を隠していることも存じ上げております。ですからこうして2人きりで話がしたかったのですよ」

誤魔化しきれないことを悟ったカイルは、ゲイルのことを信用できないながらも従うことにした。

「それで話とは?」


「私がこの村に来た目的と、これからすることに対する口封じでございます」

「口封じ?」

不穏な言葉にカイルは一歩距離をとる。

「そんなに身構えないでください。私ごときがカイル様に勝てるわけがございません。ただ、私がすることを黙って許容してくだされば良いのですよ」

ゲイルに対する不信感はますます募ったが、ゲイルが席についたのをきっかけに、カイルも対面する形で座り直した。


「私は、カイル様やこの村の人々が持つ『祝福』、失礼、この村ではこの言葉は禁句でしたかな?まあとにかく力について研究するためにきました。もちろん、医師というのは嘘ではないですが実際のところ私は研究者の側面が強いのですよ」

わざとらしく言葉を言い換える様はひどくいやらしかった。

「そして、私は祖先がやり残した研究の誤りを正し、私の正しさを証明するためにここにきました。これが私の目的です」

「祖先?正しさの証明?あまり話が見えてきませんが」

「まあそう焦らないでください、お暇だったんでしょう?時間はたっぷりあるのですから」

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