第17話 銀輪は赤く輝く
遡ること2日前。
まだ生存していたダリアは、死体となってリゲルに発見された位置から遥か東に潜伏していた。
周囲は木々に囲まれており、人の気配は全くない。
日毎、住処を少しずつ東へと移動しながら果実や野生動物を食べる生活を送っていた。
彼女の左腕にはトワが贈られたものとよく似た銀のブレスレットがつけられている。
洞窟や木陰で夜を明かす彼女に安寧はなかった。
いつまで続くか分からない逃亡生活は彼女の心身を擦り減らした。
しかし終わりはそのまま彼女の死を意味しているため、どこへ逃げることもできない。
また夜が来た。
洞窟の中で身を縮めていると、近くで木が倒れる音がした。
慌てて洞窟を出ると、短刀を構えて周囲に気配を巡らせる。
すると背後から声がした。
「や〜っと見つけたぞ、馬鹿弟子」
洞窟の穴の数メートル上方、切り立った岩肌の上にその女性は立っていた。
「師匠……」
ダリアが見据える先には月明かりに照らされ、金色の長髪をなびかせるローレライの姿があった。
ダリアは無意識のうちに短刀を握る力を強める。
「あんたさあ、何したかわかってんの?」
よっと声を上げながらダリアの元へ飛び降りる。
その顔に表情はなく、ひどく無機質だった。
「あなたのやり方にはもうついていけない」
ダリアは短刀をローレライの目の前に突き立てる。
その手は震えていた。
一方のローレライは表情を変えることなく、何事もないかのように話を続ける。
「じゃあ覚悟はできてるわけだ?」
「それはこちらのセリフよ。いつまでもあの頃の私と思わないでちょうだい」
「は〜、いっちょ前に反抗したかと思ったらそんなことしか言えないの? その腕輪返すなら命だけは勘弁してやるよ」
ダリアは咄嗟に左腕を背後に隠す。
「これを渡すつもりはないわ」
「ちっ、そういうと思ったが……あ〜めんどくせえ。もういいや。かったるいけど殺してからいただくとしよう」
ローレライは人差し指と中指で短刀の刃を挟む。
2本の指で挟まれた刃はピクリとも動かない。
それどころか、その力に耐えられずクッキーのようにヒビ入り、砕けてしまった。
「相変わらずの馬鹿力ですね」
ダリアは努めて平静を装う。
「馬鹿は余計だ。そして馬鹿はお前だ。ダリア、あんたのことは結構買ってたんだぞ。言うこと聞いてれば制限はあるけど一生不自由ない生活だってできたはずだ。それなのに何でこんなことした?」
「さっきも言ったでしょ」
砕けた短刀をそのままローレライの顔面へ突き刺す。
ローレライは軽くかわすと、距離を大きく取った。
「話してる最中に不意打ちとは、私の教育の賜物だなあ」
「おかげさまでね」
「だが解せんなあ。あの娘に肩入れしたのか? それとも人並みの幸せでも欲したか?」
「どちらも不正解よ。あんたは昔から変わらないわね。人の気持ちなんてちっともわからない、わかろうともしない」
「それがわかってるならさっさと正解を教えてくれよ。今更お前と問答するつもりはないし、お前の尻拭いでこれから忙しいんだ」
ローレライは苛立ちを抑えられず髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
「教える義理はない」
一足飛びに距離を詰めると折れた短刀を胸へ突き立てる。
「その動きは私が教えた」
再び向けられた刃を避けると、反撃に拳を振るう。
その手には鉤爪が装着されていた。
ダリアは攻撃を感一発でかわすと、腰から新しい短刀を取り出し、ローレライの右腕めがけて振り下ろす。
その刃を鉤爪で受け止めると力任せに腕を振ってダリアを突き飛ばした。
「今の動きも私が教えたものだ。私の動きの劣化でしかないあんたに私は倒せないよ!」
吹き飛ばされたダリアからの返事はない。
代わりに砂埃の中から銃弾が飛び出してきた。
不意の攻撃にローレライは交わしきれず、左の脇腹に銃弾を受けてしまう。
「てめえ、なんでそんなもん持ってんだ」
砂埃が晴れた先にはダリアの姿は無くなっていた。
「ちっ、逃げんなよ」
追いかけようと踏み出した右足に銃弾が当たる。
「この攻撃は確かに教えた覚えはねえなあ。だが、今ので場所はわかったぞ」
左足に力を込めると、一息で地面を蹴り出し、2発目の銃弾が向かってきた方向へ飛ぶ。
進行方向に立ちはだかる木は全て切り刻み、周囲を更地にしてしまう。
「どこだ! ダリア!」
ダリアからの返事はやはりない。
木陰から左足を狙った銃弾が放たれる。
ローレライはわずかに見切って避けると銃弾の軌跡を追って木を切り倒す。
2発目以降、ダリアの銃弾がローレライを捉えることはなかった。
ローレライはその悉くを予想し、避けきった。
そしてその度に銃弾が向かってきた先にある木々を薙ぎ倒す。
やがてダリアが隠れる場所はなくなっていた。
「よ〜やく見つけたぞ。手間かけさせやがって」
右足を引きずりながらダリアに近づく。
ダリアも吹き飛ばされた木の破片が無数に刺さっており、全身から細かに血が垂れていた。
「本当にめんどくせえ。昔からお前はそうだったよなあ。私の気に触ることばかりしやがって。筋は良かったし使えるから生かしといたが、まさかこんな形で裏切られるとは思ってなかったよ」
「それはお互い様でしょう。修行と称して私たちに無茶苦茶なことをして……私たちが孤児だから死んでも誰にも文句言われないからって面白半分に弄んで」
「でもそのおかげで今日まで生きてこられただろう?」
ダリアは地面を這いつくばりながら距離をとるが、ダリアとの距離は徐々に縮まっていた。
「それで今度は、あの子を利用して戦争を起こすつもりなんでしょ?」
「そうだよ。ああなるほど、停戦して平和なところにまた戦争の火種を生もうとしてたから逆らったわけか。納得納得」
「どうせ戦争で孤児を生んで、また自分のおもちゃにするつもりなんでしょう?」
「残念、はずれだよ。まあ、あんたが裏切った理由もわかったし、もういいや。殺そう」
ローレライは足を早めてダリアに近づく。
そして鉤爪をダリアの胸に振り下ろした。
ダリアは苦悶の表情を見せたが、叫び声はあげない。
「拷問されても叫ぶなって教えたのも私だ。でもいいよ、今日は我慢しなくても。痛いだろう?」
ダリアは返事もできず、もぞもぞともがいていた。
「無様だねえ、芋虫みたいにゴソゴソと。ついでだ、冥土の土産に教えてやるよ。私はね、孤児が欲しいわけじゃないんだ。血が見たいんだよ、血を浴びたいんだよ。だから今すごく気分がいい。ダリア、お前と過ごしていてこんなに幸福なのは初めてだ。今ならお前のことが好きになれそうだよ」
「ざ、残念ね……私は、あんたのこと、一度だって」
「お前の声は今も嫌いだし聞きたくもない」
無慈悲に振り下ろされた二撃目はダリアの命を確実に奪い去った。
事切れたダリアを横目にローレライは見にまとう衣類を全て脱ぎ去る。
そしてローレライはダリアを切り刻み続けた。
返り血を全身に浴びながら歓喜の声をあげながら。
満足するとローレライは再び服を着て、ダリアを背負う。
背中に染み込む血の感触がローレライを恍惚とさせる。
「リゲル君が探してるらしいし、見つけやすいところに置いといてあげよう。こんなところにこいつが転がってたら私以外犯人いないもんね」
「それと、目的のものも回収しなくちゃ」
力なく垂れ下がったダリアの左腕を確認する。
「あれ? なんでブレスレットないわけ?」
ダリアを最初に見つけた時、ブレスレットがあることは確かに確認していた。
「隠しやがったな……死んでも私をムカつかせるか、この女!」
ダリアの遺体を投げ捨てるとローレライは本来の目的であった銀のブレスレットを探し続けた。




