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第15話 レオンハルトとエマ

 トワの誘いを断ったエマは、レオンハルトと街を訪れていた。

「どういう風の吹き回しだ?」

 突然の誘いをレオンハルトは怪しんでいる。

「レオンハルトはこっちにきてから全然買い物とか行ってなかったでしょ? だからたまにはどうかなと思って……それと、僕のせいで折れちゃった剣を弁償したくて」

 エマは申し訳なさそうに顔を伏せている。


「あれは私が未熟だから折れてしまったんだ。エマが気にすることじゃない」

 レオンハルトの言葉は(なぐさ)めではなく本心からのものだった。

「それじゃあ僕の立場ってものがないんだよ」

「そうはいうが剣を売ってる店はあるのか?」

「実は昨日、トワとグレースと歩いてた時にたまたま見つけたんだよね。あんまり大きなお店じゃないからレオンハルトが気にいるものがあるかわかんないけど……」


「ところでさ、僕やっぱりレオンハルトに剣の稽古をつけて欲しいんだ」

 エマはレオンハルトの前に回り込むと真っ直ぐレオンハルトを見つめた。

「またその話か。最近はおとなしいから諦めたと思っていたが……断る」

 これまで何度も繰り返されたやりとりだったが、今回のエマは引き下がらなかった。


「それは、僕の剣を鍛える目的が漠然(ばくぜん)としてたから?」

 レオンハルトはエマの言葉に少し驚いた表情を見せた。

「その通りだ。騎士になるために剣の稽古をつけて欲しいというのがエマの願いだったな?」

「うん。だからね、ソネラで戦ってからずっと考えてたんだ。何のために騎士になりたいのかって」

 エマは再び進行方向を向くと、ゆっくり歩き出す。

 レオンハルトも一歩後ろをついていく。


「僕はやっぱり、みんなを守れる騎士になりたいんだ」

 レオンハルトの返事はない。

「みんなっていうのは、両親やクリス、村の人たちのこと。うちの村には騎士が常駐してるわけじゃないから、実際にはもう少し広い範囲の人たちになると思うんだけど」

「騎士になったら、希望する場所で働けるとは限らないぞ」

 実際、命令さえあれば国中どこへでも駆けつけなくてはならない。

 まして今のレオンハルトは命令とはいえ敵国へ密入国した身。

 その言葉は重たかった。


「そう! そうなんだよ! そこが結構悩ましくてさ。見ず知らずの人だったとしても困っている人を助けたいって気持ちに嘘はないんだよ。けど、やっぱり生まれ育った環境や家族を守りたいって気持ちもあって……」

「その気持ちを否定するわけではないが騎士として国に仕える以上、私情を挟むべきではないな」

 エマからはレオンハルトの表情は見えない。

 ただ、かけられた言葉と比べると声は存外優しかった。

「だよね……そうなると、本当に僕がなりたかったのは騎士じゃなかったのかもしれない」

 レオンハルトの位置からもまた、エマの表情は分からなかった


「国を守ることが結果として身近な人を守ることになるのかもしれないけど、大切な人が本当に危ない時に側にいてあげられないのは嫌だから……」

「よく考えるといい。憧れだけで続けられる仕事じゃない。実際、理想とのギャップに苦しみ、辞めていく者も見てきた」

「じゃあさ、レオンハルトはどうして騎士になったの?」

「私か? そうだな……」

 はたと立ち止まるとレオンハルトは腕を組んで少し考える。


「……誇りのため。というのが一番わかりやすいかな?」

「ほこりのため?」

 振り返ったエマはよくわからないという風に首を傾げる。

「ちゃんと話したことはなかったかな? 私の家系は代々、騎士として国に支えているんだ。私もまた例外ではなく、父や祖父が守り続けてきたこの国を私自身も守りたい、そう思ったことが騎士になるきっかけだった。幼い頃の私は国のために忠義を尽くす一族に憧れ、一族が守り続けてきた国を自分も守りたいと思っていた」

 エマは感心したように頷いている。

「ちゃんとしてるなあ。家族が騎士だったら尚更憧れちゃうよね」


「父も私を騎士にするつもりでいたから、私が騎士を志さなかったとしてもおそらく騎士にされていただろう。幼い頃から様々な稽古をつけられたよ。剣術だけではなく、馬術や弓術のように戦場で生き抜く術も数多く教えられたし、算術や歴史、語学といったあらゆる知識も叩き込まれた」

「えっ、勉強もするの?」

「当たり前だろう。まさか、剣を振るだけが騎士の仕事だと思ってたのか?」

 レオンハルトの呆れた目線から逃れるようにエマは顔をそらす。


「確かに、幼い私にとっては退屈だったり辛かったりすることも多かった。それでも、騎士として国を守るという強い意志があったから続けられた」

「騎士ってそういう人ばかりなの?」

「いいや、そうじゃない。途中で騎士の道を諦める人間も少なくないし、適当にやり過ごして誇りのない騎士になる人間もいる。だからエマには最初の選択肢を間違って欲しくないんだ。騎士というのは決して楽な道ではないから」


「……わかった。ありがとう。騎士になりたいのかどうか、僕ももっとちゃんと考えてみるよ」

「騎士の募集は毎年あるからな。じっくり考えるといいさ」

「うん。それはそれとしてさ、稽古はつけて欲しいんだよね。騎士になるためじゃなくて、トワとクリスを守るために」

「2人を?」

「そう。今回、この国の騎士団の警護をトワが断ったでしょ? それ自体はすごく嬉しかったけど、危険なことはこれからもきっと起こる。レオンハルトには及ばなくても、せめて自分のことを守れるくらいに強くなれればレオンハルトの負担は減らせるかな、って」


「一理あるな。稽古をする理由も明確だ……良いだろう。剣の稽古をつけよう」

「本当に!? ありがとう! レオンハルトはやっぱり良い人だね!」

 エマは思わずレオンハルトに抱きつく。

「全く、調子のいいやつだな」

 それを軽くいなしながらも、レオンハルトの表情は明るかった。

「じゃあお礼も兼ねて奮発しちゃうよ!」

 丁度武具屋の前についたエマは足取り軽く店内に入る。


「えっ?」

「何かあったのか?」

「鉄の剣ってこんなに高いの?」

 エマは店に置かれた剣の値段を見て目を丸くしている。

「……知らなかったのか」

「自作の木の剣しか作ったことなかったから……」

「まあ、なんだ、私は予備も一本持っているから気にするな……」

「うん……ごめんね」


 2人は軽く店内を見て回ると、エマの稽古用に木刀を一本だけ買って帰った。

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