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第8話 トワとレジーナ

「レジーナ、迎えに来たぞ」

 一緒に買い物へ行くため、トワとエマはレジーナを迎えに来ていた。

「……お待ちしておりましたわ」

 閉じた窓から外を眺めていたレジーナはふわりとスカートを(ひるがえ)しながら2人を迎え入れる。


「あら? クリスさんはいらっしゃいませんの?」

「実はレオンハルトとフロウに呼び出されて、行けなくなっちゃったんだよね」

 つい一時間ほど前、クリスは2人に呼び出されて急遽(きゅうきょ)買い物に行けなくなってしまった。

「それは残念ですわね」

「今回は3人で楽しもうよ」


「そう、ですわね」

 レジーナの表情は少し強張(こわば)っている。

「やっぱり不安か?」

「はい……この半年、声を聞くことを全くしてきませんでした。だから……前以上に聞こえてしまうことに臆病(おくびょう)になっているのかもしれません……」


「レジーナ、ゆっくりでいい。今日はまだたっぷり時間があるんだ。少しずつ体を慣らしていけばいいんだ。まずは窓を開けてみよう。それから城の中庭を歩いて、風を少しずつ浴びていけばいい。それで今日じゃなくてもいつか、近い未来に一緒に街の中を歩こう」

 自分を(いまし)めるようなレジーナをトワは優しく許すように告げる。

「ありがとうございます。でもトワさんたちはそんなに長くここに滞在するわけじゃありませんものね。今日中に買い物に行きましょう」

 言うや否やレジーナは閉じられた窓に手をかけた。


 そこでピタリと手は止まる。

 今朝からずっと、窓越しに外を眺め、勇気を出して開けようとしていたレジーナだったが、その勇気はまだ出しきれていないでいる。

「レジーナ……」

 エマが近寄って、レジーナの震える手にそっと手を重ねる。

「前までは当たり前だったのに……一度変えたものをもう一度変えるのってこんなに怖いんですわね」

 レジーナは後悔するように呟く。


「なあレジーナ、私の話を聞いてくれないか?」

 トワはいつも談笑していた椅子に座る。

 それを見て2人も窓を離れて椅子に座って、トワの話に耳を傾けた。


「レジーナにはちゃんと話したことはなかったが、私は人体実験の影響で不老不死なんだ」

 レジーナは驚いた表情を見せる。

 自身も特殊な力も持っているからか、疑うことはなかった。

「てっきり、女王様から聞いてたのかと思ったが、知らなかったのか?」

「はい、お母様はそういう面では平等な人なので、娘だからといって他の人の秘密を話すことはありませんわ」

「それは失礼なことを言ってしまった。すまない」

「いえ、お気になさらず。その……実験ということは『祝福』を受けているわけではないのですね?」

「ああ。私たちが元々いたセルメギス帝国にはそもそも『祝福』という概念自体存在しないがな」


「それで、私は300年以上生きているんだ。その中で不老不死じゃなくなるための方法を探して旅をしている。クリスたちと行動を共にし始めたのは数ヶ月前で、それまでは誰とも関らず、1人で旅をしてきた」

「1人で旅をされていたのは何故ですか」

 聞くべきかどうか悩んだが、この話題を振ったということは話すべきことがあるのだろうと、適切な距離を計りながら恐る恐る訪ねる。

「もっと正確にいうと、100年前から一人旅を始めたんだ。それ以前は今みたいに誰かと一緒に過ごしたり、ある街で数年単位で生活したり、そういう生き方をしていた時期もあった」

「何それ! 初めて聞いたよ」

 それまで、うんうんと頷いていたエマが驚いたように声をあげる。

「当たり前だ。初めて話すんだからな」


「今から150年前くらいから約50年間は、不老不死のままどうやって生きるかを考えていた時期だったんだ。他に親のいない子どもたちと一緒に住んで少ない賃金で労働しながらその日暮らしをしたり、ある家に拾われて娘として育てられたり、場所も方法も色々だったが、私なりに生き方を模索していた」


「でも結局ダメだったんだ。過酷な環境、貧困に苦しみ倒れる仲間を前にして、どれだけ苦しくても、食べなくても死ねない私は(うらや)まれたし恨まれた。でもそんな視線もそのうち全ていなくなってしまったよ。綺麗な家、衣食住揃った空間で最大限の愛を受けても、いつまで経っても成長しない、時間が止まっている私は次第に気味悪がられて呪われていると捨てられたよ」

「そんな……」


「それで100年前も変わらず、そこそこ大きな街で家を持たずに残飯を漁りながら暮らしていた。ただ、たまに公園に出ては他の子たちに混ざって遊んでいたよ。ボロ雑巾みたいな服装だったけど、小さい子どもたちは分け隔てなく遊んでくれた。その中で特に仲の良い女の子ができた。名前はモネと言って私のことをいつも1番に見つけてくれた。次第に歳をとって他の子が相手をして来れなくなっても、モネだけはいつも私と一緒にいてくれた」


「私はモネと一緒に歳をとることはできないが、せめてそれをわかってほしいと望んでしまった。調子に乗った私はその子に秘密を教えたんだ。私は不老不死なんだって」

 トワは自嘲(じちょう)気味に笑う。


「浅はかだったよ。証拠として腕を切って一瞬で治るところを見せた。そしたらモネは怯えて走り去ってしまったよ」

「それで、モネさんとはどうなったんですか?」

「それっきりだ。街では私を化け物として討伐しようとしている。なんて噂も出てきたから、そのまま街をでていった。それ以来、誰かと仲良くなっても結局誰も幸せにならない別れがくるならと、人と関わることをやめたんだ」


「じゃあなんでクリスと一緒に旅し始めたのさ?」

「それはクリスがどうしてもついてくると言って聞かなかったんだ。本当はあまり関わるつもりはなかったが、断ってもついてきそうだったからやむを得ず、一緒に旅を始めた。正直、恐怖心はあったが不老不死のことも知られていたし、もしかしたらという期待もあったんだ」

 そしてトワは穏やかに笑った。


「今ではあの強引さに感謝しているよ。クリスがいたから、エマやレオンハルトと出会えたし、人との繋がりができて不死鳥の羽根を手に入れることができた。私1人じゃきっとできなかった。だから、一度は人と関わるのをやめたけど、やっぱりもう一度関わって見て良かったなって思ってるんだ。レジーナに私と全く一緒だとか、こうするべきだとか言うつもりはないけど、もし私の話が窓を開く手助けになったらと思って」


「ありがとうございます。トワさんもずいぶん辛い思いをされてきたのですね。それなのに私のために……」

 レジーナは立ち上がると窓へと歩いていった。

 扉に手をかけ、大きく深呼吸をする。

 そこから力を込めて窓を開けようとする。

 しかし、あと少しのところでどうしても手に力がこもらない。


「レジーナ無理はしないで!」

「いいえ、開けたいの! 開けたいのに開けられない……」

 窓へ込められた力が少し弱まる。

「もし、レジーナが望むなら私たちが一緒に窓を押してもいいか?」

 トワは一歩踏み出せないレジーナの気持ちがよく理解できた。


「……お願いします」

 トワとエマはレジーナの左右に立ち、左右の手にそれぞれの手を添える。

「それじゃあ、行きますわ。それ!」

 トワとエマの力はほとんど入っていなかったと思う。

 それでも窓は大きく開け放たれ、清々しい風が部屋に満ち溢れた。

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