第7話 クリスの夢
「エマ、ちょっといいか?」
夕食が終わり部屋へ戻る途中、レオンハルトがこっそりと声をかけた。
「どうしたの?」
「少し話したいことがある。ちょっと来てもらえるか?」
2人は部屋へと戻る道を外れ、城の中庭へ向かった。
中庭は中央に噴水があり、周りは花壇に囲まれていて、自然に溢れていた。
街灯などは無いため城の中から漏れる明かりが僅かに2人を照らしている。
「こんなところに呼び出してなんの話?」
「実はクリスのことなんだが……クリスは昔からああだったのか?」
レオンハルトは何と言葉にするべきか迷いながら質問した。
「ああってどういうことさ?」
少し濁した、曖昧なニュアンスはエマには伝わらず、より明確な問いを投げかけることにする。
「クリスはかなり優しいというかお人好しだと思う。トワを助けてここまで旅してきたことはもちろん、働いていた時の様子やジェンセンへの対応、ソネラでの一件からもそうだと感じた」
「確かにクリスは人が良すぎるよね。そういうことなら、昔からそんな感じだったと思うよ。なんでそんなこと聞くの?」
「そうなのか。ただ、なんというか最近様子がおかしいのと……」
「おかしいのと?」
レオンハルトにしては歯切れが悪い。
「いや、それだけだ」
「なんだよ、気になるなぁ」
そう言いながらエマは城内へと戻っていく。
これ以上聞いたところで、レオンハルトが答えを教えてくれないことをエマは知っていた。
夜は次第に深まっていった。
***
クリスは自分が幼かった日の夢を見た。
大切な人と別れた時の夢を見た。
僕が3歳の時、父は僕と母を残して死んでしまった。
正直、顔も声も朧げにしか記憶に無い。
それでも父の思い出が多く残っているのは、父が母に愛され、村の人たちから慕われていたからだろう。
父は人当たりの良い性格で、よく村の人の頼まれごとを手伝っていたらしい。
壊れた屋根の修理や、作物の収穫の手伝い、害獣の退治等、頼まれればなんでも引き受けていたそうだ。
たまに幼い僕も一緒に連れて行ってくれたらしいが、やはり父の顔も働く姿も記憶にはない。
ただ、依頼が解決した後に依頼主たちと楽しそうに話す父の笑い声だけはいくらか鮮明に残っている。
当時はまだ、セルメギス帝国とヴェスティガッセ連邦の間で戦争が行われていた。
アルフの村は国境に近かったが、どちらの国の主要拠点からも離れており、森に囲まれた辺鄙な土地だったため暮らしぶりは今と何も変わらなかった。
旅を始め、いくつかの街を見てきた今だから思うことだが、村だけが世界から切り取られて、村の中だけで完結している、そんな印象を受ける。
村の中では遠くの戦争よりも目の前の害獣が脅威だった。
父が死んだその年はあまり被害が少なかったそうだが、突然クマが出没しているという噂が出た。
村の周辺に足跡が残っていたということで、父は頼まれて、猟師と共に山へ入っていった。
見回りを始めて数日後、クマの気配もすっかり消えて脅威が去ったと村人が安心した中で、父は襲われた。
猟師と2人で見回りに出たっきり帰ってこないので、仲間達で探したところ、ズタズタに引き裂かれた2人の死体があったそうだ。
多くの傷口から大量の出血があり、見つけた時にはすでに手遅れだった。
クマの姿は誰も見ていないし、それ以降も見ることはなかったらしい。
ただ、状況から見てクマに襲われたと考えてまず間違いないだろう。
『君のお父さんは村のために勇敢に立ち向かってくれた』という言葉を成長してから当時を知る人に言われたが、僕にはなんだか現実味がなかった。
父が死んでから、母はそれまで以上に熱心に働いて僕を育ててくれた。
村人の多くは父親と親交があり、恩もあったので母も僕も多くの面で支えられ、不自由はほとんどなかった。
元々同い年の子どもがいるということで親しかった先生一家にお世話になることも増え、エマとは毎日のように一緒に過ごした。
物心ついた頃にはそんな生活だったから、僕にとってはそれが普通だった。
だけど僕が8歳になった時、母は急に病床に伏した。
先生は手を尽くしてくれたし、自身の知識や技術ではどうにもならないとわかると、ヘイダやもっと先の帝都からも情報を集めて様々な治療を施してくれた。
それでも母は徐々に徐々に弱っていってしまった。
母は寝ていることが増え、僕が家事をするようになった。
毎日先生が様子を見にきてくれたし、体調がいい日は一緒に料理をするようなこともあった。
そういった波は僅かにあるものの、緩やかに母の病状は悪化した。
そして僕が10歳になった年にこの世を去った。
死の間際、ほとんど寝たきりだった母が1日だけ不意に元気になった日があった。
僕は無理しないでと言ったが、その日は一緒に料理をして、テーブルに座って仲良く食べた。
外には出られなかったが、たくさんおしゃべりをした。
そして僕が疲れて寝る直前に、名残惜しむように言葉を残してくれた。
「毎日私のために家事をしてくれてありがとう。あなたは覚えてないかもしれないけど、あなたが父さんと一緒でとても優しい人に育ってくれて嬉しいわ。父さんは私の誇りなの。そしてクリス、あなたも。クリスはお父さんに似てるからきっとみんなの役に立てる人になるわ。クリスにも父さんのように誰かの力になってほしい。私に向けてくれた優しさをこれからは村の人に向けてあげてね。私がいなくなっても、優しいままのクリスでいてね」
半分寝かけていた僕は、瞼をどうしても開けられなかったが、あの時の母の表情をちゃんと見ておけばよかったと後悔している。
でも、とても優しいいつもの微笑みだったんだとも思う。
いつも、この夢の終わりはここだ。
母の表情を今度こそみようと目を開けると、そこは現実になっている。
確信はあるのに母の表情はわからないままだ。
村にいた頃はよくこういう夢を見ていた。
旅に出てからは夢も見られないほど疲れて眠ることが増えたからか、見る機会は減っていた。
しかしここ数日、立て続けにこの夢を見て母の言葉を思い出している。
「今の僕は誰かの役に立ててるんだろうか」
クリスは不意に本心をつぶやく。
優しかった母の言葉は今のクリスには荊のように絡まり突き刺さっていた。




