第4話 大切なものが増えていく
「ところで、不死鳥の羽を手に入れたんでしょ? 私にも見せてよ」
会話がひと段落したところでローレライが切り出した。
グレースは踏み込んだ質問を嗜めるような視線を向ける。
「いいですよ。これです」
トワは腰に括っている小物入れからガラスの箱を取り出す。
ソネラでジェシカから貰ったその箱は、今もオレンジの光をじんわりと漏らしている。
トワがふたを開けると、ローレライはソファから立ち上がり、ズイッと身を乗り出して中を覗き込んだ。
グレースも興味はあるのだろうか、少し腰を上げて遠目から控えめに箱の中身に目をやる。
「すごいな……燃えてもないのに光ってるのか」
「綺麗ですね……」
2人は羽根の神秘的な光に見惚れ、それぞれに感動を口にしている。
「箱もいい感じだよな」
フロウの言葉にトワはソネラで過ごした一週間を懐古する。
つい最近の出来事だが、すでに遠い昔の思い出にも感じられる。
このように懐かしみたい光景に出会えたのはいつ以来だろうか。
「ところで、トワちゃんの腕のそれ、それもなんかオシャレじゃない」
ローレライはトワの袖の裾からチラつくブレスレットに目をつけた。
「これはヴェスティガッセに入って最初の町で働いていたときに常連客のお姉さんからもらったんだ」
大切そうに左手首をなぞりながら答える。
そういえば、あの女性の名前は何といったのだろう。
店員と客という立場だったからか、よく考えたら聞いたこともなかった。
そんな関係の人から贈り物をもらい、それを大切にしている。
トワはそんな自分がどこか不思議に思えた。
「シンプルなデザインだけど、良いものね。ちょっと見せてくれない」
テーブル越しにトワの手を掴むとローレライが少し引き寄せる。
「ふんふん。なるほど。んん〜?」
何やらよくわからないうめき声を上げた後、すぐにトワの手は解放された。
「このブレスレットに何かあるのか?」
「ん〜、いいや、何にもないね。大切なものでしょうし、無くさないように気をつけて」
話が落ち着いてしばしの沈黙が訪れる。
そしてグレースが遠慮がちにお願いを口にした。
「皆様のお時間が許すのであれば、私の娘に会ってもらえないでしょうか。皆様の旅の話を聞かせてあげて欲しいのです」
「娘さんということは王女様ということですか?」
「はい。実はもうしばらく城に引き篭ってしまっており、街の外の新鮮な話を聞けば何か気持ちも変化するのではないかと思いまして……」
グレースは伏し目がちに告げる。
「もちろん、お礼は致します。トワ様の不老不死を治す方法について、私どもで手がかりがないか調査いたしますので、数日間でも滞在して娘の話し相手になって頂けないでしょうか」
クリスはトワの顔を確認する。
トワの表情に迷いは感じられなかった。
「わかりました。話し相手になれるかはわかりませんが、私たちのために色々と尽力頂いていますし、次の目的地も急ぐ理由もない旅ですので、お受け致します」
「ありがとうございます。既にお部屋はご準備しております。この後ラナに案内させますので、ごくつろぎください」
先ほど飲み物を持ってきてくれた侍女が控えめに半歩前に出ると深々と礼をした。
「それで娘さんはどんな人なんですか?」
「はい、娘はレジーナといいまして皆さんとあまり歳の変わらない16歳です。元々は活発な子だったのですが、半年程前から学校を休むようになりまして、徐々に城に篭りがちになったのです」
「原因に心当たりは?」
「……ありますが、詳細は分かりません。ですので、まずは何も知らない状態でレジーナとお友達になっていただけませんか?」
グレースの言葉には何か含みがあるようだった。
「できる限りのことはしてみます」
何の確証もない頼りない返事だったが、グレースの表情はいくらか明るくなった。
「ではお部屋へご案内致します。こちらへどうぞ」
ラナの合図に従って4人はぞろぞろと部屋を出ていった。
ローレライとフロウは引き続き話があるとのことで残っている。
「それで話ってなんですか?」
フロウはローレライの対面に席を移しながら話を始める。
「はい。実はダリアが行方不明になりました」
「え?」
「フロウはトワ様たちを尾行する前に一度ダリアと会っていますね? その時の様子におかしなことはありませんでしたか?」
「……特にはなかったような」
フロウはダリアの姿を思い出す。
お互い、会う度に名前が変わっているような仕事だが、運よくこの仕事を長く続けられていたためそれなりに親しい顔見知りだった。
師事していた時期は違うものの、2人ともローレライから仕事のイロハを教わった同門でもある。
あの時会ったダリアは、派手な格好で町に不釣り合いに見えながらも、しっかりとその土地の一部に同化していた。
情報を入手するために個人を任務達成に対して最適化していた。
男に惚れたと軽口を叩いていたが、あれもダリアにとってはいつものことだった。
フロウは会うたびに、その土地で目をつけた男の話を聞かされていたが、いつだってダリアが戻る先は国だった。
国家安寧のために個人を殺して任務に勤しむ。
それがフロウやダリア、リゲルの定められた役割で、それ以外の生き方は誰も知らない。
「まったく分かりません」
考えれば考えるほど、なぜ? という疑問だけが頭を駆け巡る。
「他国の者に襲われた可能性はありませんか?」
「いえ、そういう気配はありませんでした。それに国境近くの辺鄙な土地。今回みたいな例外でもない限り考えられませんね」
「それにダリアはフロウと一緒で私が育てたんだぞ? 簡単にやられるかよ」
ローレライの顔は大層憤っていた。
「何にしても、任務を放棄するとは良い度胸だ。私が行ってとっちめてやる」
ローレライは勢いよく立ち上がるとスタスタと部屋を出ようとする。
「捜索については既にリゲルを向かわせています。ローレライ殿はご自分の任務にお向かいください」
ちっと小さな舌打ちが聞こえた気がした。
「分かりましたよ。任期より短く仕事終えたら、オフで勝手に探すのは良いだろ?」
「プライベートを強制することは勿論できません。ただ……」
グレースはそこで口をつぐんだ。
「それじゃあ行かせてもらうよ」
ローレライは振り返ることなく、部屋を出て行った。
バタンと勢いよくドアを閉めるとローレライは怒りに震え、額に青筋を立てていた。
「ダリアのやつ、そういうことかよ……」
そして一秒でも惜しむように3階の吹き抜けから1階に飛び降り、そのまま城を出て行ってしまった。
「ダリアのやつ、なんで……」
残されたフロウは口に手を当てて未だ悩んでいる。
彼の頭にも、ダリアが敵にやられたという考えはなかった。
「いずれにしても今はリゲルに任せましょう。フロウもお疲れ様でした。数日はこちらで羽を休めてください
」
「……ありがとうございます」
しかしフロウはソファから立ち上がることなく、ひたすらに考えを巡らせていた。




