第5話 引きこもりのお姫様
コンコンコン、と優しくドアがノックされる。
「どうぞ」
中から声が聞こえる。
「失礼します」
ヴェスティガッセ城に仕える侍女であるラナが静かに部屋へ入っていく。
ラナは白と黒の給仕服に身を包んでおり、頭はシニヨンを包むようにキャップをかぶっている。
それらには必要最低限の装飾しか無く、凛とした立ち姿と合わさって清楚さが際立っていた。
「お嬢様、昨日お伝えしたお客様をお連れしました」
ラナは声色も落ち着きがあり、喋り口からはきめ細やかさがうかがえる。
「ありがとうございます。すみませんが、早く扉を閉めてもらえませんか」
部屋の中央にある丸テーブルに腰をかけた女性が少し怯えるようにラナを促す。
「失礼致しました。皆様、中へお入りください」
ラナに連れられてトワ、エマ、クリスの3人が部屋へ入る。
レオンハルトは参加を辞退していた。
グレース女王に認められたとはいえ、納得がいかないレオンハルトはこの国での交流を最低限のものにしようと努めている。
「お待ちしておりました。さあ、お掛けになってください。美味しい紅茶を入れますので」
女性は立ち上がると3人の近くにより、親しげにテーブルまで案内する。
先程、一瞬だけ見せた怯えはもう感じられなかった。
3人を椅子に腰掛けさせると、女性は部屋の端にあるティーセットを自ら準備する。
「お嬢様、お手伝いします」
「良いのよ、私がやりたいから」
その言葉を受けて、テキパキと準備を進める女性をラナは黙って後ろから見守った。
「お待たせしました。こちら私のとっておきなの。お花の香りとっても素敵で。おすすめはミルクを少しだけ加えるのよ。苦手な方がいらっしゃらないなら入れちゃうけど、大丈夫かしら?」
「はい、お願いします」
「それじゃあ」
女性は紅茶にミルクを少し加える。
赤茶色の液体はカップの中で混ざり合って白さを増す。
ことん、と目の前に丁寧に置かれたミルクティーはわずかに揺らめいていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ楽しいお話を聞かせてくださいな」
そこで女性はあっと声をあげて両手で口元を押さえる。
「すみません。私ったら、お名前も名乗らずに失礼しました。私の名前はレジーナと言います。一応、母がこの国の女王ではありますが、そういったことは気にせず仲良くして頂けると嬉しいです」
レジーナは胸の前で手を重ねて、少し頭を下げた。
16歳と聞いていたが、身長が高くすらっとした体型で大人びた印象を受ける。
身長だけならトワやエマよりも高かった。
神々しい金色の髪の毛は緩いウェーブがかかっていて、肩より少し下まで伸びている。
大きな二重の目は興味深々と行った様子で3人の顔を行き来している。
鼻筋も整っており、笑うと大きく開く口元は幼さと愛嬌を兼ね備えており、誰もが美人と認める容姿だった。
加えて立っても座っても吊られたようにピンと伸びた背筋や丁寧で物音の少ない仕草は上品さを感じさせる。
「私はトワだ。よろしく頼む」
トワがいつもの口調で最初に挨拶をする。
「僕はクリスって言います。よろしくお願いします」
エマは恥ずかしそうにモジモジとしている。
「……僕はエマです……よろしく」
気恥ずかしそうにミルクティーを口にしたエマが目を見開いた。
「これすごく美味しいです!」
「そう言っていただけると私も嬉しいですわ。みなさん、よろしくお願いします!」
そこからはトワが中心となってこれまでの旅について話した。
徐々に緊張も解けたのか、エマが会話に加わっていく。
レジーナはどんな話も大きく頷きながら興味深そうに聞いていた。
「私はこの街からまだ出たことがありませんの。だから皆様みたいに各地を旅できるなんてとても羨ましいですわ。歳も少ししか違いませんのに憧れてしまいます」
「レジーナが楽しそうに聞いてくれるからこっちも盛り上がっちゃったよ」
話がひと段落するとエマは3杯目の紅茶を飲み干した。
「たくさん話したら暑くなってきちゃった。ちょっと窓開けても大丈夫?」
「ダメです!」
返事を待たずに窓の方へ歩き出すエマをレジーナは強い口調で止めた。
「え、あ、そうだよね。勝手に開けようとして失礼だよね。ごめん」
しゅんとしたエマが席につく。
「いえ、違いますの。その、ごめんなさい」
「いいよいいよ。悪いのは僕なんだからレジーナが謝らないでよ」
「そうではなくて……」
部屋の空気は一気に気まずくなった。
「お嬢様、そろそろお時間が」
部屋の入り口でずっと様子を見守っていたラナが空気を察してレジーナに告げる。
「あっそうでした。すみません、私この後お稽古の予定がありまして……また明日も来ていただけませんか?」
レジーナは3人、特にエマを見ながら頼み込む。
断られることを恐れているのか、祈るようなお願いだった。
「もちろんくるよ。明日はレジーナの話も聞かせてよね」
エマはそんなレジーナの姿を受けて、先程受けた叱責を気にしていない素振りを見せた。
「2人もくるよね」
「うん」
「ああ」
「じゃあ、明日はまた違った味のお紅茶を準備しますので、楽しみにしていてくださいね」
「じゃあまた明日!」
そう告げながら部屋を出ると、すぐに扉が閉められた。
「僕、お手洗い行きたくなっちゃった。ラナさん、近いトイレ教えてもらっていい?」
「承知致しました。トワ様、クリス様はいかがしますか?」
「僕らは先に戻っておきますよ」
エマ、ラナと別れてあてがわれている客室へと向かう。
お城は広いが、作りは比較的単純で迷うことはなかった。
「なあ、エマって人見知りなのか?」
トワはふと、部屋に入ってすぐのエマに抱いた疑問をぶつけた。
思い返すとエマに初めて会った時も少し距離を感じた記憶があった。
「どうなんだろう。幼馴染だし、村にはあまり初対面の人はいなかったから気がつかなかったけどそうなのかな?」
「そうだと思うぞ」
背後から忙しい足音が聞こえる。
「なんの話してんの?」
トイレから戻ったエマが2人の下に駆け寄る。
「なんでもないぞ」
トワは目でクリスに合図を送る。
「うん、なんでもないよ」
クリスはそれを受けて、話を合わせる。
「なんか怪しいなあ」
2人の間に割って入って顔を覗き込む。
「本当になんでもないんだぞ」
「本当に?」
トワとエマは半分笑いながら問答を繰り返す。
「あっあれ」
自分たちの部屋がある廊下へたどり着いたところで。クリスはレオンハルトの部屋を指さした。
そこにはレオンハルトの部屋からでていくフロウとグレースの姿があった。




