第1話 国を統べる者たち
--ランフェイゲン王国・首都にて
「女王様、ローレライ様がお見えになりました」
侍女が女王グレースに客人を告げる。
「わかりました。通してください」
グレースは作業の手を止めて執務用の椅子から立ち上がると、来客用のソファへ身を移す。
「はぁ……」
来客が入ってくる前に憂鬱なため息をしっかり吐き出す。
「やあやあ女王様! お久しぶり〜」
勢いよく執務室のドアが開かれると、ハイテンションかつ堂々とした甲高い声が響いた。
入ってきたのは若く美しい女性だった。
「ご無沙汰しております。お変わりないようですね」
グレースは立ち上がり、ローレライを出迎えた。
「そういう女王様は、お疲れって感じじゃない? やっぱり戦姫なんて呼ばれてたあなたにデスクワークは向かないんじゃない?」
ドカッとソファに腰をかけるとグレースの顔を舐め回す。
「そんなことは……」
「じゃあ、最近引きこもっていると噂のレジーナちゃんが気がかり?」
グレースの眉がピクリと動く。
「お恥ずかしい限りで。紅茶でよろしいですか?」
手短に返事をすると、これ以上その話題に触れさせないという態度を露わにする。
「それじゃあお言葉に甘えて……やっぱりトマトジュース頂こうかしら」
グレースが目で合図をすると、侍女はすぐに部屋を出ていった。
「それで、久しぶりに戻ってきたのはどういう風の吹き回しでしょうか?」
「いや〜、可愛い教え子がこっちに戻ってくるって話を聞いたから。ちょうど仕事で近くに居たし、久々に顔見ておこうかと思って」
ローレライは顔から目を離すと、首へ降りて絢爛な衣服に隠れた肩から二の腕、そして重ねられた手の甲から指先へと確かめるように視線を落とす。
「それとも、あたしが来たら迷惑だった?」
そこから折り返すように腕を登って肩から首を通り、再びグレースに視線を向ける。
「そんなことはありません。ただ、そのまま次の任務地へ移動すると思っていましたので。もっと早くに連絡を頂けていればちゃんとしたもてなしも致しますのに」
「なるほどね。そういうことなら気にしないでいいよ。ちょっと会ったらすぐに出るから、2日3日くらい寝床だけ貸してくれればそれで結構よ」
「手配しておきます」
丁度侍女がトマトジュースを二つ持ってきたので受け取ると、客人用の部屋を準備するように伝えた。
ローレライはゴクゴクと勢いよくトマトジュースを飲み下す。
「くはぁ〜、やっぱりこれが一番美味しい。色も真っ赤で食欲をそそるもんね〜」
最後の一滴まで逃すまいと、グラスを逆さに向けていつまでも口を開けている。
「よろしければ私のも飲まれますか?」
「えっ? いいの? ありがと〜」
差し出されたグラスを奪い取ると間髪入れずに飲み干す。
唇の端からこぼれた雫を舌でペロリと舐め上げる姿は艶かしい。
「ところで、女王様はちょっと老けたわね」
「3年ぶりですもの、少しは歳をとりますよ。そういうローレライ殿は本当に昔から変わりませんね」
グレースは向けられた視線に答えるようにローレライの目を見る。
歳を重ねて少し皺ができた自分の顔と比べると、ローレライの顔は3年前からほとんど変わりなかった。
それどころか、瑞々しさやハリは一層増しているようにも思える。
「まあね。いろいろ気をつけてるのよ。睡眠や食事はもちろん、運動とかもね。生涯現役でいたいじゃない?」
未だ戦場を駆け回る彼女の顔は、王位について戦火とは無縁な彼女を侮蔑しているように見えた。
「ま〜女王様は忙しいでしょうし、お邪魔虫はそろそろ退散しますわ。レジーナちゃんにも顔出していい?」
「もちろん構いません。ただ……」
「わかってます、わかってますよ。私もこう見えて大人だし、ちゃんと接しますよ」
ひらひらと手を振りながらローレライは呑気に出ていってしまった。
ローレライが娘と会うことに一抹の不安を覚えて、グレースは後を追うように執務室を出ていった。
***
--セルメギス帝国・帝都にて
「こうして2人で食事をするのも久しぶりですね」
セルメギス帝国の皇帝と宰相が食卓を囲んでいる。
2人は歳の近い兄弟で、幼い頃は毎日のように食事を共にしていたが、それが無くなって久しい。
長く伸びたテーブルに向かい合う形で座っており、お互いの距離は遠く、どこか寂しい。
「お互い忙しい身だからな。わざわざ時間を設けてほしいとは、何か込み入った話でもあるのか?」
「その通りですね。しかしせっかくの食事ですし、ひとまずは美味しく頂きましょう」
一歩踏み込んでは一歩引いて、2人はお互いの腹を探り合うように会話を交わす。
食事も一段落し、食後の紅茶が出される。
宰相は一口飲むと、本題を口に出す。
「キングレー家の跡取りを極秘でヴェスティガッセ連邦へ派遣してからかなり経ちますが、音沙汰無いようですね。皇帝陛下直々の命ということもあって、これまで横槍は挟まずにいましたが、あまりに時間がかかりすぎではないかと」
「その件についてはレオンハルトに一任している。問題ない」
「連邦で捕らえられたり、追っていた相手に殺害されたりする可能性はお考えではないのですか?」
遠くからでもわかるほど、明らかに攻撃的な視線が皇帝に向けられる。
「捕らえられたなら連邦からこちらに通達が来るはずだ。それにレオンハルトの腕なら後れを取る心配もないだろう。何が言いたい?」
「随分とレオンハルト殿を買っているようで。私はただ、宰相としてこれは国際問題に発展しかねない危険な行為
だと思っております。それに次の一手を投じた方が良いのではないかと思いまして」
2人は表情を変えることなく、視線をぶつけ合う。
「確かに宰相の言うことも一理ある。一意見として心に留めておこう」
皇帝の発言は、それ以上の発言を拒むものだった。
「承知致しました。出過ぎた発言、失礼致しました」
宰相の表情は相変わらず変わらないが、纏う雰囲気は一層冷たいものに変わった。
それ以上会話がないまま、兄弟の時間は終わってしまった。




