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第16話 夜が明けて

「それじゃ、後のことは任せたぞ」

 すっかり()が昇り、昨晩捕らえた盗賊たちを収監する手配が着々と進められている。

 リゲルは盗賊の輸送で村を離れる手筈(てはず)となっていた。

「フロウさんの方こそ、ちゃんと客人たちを警護してくださいよ。昨晩みたいに敵を取りこぼしてちゃ情けないですから」

 別れの間際でもリゲルは憎まれ口を叩く。

「この野郎……」


「ですけど、まあ……あなたと仕事するのは存外楽しかったですよ。お互い生きてまた会いましょう」

 それだけ告げるとフロウの返事を聞くことなく離れていってしまった。

 諜報員としてこの国に生きる彼らにとって別れは日常だった。

「俺もだよ……また会おうな」

 危険を伴う任務もある中で、確約されない再会を自分だけに聞こえる声でフロウも確かめるように呟いた。



***



「なんであんな危険な真似をしたんだ」

 エマはレオンハルトから詰問(きつもん)を受けていた。

 エマの返事は無い。

 ただ(うつむ)いて、服の(すそ)をキュッと掴むばかりだった。

『僕も役に立ちたかった』それが独りよがりで身勝手だったことを痛感している今、どんな言葉を返せばいいのかわからなかった。


「質問を変えよう。何を護るために戦ったんだ?」

 今度の質問には条件反射で返事をする。

「……それは! みんなを……困っている村の人を護るためだよ」

 それだけは間違いない感情だったはずなのに言葉尻は弱々しい。

「だとしたら、避難所に最も近い場所での警護こそ、君がやるべき事だったんじゃないのか?」

 エマはハッとして顔を上げた。

 心の中で釈然(しゃくぜん)としなかった感情の原因をピタリと言い当てられたと感じた。


「エマの村人を守りたかったという気持ちを嘘だと糾弾(きゅうだん)する訳ではない。しかし戦うこと、敵を倒すことに目がいっていたことも事実だろう。頭を冷やして改めて、何をするべきだったのか考えるといい」

 レオンハルトの言葉は丁寧にエマに染み込んだ。

「うん、わかった。レオンハルト、ごめんなさい」

 エマはガバッと頭を下げた。

 それを見たレオンハルトの口元が緩んだ。


「他のみんなにも迷惑をかけたんだ。しっかり謝るんだぞ」

「もちろん!」

 エマの顔からは(うれ)いが消えていた。

「今すぐ言ってくるよ」

 レオンハルトの脇をすり抜けてエマはドアに手をかける。

「それと、色々ありがとうね」


(まずは僕のせいで怪我しちゃったトワのところに行こう)

 トワの傷は半日ですっかりと回復し、今は北の祭壇でいつものように不死鳥へ語りかけていた。

(レオンハルトは不死鳥を守りながら戦っていたんだ。的確に攻撃を受け流して体制を崩させて、常に不死鳥を自分の背に置いていたんだ。それなのに僕は押されてると思ってた。レオンハルトにとって護るものは不死鳥だったんだよ。本当にあの時の僕は何も見えてなかったんだな)

 祭壇へ向かう途中、昨日の戦いを1人で振り返る。


(僕が乱入したせいで、あいつの攻撃をまともに剣で受けて、それで剣が折れちゃった。多分、力をうまく受け流す方法もレオンハルトは知ってるんだろうな……それに引き換え僕は渾身(こんしん)の一撃も全く効かなかったし何やってたんだろう)

 色々間違え続けた昨晩だったが、攻撃が全く効かなかったという事実だけはエマにとって意味合いが違った。

 次同じ状況に(おちい)ったとして、もうあのような暴走は見せないだろう。

 しかしもしも敵と戦うことになっていたとしたら、エマの剣は果たして役に立ったのだろうか。

「やっぱり、強くなることも必要だよね」

 ただ戦うためではなく、成すべきこと、護るべきことを見据えた上でやはり自分の実力が不足しているとエマは確信した。



***



「おーい」

 エマを視界に(とら)えたトワが手を振って呼びかける。

 元気そうな姿を見てほっと胸を撫で下ろしながら急いで駆け寄る。

「トワ、昨日の夜のこと、本当にごめんなさい」

 レオンハルトの時と同様に、深々と頭を下げる。

「いいんだよ。私の傷はほっといてもこの通り、すぐ治るからな。エマや不死鳥が無事で何よりだ」

 トワはお腹をポンと叩いて無事をアピールしてみせる。


 タイラーの拳に付けられていた(いく)つもの(とげ)が体に刺さったが、クリスの応急処置の甲斐あって既に完治している。

 もっとも、クリスの手当てがなかったとしても既に完治していることに変わりはなかった。

 それでも早急に傷を塞ぎ、薬をくれたことでトワの伴う痛みは大幅に軽減されていた。


「不死鳥は相変わらず?」

 エマが(のぞ)き込んだ祭壇は昨日までと変わらずメラメラと赤く輝いていた。

「ああ。こうなったら眠りから目覚めて飛び立つのを待つしかないかもな」

 トワは大きく伸びをしながら空を見上げる。

 つい先日まで雨雲に覆われていたとは思えない程の雲一つ無い青空だった。

「それで何も手がかりがなかったら?」

 対照的に不安そうな顔でトワを見る。

「そうなったらまた旅するだけさ。この国の女王様にも会えるらしいし、案外良い情報が聞けるかもしれないな」


「トワはなんでそんなに前向きなの?」

 疑問は自然と浮かんだ。

 300年もの間、終わりの見えない孤独な旅をしてきたトワのことを考えれば憂いや嘆きが生まれる方が自然だ。

「エマだって十分前向きだと思うが?」

 トワの何気ない言葉はエマにとっては明らかに過大評価だった。


「僕の場合、前向きって言うよりは前しか見てなかったって感じだから……」

 向こう見ずで自分本意だった昨夜の自分を恥じるように語尾が消えていく。

「私だってそうだよ。どうやったってどこにも逃げられない。終わりは、進み続けて見つけ出さない限りやって来ない。だからどうしたって進むしかないんだよ……」


 エマが前向きだと感じたトワの考え方は、想像以上に重たくのしかかり、すぐには返す言葉が見つからなかった。

「それよりもクリスが心配してたぞ。会って元気な顔を見せてやったらどうだ?」

 空気を察してトワは話題を変える。

「うん、そうするよ。それじゃあまた後でね」

 ぎこちなさを振り払うように手を振りながらエマはクリスの元へ向かった。



***



「おっ」

 ジェンセンの家へ向かう道すがら、エマはフロウと鉢合わせた。

「あっ」

 盗賊たちへの簡単な事情聴取や投獄のための手続きで忙しくしていたフロウとは明け方以来の再開になる。


「あの……昨日の夜はごめんなさい」

 これまでと同様にエマは頭を下げた。

 実際、国の(つか)いであるフロウ、そしてリゲルがいなければエマの命は無事では済まなかっただろう。

「本当にな。お前のせいで余計な被害が増えた。お前が俺の部下だったら今頃無事じゃ済まねーぞ」

 フロウの言葉はエマへの気遣いが全くなく、それが逆に今のエマには心地よかった。

 もっとも、それが高度な気遣いなのか、それとも本心からくる嫌味なのか、エマに判断はつかない。


「まあこれで懲りただろ。世間の広さを知って、身の程(わきま)えて、二度と同じようなことするんじゃねえぞ」

 一瞬、「同じようなこと」という言葉の意味合いを(はか)りかねて逡巡(しゅんじゅん)する。

「……わかりました」

 フロウの意図はわからないままだが、やるべきことを見間違えて暴走することは少なくとももうしないという意味で同意する。


「ずいぶん聞き分けがいいじゃねえか。昨日もこうだったらこんなことにはならなかっただろうにな」

 相変わらずの嫌味も今は素直に受け入れて苦笑いする。

「あと、弓の人はどこ……ですか? お礼言いたいんだけど……です」

 名前も知らない命の恩人を探すようにキョロキョロとあたりを見回してみる。


「ああ、リゲルな。あいつならもう村出たよ。もうここには戻ってこないと思うぞ。というか無理に敬語使わなくていい」

「ええ!? そうなの!? じゃあ、リゲルさんにも謝罪とお礼を伝えてもらえると嬉しいんだけど」

 大した感慨も無く告げるフロウにエマは驚いた。

 常にフロウと共に行動していた彼をエマはフロウの相棒だと思っていたからだ。

「そんなこと言われても、俺も次いつ会えるかわかんねーし。なんなら一生会わないかもしれないし、そんな約束できねーよ」

 鬱陶(うっとう)しそうに告げるフロウに、エマは再び驚きの声を上げたのだった。

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