第10話 燃える炎に包まれて
「キエエエエー」
トワの元へ走るクリスは大地に響き渡る鳴き声に釣られて空を見上げた。
北の祭壇上空に一羽の巨大な鳥が飛んでいるのを確認する。
「あれが……不死鳥?」
だとすれば既にトワは生贄に捧げられてしまったのか。
クリスは後悔と絶望に押し潰されそうになる。
(やっぱりあの時止めていれば……)
止めたからといってどうなるのか。
ジェシカが失われるだけで同じように後悔するのではないか?
それでもこんな気持ちにはならなかったのではないか?
結局家の中にいた時と同じ考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
(とにかく、確かめなきゃ)
もしかしたら、儀式の前に不死鳥がきてくれたんじゃないか、そんな淡い期待にすがって再び走り出す。
息をするのも惜しむように全力で走った。
夢中で走っていると頭も肺も足も苦しくなってその分考えがまとまらなくなる。
それが何を考えても良くない方へと考えてしまう今のクリスにとっては都合が良かった。
頭に浮かぶあらゆる最悪かあら逃れるように夢中で北の祭壇へと走った。
***
「不死鳥マジでいたんだな」
「いるもんですね」
フロウとリゲルは空を見上げている。
不死鳥は空高くにありながら確かな存在感を放ち、煌々と赤く燃えていた。
「不死鳥様、お待ちしておりました」
村長は深々と土下座をした。
村人たちもそれに倣って次々と頭を下げる。
「キエエエエー」
不死鳥は再び大きな声で鳴くと両翼を大きく一度振る。
羽ばたきは突風となり、1ヶ月以上の長きに渡ってこの村を覆っていた雨雲を霧散させていく。
雲はどこかへ流れることはなく、まるで最初からなかったかのように消え去った。
ソネラは1ヶ月ぶりの青空に包まれ、太陽に明るく照らされた。
しかし不死鳥は太陽以上の存在感と明るさを持って、村を照らしている。
不死鳥は急降下して村人たちの近くへ舞い降りた。
その動きは凄まじい勢いに見えたが、村人たちに風圧は来なかった。
その上、燃え盛る炎を前にしているにも関わらず、熱も感じなかった。
僅かに心が温まるような、陽だまりのようなぬくもりだけがそこにはあった。
村人たちを確認するように少しだけ留まると、今度は村をくまなく巡るようにゆっくりと飛び回る。
そして各地に炎の欠片を撒き散らした。
ひらひらゆらゆらと漂う欠片は炎を纏った不死鳥の羽だった。
羽はゆっくりと舞い散り、地面に到達する頃には灰となって大地に降り注ぐ。
灰を吸収した大地からは、ほうっと余計な水分が抜け、豊かな緑が生まれた。
村の最も高度が低く、浸水していた地域からは水が蒸発し、地面が顔を覗かせる。
徐々に徐々に、村が雨の被害から復旧するのに合わせて不死鳥の体は萎んでいった。
そして一枚、また一枚と落ちていく羽根に合わせて、その体は他の鳥と変わらないほどに小さくなっていく。
やがて不死鳥は手のひらサイズまで小さくなると北の祭壇へと戻ってきた。
そして、祭壇に小さく空いた小部屋にその身を下ろすと、突然爆発するように轟々とその身を燃やし始めた。
一連の光景はあまりにも美しく、誰もが呆気に取られていた。
「不死鳥様はどうなったのだ」
村長は祭壇の中を覗いてみたが、強い炎がゆらめくだけで何も見えなかった。
「祭壇の中は見えないですけど、状況から察するに伝承で言うところの7日間の休養に入ったとみて間違いなさそうですね」
村長の後ろからジョンも祭壇を覗き込んだ。
村長は罰が悪そうに顔を背けると、ごほんとわざとらしくひとつ咳払いをする。
「これから七日間、寝ずの番をするにはお前1人では難しかろう。儂らも協力するから後でうちに来なさい」
そういうとジョンには目を合わせないまま、祭壇から離れていった。
村人を集めると何か話をした後、皆が散り散りに解散していった。
***
「ジェンセンさん!」
やっと北の祭壇に辿り着いたクリスはすぐにジェンセンを見つけた。
「クリスじゃねえか。どうしたんだ」
「はあはあ。儀式は? トワは?」
「私ならここにいるが」
ジェンセンの後ろからバツが悪そうにトワが顔を出す。
「う……あ……よかった」
嗚咽まじりに安堵を漏らすと、クリスはトワを抱きしめた。
「おい、ちょっといきなりどうした?」
トワは驚きと気恥ずかしさから顔を赤くする。
「うう、僕……ごめん」
「ごめんも何も無いだろう。……まあこうして誰も犠牲にならず、問題も解決したんだ。これで良かったんだよ」
トワは窮屈そうにクリスの背中をぽんぽんと叩く。
「感動の再会? のところ悪いんだけど、君達には話があるからちょっとついてきてもらえるかな?」
落ち着きを取り戻し、トワから離れたクリスの元にフロウがゆっくり近づいてきた。
「え? どうしてフロウさんが?」
「そこら辺も含めて話したいのよ。ジェンセン、家貸してもらえるよな?」
「へい! スカーさんの頼みとあれば!」
ジェンセンはフロウを見るや否やキビキビとした態度で仰々しく頭を下げる。
「そう言うのは良いっての。じゃあ行こうぜ。っと2人の連れの幼馴染ちゃんと真面目そうな騎士君も連れてきてもらえる?」
「わかりました!」
今度はジャックが一礼すると、ジョンの家でジェシカを子守りしている2人を呼びに向かっていった。
「じゃあジェームズは俺と一緒に……ってあれ? ジェームズのやつどこ行きやがったんだ?」
つい先程まで一緒にいたはずのジェームズの姿が見えなかった。
ジョンソンは辺りを見回すが、ジェームズは忽然と姿を消してた。
「あいつまた勝手にどっか行きやがって」
ジェンセンが軽く舌打ちをする。
「早く連れていってくれよ」
暇そうにあくびをするフロウに促されて、ジェンセンはひとまず自宅へとフロウたちを連れていった。
***
(どうしよう……やばいかもしれない)
こっそりと北の祭壇を抜け出したジェームズは1人で村を出ていた。
村の外への行き来に使っている獣道をスイスイと駆け抜けてどこかを目指しているようだ。
(ここだ)
道の途中、大きな茂みを見つけるとジェームズは一度立ち止まる。
うつ伏せになり匍匐前進で茂みの中に入っていく。
10m程進むと茂みを抜けると、先程と比べて更に荒れた暗い獣道に出る。
それぞれの道からは茂みや木々のおかげで、お互いの道が視認できないようになっている。
知っている人しか通ることの出来ない抜け道のようなものだ。
ジェームズは立ち上がると、体についた土を払うのも惜しんでまた駆け出した。
しばらく走ったところで、前方から巨漢が向かってくるのが見えて立ち止まる。
「よお、ごっこ遊びのジェームズ君じゃないか」
前方の大男は小馬鹿にするようにジェームズを笑う。
「これはこれはタイラーさん。いったいどこに向かわれてるんですか?」
ジェームズは怯えたように縮こまり、へこへこと問いかける。
「それはこっちのセリフだよなあ、ジェームズ君。ここは盗賊団ゴライアスのメンバーしか通れない道のはずだが……門前払いを食らった盗賊ごっこの僕ちゃんは何の用かなあ?」
一層馬鹿にする態度を強めるタイラーを見て、ジェームズは安堵した。
「あの、いえ、なんでも無いんです。その間違って入っちゃって。もうすぐ出ていきますね」
両手を振って身振り手振りで大袈裟にアピールしながらジェームズは来た道へ戻ろうとする。
「ちょっと待てよ」
タイラーの声色が低くなる。
「何も無しに盗賊団のアジトに来た一般人をはいそうですかって返すと思うか? 理由があるにしろ無いにしろ、お前とはゆっくり話すしかあるまいよ」
タイラーはジェームズの首根っこをガッチリと掴む。
「うげっ」
首元が締まって思わず叫んでしまう。
「おい、このまま窒息したくなきゃしっかり俺についてきな」
タイラーがは自分の前にジェームズを立たせる。
ジェームズは観念して、とぼとぼとアジトまでの道を進んでいった。




