第11話 『祝福』の地
「トワ? トワじゃん!」
ジェンセンの家でトワと再会したエマはトワに飛びかかる。
「ちょっと、エマやめてくれ。痛いから」
クリスの時と同様に、トワは顔を赤くする。
「一体どういうことなんだ? さっき私たちも不死鳥のような鳥が空を飛ぶ姿を見たぞ」
問いかけてきたレオンハルトは眠っているジェシカをおぶっている。
「それが俺たちもさっぱりでな。とりあえずうちに入ってくれ」
ジェンセンの家には9人が所狭しと押しかけていた。
「よし、大体揃ったな」
全員を呼んだ張本人であるフロウが顔ぶれを確認する。
「集まってもらったのは他でもない。今回の騒動に関してだ。まずはこの村の危機を救ってくれたこと、国を代表して感謝する」
「国を代表するってどういうことですか。さっきも女王様がどうとか言ってたけど、スカーさんは一体何者なんです?」
クリスはうんうんとジェンセンの質問に同意した。
「俺はランフェイゲン国に所属する諜報員だ。スカーってのは前に任務で使ってた名前で、今はフロウを名乗っている。今回は村の災害とは別件だがたまたま立ち寄ったんでここの担当に協力してたってわけだ」
「ねえねえ諜報員ってスパイってことでしょ? そんなこと名乗っちゃっていいの? それになんで自分たちの国にスパイがいるの?」
エマは無邪気に質問する。
「名乗って良いんだよ。別に諜報員は俺1人じゃない。そこらじゅうどこにでもいる。だから俺もまた別の場所に別の名前で行くだけだから。それに盗賊やどこから来たのか名乗れない旅人4人組に話したところでどうにもならんでしょ」
レオンハルトの表情が僅かに強ばる。
「騎士殿もそう殺気を向けなさんな。悪いようにはせんよ」
レオンハルトはその言葉に対して返事はしなかった。
「話が進まねえなあ。とりあえず、今回雨の原因だったのは予想通り石碑だったってわけだよ。それをお前さんたちが元通りに直してくれたから雨は止んだ。その後に不死鳥が来るってのは俺も想像してなかったけどな」
「しかしスカーさん、いやフロウさんか? 俺たちで直しておきながらいうのもあれだけど、石碑の位置どうこうで天候が帰られるなんて信じられねえよ」
「お前たちは『祝福』って言葉知ってるか?」
誰も頷かない。
ジョンだけが記憶を辿るように頭を抱えている。
「伝承の中でその言葉を聴いたような気が……。でも記憶にも残っていないしそんなに重要な言葉ではなかったように思います」
「じゃあ簡単に説明すると『祝福』ってのはこの世に授けられた奇跡的な力のことだ。それは人に物に土地に与えられる奇跡。『祝福』を得たものは特定の条件下で常識外の恩恵が与えられる。そんなところだ」
「そんな話、にわかには信じられないな。これまで一度も聞いたことがない」
レオンハルトが思わず反応してしまう。
「だろうな。元々この大陸が二分され、セルメギス帝国とヴェスティガッセ連邦という2大国に別れたのも元を正せば原因は『祝福』だからな。セルメギス側じゃ『祝福』という単語は存在しない言葉だ。それにこの村では不死鳥の伝承だけが一人歩きしてしまって『祝福』という言葉がほとんど消えかけてたんだろうな」
「なんでここでよその国の話が出てくるんです?」
ジェンセンは首を傾げる。
レオンハルトは何事もなかったかのように顔を逸らし、それを見たフロウはにやける。
「この村は大昔から『祝福』の恩恵を受けて安定した気候と豊かな土地を手にしていた。それは多分石碑や祭壇によって得られた天候による物だったんだろう。俺はこの村の伝承を読ませてもらって不死鳥が『祝福』によってもたらされる豊穣の言い換えとして伝わっている物だと勘違いしてたよ」
「なんかよくわかんないや」
いまいち話にピンときていないエマは首を傾げる。
それぞれがそれぞれの中で程度こそあれこの話を飲み込めずにいた。
「要するに、石碑をちゃんとした位置に置くと、俺たちにはよくわからない力で天気が良くなるってことだよ」
やはり一同に納得した様子はあまりなかった。
「こればっかりはもう信じてもらうしかないんだけどなあ。俺が今まで見てきた例だと、風の声を聞ける人とか、人の笑い声を聞いて勝手に鳴り出すピアノとか。あとは噂レベルだけど水分を吸収すると勝手に回り始める歯車とか」
「それはただの水車では?」
「ま、俺も噂で聞いただけだし眉唾だよな。でも今回この村で起きた件こそ噂で聞けば信じられないかもしれないが紛れもない事実だろ? 信じられなくても受け入れるしかないんじゃない? それにお前たちの成果なんだから誇って良いだろ」
「そう……かもね。理由はよくわかんなくても僕たちでジェシカちゃんを助けられたってことだよね!」
エマは深く考えることを諦め、フロウの言葉を素直に受け入れた。
「そうだな。俺たちがこれ以上考えたってどうにもなるめえ。お祝いだ」
ジェンセンもエマの意見に賛同して家の中は徐々にお祝いムードに包まれていく。
「喜んでるところ悪いが、こっちの4人とは別の話があるんだ。ジェンセンたちはちょっと席を外してくれるか?」
「もちろんですとも。よし、俺たちは祝勝会の準備に行くぞ。いいな」
ジョンがジェシカをおぶると、ジェンセンたちは意気揚々と家から出て行ってしまった。
***
「さて、俺が話したいことわかるよな?」
フロウの口調は相変わらず穏やかだが、場には緊張感が走る。
「正体を知っていて酒場で働いていた私たちに近づいたんだな?」
「ご明察。あと、別にお前たちを捕らえたり裁いたりとか考えてないからそこんところは安心してくれ」
「どうだかな」
レオンハルトは開き直ったのか警戒心を堂々と放っている。
「セルメギス帝国と違って我らが連邦は自由な国風なんだよ。自由すぎてまとまりがないとも言えるけど……。それは置いといて、帝国の騎士殿は見聞を広めるためにこちらへお越しになったんじゃないの? 情報も統制されて規律や規則に厳しいそちらの国との違い味わってもらえてる?」
フロウはわざとらしく冗談めかした態度をとる。
「安い挑発には乗らん。それでどういう用件でここまで私たちを泳がせていたんだ?」
「つれないなあ。まあ別に良いけど。大方騎士殿の想像通り、領内に入ったクリスとトワを見つけた諜報員からの連絡を受けて俺は2人に接触、尾行してたのよ。上からの命令では迷惑かけないなら好きに旅させてやれって話でな。それで4人旅を陰ながら見守ってたらこの村に辿り着いて、あとは知っての通り俺は俺で大雨の件を独自調査してたってわけ」
「それで公に立場を名乗ってしまったからこうして説明の場を設けたというわけか」
トワは納得したように頷いた。
「で、ここからが本題なんだけど、一度俺と一緒にランフェイゲンの首都に行って王女に謁見してくれねえか?」
「何故そうなるんだ」
「いやー今回の件を報告したら、ぜひ会ってみたいって王女が言い出してさ。ここまで何の妨害もなく旅してこれたんだし、信じてついてきてくれねえかな? 頼むよ」
フロウの依頼にトワとクリスは目を合わせると笑い出した。
「何がおかしいのよ?」
「いや、少し前にも似たようなことがあったなと思ってな」
トワは仏頂面のレオンハルトをチラリと見た。
「どうせ断ったら不法入国者だとしょっぴくつもりなんだろう。わかった。ついていこうじゃないか。レオンハルトもそれで大丈夫か?」
「こうなった以上、従うより他にあるまい」
「じゃあ決まりだな。早速準備させてもらうぜ」
「待った」
フロウが立ち上がるのをトワが静止する。
「一つだけ頼みがある」
「何よ?」
「7日間待ってほしい。不死鳥が飛び立つまで」
「あーそういうことね。了解。じゃあ出発は8日後ということで。それまでは俺もこの村に滞在するから。大丈夫だとは思うけど逃げないでね」
フロウはパチンとウインクすると家を出ていった。
***
入れ違いでジェンセンたちが戻ってくる。
準備の途中に目を覚ましたジェシカが一番に家へ飛び込むと、そのままの勢いでトワに飛びかかる。
トワは今日3回目の抱擁を受ける。
「ジェシカ。起きたのか」
「トワおねえちゃん、ありがとう。よくわかんないけど私がいけにえにならなくてすんだのも、お空が晴れたのも全部トワおねえちゃんのおかげだってお兄ちゃんが」
ジェシカはトワの胸にぎゅっと顔を埋めている。
「お空が晴れたのはお兄ちゃんたちが頑張ったおかげなんだぞ。私は大したことはしていないさ」
トワはジェシカの頭を優しく撫でる。
「そんなことありませんよ。本当にトワさんには感謝しているんです。改めてお礼申し上げます」
ジョンが深々と頭を下げる。
「よしてくれ。本当に大丈夫だから。そんなことより祝勝会だろう。早く準備しようじゃないか」
トワは恥ずかしそうに立ち上がると家を見渡す。
「準備より先に片付けが必要なようだな」
「面目ねえ」
「ねえねえ、それならお空も晴れたんだし、お外でごはん食べようよ! ピクニックしたい!」
「おっ。ジェシカ、ナイスアイデアだな」
ジェシカの提案に乗って外へ出る。
1ヶ月ぶりの星空の下、明るい騒ぎ声は遅くまで響き続けた。




