第6話 笑顔と涙
「ジェシカちゃん可愛いね」
エマは膝をついてベッドに上半身を乗り出しながらジェシカの頭を撫でている。
「あまりちょっかい出すと起きちゃうぞ」
トワは手持ちぶさたになって、何となく机の上を片付けていた。
改めて部屋を見てみるとジェンセンの部屋にはトンカチやのみなどの工具が散見された。
机の上には何かを削った木屑が溢れているし、不器用に作られた熊のようなお着物もある。
トワたちを襲った時に使った棍棒も恐らくジェンセンの手製なのだろう。
足元に目をやると3本の足でトワを支えている丸椅子の足が一本だけ別の色なことに気がつく。
「意外と器用なんだな」
ジェンセンが折れた椅子の足を一から作って付け替える姿を想像すると自然と笑みが溢れた。
「ところでずっと気になってたんだけど、トワって不死鳥に会えたらどうするつもりなの? 不死鳥ってどちらかっていうと不老不死になるためにってイメージだからさ。不老不死じゃなくなる方法ってなるとどうなんだろうと思って」
エマはお世辞にも賢いとは言えないが、勘が良いというか機転が利くというか時折鋭い質問をする。
「そうだな。それについては実際のところ、これといった計画があるわけじゃないんだ。ただ、不老不死の存在ならその逆もわかるんじゃないか。人智を超越した存在なら奇跡も起こしてくれるんじゃないか。そんな淡い期待でしかないんだよ。申し訳ないけど……」
トワは天井を暫し見つめると目を閉じる。
「じゃあ実質ノープランってこと!?」
驚きのあまり、大声を出しながらエマが立ち上がる。
「ジェシカが起きちゃうだろ。でも不老不死になりたがる人はいても、不老不死じゃなくなりたいなんて人はいないんだ。だから手がかりも無いまま何十年も経ってた時期もある。そう考えたらこういうなんの役に立つか分からなくてもとりあえず手がかりになり得るものに食いついていくしか無いんだよ」
トワは顔を元に戻すとゆっくりと目を開いた。
物憂げな眼差しはこれまでに経験した幾つかの淡い期待とそれが徒労に終わる絶望が浮かんでいた。
「そっか……じゃあ今回はちゃんと何か手がかり見つかるように僕も頑張るよ」
エマにとってはこれが初めての探索で、まだ好奇心が勝っているのだろう。
それに、これから先いくら空振りに終わって旅の目的を成し遂げられなかったとしても、彼女の人生にはいずれ終わりが来る。
それ故の楽天的な発言が、トワを少し元気付けて少し悲しくさせた。
「おねえちゃんたち何のお話してるの?」
先程の叫び声でやはり目を覚ましたジェシカが、目を擦りながら起き上がる。
「ああ、ジェシカちゃん。起こしちゃってごめんね。不死鳥さんのお話ししてたんだよ」
エマは慌てて迂闊な話題を口に出す。
「おいバカ」
トワがたしなめたが手遅れで、ジェシカの顔は暗く沈んでいた。
「ジェシカちゃんごめん。違うんだよ」
エマはさらに慌ててとにかく謝り倒す。
「ううん、大丈夫だよエマおねえちゃん。私ちゃんといけにえになって村のみんなを助けるから」
ジェシカが空元気を振り絞って見せた笑顔は引き攣っている。
「ジェシカは、その、怖くないのか?」
トワは聞くべきかどうか迷いながら、ジェシカの表情を見つつ言葉を口にした。
「怖くないよ! だって私、お兄ちゃんやおじちゃん、村のみんなのことが好きなの。雨が止んでみんなが助かるなら、私がんばるの」
ジェシカは両腕を上げて力こぶを作って見せる。
服の袖からは細く小さな腕がのぞいていた。
「ジェシカ……」
トワは思わず立ち上がると、ゆっくりとジェシカの元に歩み寄る。
そして華奢な腕が折れそうになる程強く、ジェシカを抱きしめた。
10歳前後で成長が止まっている自分の体よりもさらに小さく、守られるべき存在であるジェシカの気丈な振る舞いがトワには耐えられなかった。
「トワおねえちゃん……苦しいよ」
ジェシカの笑顔が徐々に引き攣っていく。
「いやだよ…… 怖いよ……ずっとお兄ちゃんといたいよ」
やがてジェシカはボロボロと泣き始めた。
それを見たトワとエマもそれぞれが涙を流した。
***
「ここが東の石碑がある場所です。そしてこの奥が元々石碑があった場所です」
ジョンは目の前の石碑を示した後、その奥にある穴を指した。
「どう言うことですか? それに、この石碑はかなり新しいみたいですけど」
目の前にある石碑は、これまでの2つと異なり風雨による摩耗はあまり感じられなかった。
そして刻まれた文字もほとんどは掠れているが元々あったものが削れたと言うよりはあえて掠れさせているように見えた。
「去年、元々石碑があった場所で地盤沈下の事故が起こりました。その時、ちょうど石碑を手入れしていた俺の両親は巻き込まれて死んでしまって……沈下の時に石碑も一緒に落ちてしまい、かなりの重さと言うこともあって引き上げられず、新しいものを村長の指示で俺が作ったんです」
「つまり元の石碑はそのまま?」
「はい、あそこにあります」
ジョンは穴を覗き込む。
穴には雨水が溜まっており、小さな池のような状態になっている。
深さ5m程の穴底に石碑はあり、頭から突っ込む形で半分土に埋まっていた。
「しかしあの村長、不死鳥の石碑をそのままにすることを許すようには見えないが」
レオンハルトは先刻目にした村長の言動を振り返る。
「その通りで、最初は引き上げたうえで改めて設置しようという話だったんですが、村には力のある人手が殆どなく、持ち上げることができなかったんです」
「こんな村だからよ、若い奴は不満持って外に出て行っちまうんだ。だから村に残ってるのは若くても俺たちくらいの世代で、どうにもなんなかったのよ。結局どうしようもねえからグスタフも諦めて、代わりを見繕ったってわけだ」
「新しい石碑を建ててからはあの状態で放置されていますね。この雨も最初はあの石碑のバチが当たったんじゃないかって話になってたんですけど、やっぱりどうしようもないからってことで誰も話題に出さなくなったんですよ」
「確かにあの状態だと引き上げるのは難しそうですよね」
クリスはもう一度穴を覗いた。
石碑は雨粒でゆらゆらと歪んで映った。
「これで一通り見て回ったし、一度家に帰るか」
ジェンセンの声に合わせて、5人はぞろぞろとジェンセンの家へ戻っていった。
***
「惜しいとこまで行ったんだけど、やっぱダメだったかぁ」
またしても岩陰からフロウが顔を出した。
5人の後をつけて、会話を盗み聞きしていたらしい。
「この村は不死鳥の話自体の伝承はしっかりされているみたいですが『祝福』に関する記載はうまく伝わっていないみたいですね」
リゲルはポケットからメモ帳を取り出すと、体で覆うようにして濡れないように気をつけながらページを捲る。
「そこが一番大事なのにな。で、リゲルの見立てだとやっぱりあの石碑が怪しいの?」
「恐らく、あれが条件だと思います。ここ一年を見てもやはりあの石碑以外に大きな変化はありませんから」
「じゃあ必要な状態までわかってんの?」
「正直そこまではわかってません。最悪の場合、石碑を一度引き上げて穴を埋めてから再設置することになるかと」
「うへえ。まじかよ。俺たちだけじゃ無理じゃん」
フロウはわざとらしく嫌そうな顔をする。
「だから臨時で何人か力自慢を呼んでます。明日の夜には着く予定らしいです。……臨時なら何人も人出せるんですね」
「臨時組は臨時組で大変らしいぜ。呼ばれりゃ国中飛んで行かなきゃならんから。短期間で北の果てから南の果てまでなんてパターンもある。すぐ来れる人が何人もいてラッキーだったな」
またしても人事に対して文句をつけるリゲルを諭すように仕組みを教える。
「そうですね。感謝です。僕はあまり肉体労働ってタイプじゃないので」
「確かにな。リゲルちゃんはもうちっと鍛えたほうがいいんじゃない?」
フロウはリゲルの細くも太くもない一般的な二の腕を摘む。
「余計なお世話です」
リゲルはツンとして歩いて行ってしまった。
「ちょっと、冗談じゃん。怒んないでよ」
フロウは慌ててリゲルを追いかけた。




