第7話 無謀な賭け
「結局手がかりは見つからなかったのか」
クリスの報告を聞いてトワは項垂れる。
自分のことであれば慣れた空振りも、他人のこととなると堪えるようだ。
ましてやジェシカはトワと真逆で残された時間がわずかしかない。
チラリとベッドに目をやると、泣き疲れたジェシカがエマに抱きつく形で眠っている。
時刻は日を跨いだ頃合いで、エマも一緒になって眠っていた。
「やっぱり今の時点で可能性があるとすれば東の石碑かな?」
「しかし、正直なところ石碑をどうにかした所でで何が変わるのかと言う疑問は残る。不死鳥の伝承自体、私からすれば眉唾だしな」
レオンハルトは伝承に対して懐疑的だった。
不死鳥が実際に現れるかどうかという点では言い出しっぺのトワもクリスも正直なところあまり期待していなかった。
ましてや石碑が崩れたことによってバチが当たったり祟りだったりが起こり雨が止まないなど、御伽噺のようで議論する程のものとは思えなかった。
「それでも他に手がねえならやるしかねえだろ。仮に無駄だとしてもここで何もしないよりはいい。一年前はみんなお前さん達と同じ気持ちで、わざわざ元に戻さなくてもなんて言ってたがジェシカの命が危ない今、そうは言ってられねえ」
ジェンセンもその行いが徒労に終わることを本心ではわかっている。
それでもやらないという選択肢は持ち合わせていなかった。
「そうですね。やりましょう」
「乗りかかった船だ。私もできる限りのことはしよう」
「そうと決まれば明日の朝からやるぞ! ひとまず今日は解散だ。ジョンとジャックも家に帰ってゆっくり休んでくれ」
ぐっすりと眠っているジェシカはそのままジェンセンの家に残して2人は各々の家に帰っていった。
***
翌朝も変わらず雨は降っていた。
もはや普段着と化した雨ガッパを羽織って各々準備をしている。
「本当にエマもくるの?」
「だってかなり重たいんでしょ? だったら1人でも多い方がいいじゃん。知っての通り僕は鍛えてるから、クリスよりは役に立つんじゃない?」
エマは自信満々に二の腕を叩いてみせた。
確かに、10代の女性にしてはかなり鍛えられている。
しかしクリスも旅を始めて数ヶ月でかなり見違えていた。
「お久しぶりでーす。ってあれ? なんか騒々しいっすね」
家の扉が開かれると同時に、間の抜けた声が響いた。
お揃いのバンダナを頭に巻いた男は、ここ数日行方不明だったジェームズその人だ。
「お前、黙ってどこほっつき歩いてたんだ! こっちは大変なことになってんだぞ!」
「えっ? なんすか? ちょっと怒んないでくださいよ。俺は俺で色々あったんすよ」
咄嗟に顔の前に腕を持ってきて防衛するような大袈裟なリアクションをとっている。
「あのなあ」
ジェンセンはジェームズを引っ張って家の外へ連れ出した。
先程起きたばかりで朝食を食べているジェシカに気を使ったのだろう。
家の外からはわざとらしい大袈裟な叫び声が響いた。
「というわけで、俺も石碑復旧にもちろん協力するんでよろしく!」
ジェンセンの仲間最後の1人はこれまでの言動からもわかる通り、お調子者だった。
家からやってきたジャックとジョンも加えて7人で東の石碑へ向かうこととなった。
「いってらっしゃーい」
ジェシカは笑顔で手を振る。
一緒に留守番をすることになったトワはその横では目立たないようこじんまりと手を振っていた。
「トワおねえちゃん、お絵描きしようよ」
ジェシカの快活な声はすぐに雨音で聞こえなくなってしまった。
***
「おっ、あいつら来てんじゃん」
「ですね。様子からしても石碑を引き上げるみたいですよ」
「助かるわー。あんな重そうなの俺持ちたくなかったもん。泥とかで汚れそうだしさ」
岩陰に身を潜めたフロウとリゲルが7人の様子を伺う。
「『祝福』の存在や意味を知らなくても変化を辿っていけば自ずとこの結論に至りますよ。あの盗賊達も意外と頭が回るみたいで助かりましたね」
「リゲルって結構口悪いよな」
「そんなことありません。客観的な評価ですよ」
リゲルは左目にかかった髪の毛を掻き上げる。
「お前ってそういうやつなのな」
フロウは肩をすくめて苦笑いした。
***
「それでは作戦を確認しよう。まずは誰かが穴に溜まった水へと潜って石碑にロープを巻きつける。そして全員で引っ張り上げる。質問はあるだろうか」
東の石碑に着くなり、レオンハルトが指揮を取り始めた。
その姿が様になっており、他の6人も自然と従っている。
「誰が潜るんだ? 申し訳ねえが俺はあまり泳ぎに自信がなくてな」
ジェンセンが手を挙げて質問する。
「石碑の大きさから考えて、最低2人は欲しい所だな。泳ぎに不安は無いので1人は私が務めるよう」
「じゃあもう1人はクリスが良いんじゃない? 昔は結構泳ぎ得意だったじゃん」
エマが期待の眼差しをクリスに向ける。
「ソネラには大きな水場がないから、俺ら全員泳ぎはからっきしなんすよ。お願いできないっすかね?」
ジェームズも両手をぱんっと合わせて拝むように頭を下げる。
「そうですね。自信はないですけどやってみます!」
皆から推される形で2人目はクリスに決まった。
2人は服を脱ぎ、上半身裸になる。
「クリス……なんか大きくなった?」
前と比べて少し筋肉がついたクリスの体をエマがまじまじと見つめる。
「これでも真面目に鍛錬してるから、ちょっとはね」
「村にいた頃は鍛えて何の役に立つんだ、とか言ってたのに人は変わるもんだねえ。」
エマは幼馴染の成長に嬉しさと寂しさを覚えた。
「とは言ってもレオンハルトの方が全然鍛えられてるけどね」
寂しさを誤魔化すようにエマはレオンハルトを指さす。
レオンハルトは腹筋がはっきりとわかる形で割れており、胸や腕も筋肉によって凹凸がはっきりとわかるメリハリのある体つきをしていた。
「あれくらい目指して頑張んないとね」
ペチンとクリスの背中を軽く叩く。
「何年かかるんだろうね」
クリスの返事はのんきだった。
「クリス、ほらこれを腰に巻きつけるんだ」
渡されたロープをベルトの要領でズボンに巻いていく。
「何かあった時はこれで引っ張り上げて欲しい」
巻き付けたロープの反対側を近くの木に巻きつけると、間のたわんだ部分をジェンセンたちに渡した。
「気をつけろよ」
「当たり前だ。クリス、それじゃあ行くぞ」
声をかけると同時にレオンハルトは穴に溜まった水へ入る。
クリスもすぐに後を追う。
水の中は想像よりも澄んでいた。
石碑のところまで潜ると、2人がかりで埋まっている石碑を掘り出す。
水分のおかげか、泥のようになっていて、素手で容易に掘り起こせた。
ロープを巻きつけようと石碑を持ち上げてみるが、ピクリとも動かない。
2人は顔を見合わせて頷くと一度浮上した。
ぷはあと2人は水上に顔を出す。
「下を掘ってロープを回すのが良さそうだな」
「そうですね」
タイミングを合わせて再び潜る。
両側から石碑横を掘っていき、クリスからレオンハルトへと石碑の下を通す形でロープを受け渡す。
レオンハルトはロープを固く結ぶとクリスへ合図を送った。
水中での作業はスムーズに完了した。
「2人ともお疲れ! しっかりタオルで温まって風邪ひかないようにね」
エマはリュックの中からバスタオルを取り出して手渡す。
豪雨のせいで既にバスタオルは半分湿っていた。
「ありがとう」
体をタオルで包むと、木陰に入って雨をしのぐ。
「おーい。お兄ちゃーん」
するとジェシカとトワが走ってきた。
「ジェシカ? お留守番はどうしたの?」
飛びついてきたジェシカをジョンがしっかりと抱きしめる。
「実はちょっと話があって。ジョン、来てもらえるか」
トワは深刻な顔をしてジョンを呼びつける。
ジョンもトワの表情を察して、ジェシカをジェンセンに預けるとトワの元に駆け寄った。
「儀式の日取りを明日にすると村長が先程伝えてきたんだ」
「明日だって!」
少なくともあと1〜2日は猶予があると踏んでいたが、村長は想像よりも行動が早かった。
「それだけ現状を危険視しているということでしょうね。……ジェシカは何か言ってました?」
「特に何も。元気そうには振る舞ってみせているがきっと色々と想う所があるだろう。ここからは私が代わるから、ジョンはジェシカと過ごしてあげてほしい」
「……ありがとう」
ジョンはジェシカの元へ駆け寄ると少し話、やがて手を繋いで家へと帰っていった。
その後でトワは残りの6人にも明日の儀式について伝えた。
「グスタフの野郎……こうしちゃいられねえ。早いところ石碑を引き上げようぜ」
「おー」
一同は声を揃えて右手を掲げた。
「「「「「「「せーのっ!」」」」」」」
「「「「「「「せーのっ!」」」」」」」
7人がかりで少しずつ石碑を引き上げる。
壁面の段差に引きずられながら、ゆっくりと石碑は持ち上がっていた。
「前にやった時はてんで持ち上がらなかったですけど、今回は順調ですね」
ジャックが額の汗を雨粒と一緒に拭う。
「そりゃ気合が違いますもんね! 絶対引き上げましょう!」
ジェームズは腕をブンブン回して気合いを見せる。
休憩を何度も挟みながらお昼を過ぎた頃、ついに石碑を穴の外へ出すことができた。
「で、これからどうするんだっけ?」
膝に手をつき、ぜえぜえと息を切らしながらジェンセンが誰にともなく問いかける。
皆ゆっくりと息を整えていて返事はなかなか出てこなかった。
「元々の場所は陥没してますから……その近くで崩れなさそうな場所に置きましょうか?」
クリスが提案をする。
両手はロープで擦れて血豆ができており、腕もプルプルと震えていた。
それぞれ体力に差はあれど、全員疲労の蓄積は否めなかった。
それでもジェシカを救いたいという一心で7人は変わるがわる少しずつ位置を調整し、遂には石碑を置き直すことに成功した。
「できた……」
誰がこぼしたのかもわからないようなか細い声が雨音の中に響いた。
既に夜が更けていた。
雨は未だ弱まることなく降り続いている。
やるべきことはやったが、成果が形となって現れるまで、誰も歓喜の声をあげることはできなかった。
止まない雨を前に最早為す術はなく、そのままその日は解散となった。
***
「すごい根性ですね。仕事でもないのにあそこまでできるなんて。特に不死の少女達4人組は昨日今日あったばかりの他人の妹のためですよね。信じられません」
リゲルは心の底から感心すると同時に、その行動を理解できないでいた。
「本当にな。おかげでリゲルの呼んだマッチョ達はやることなくなっちまったな」
フロウは対照的に優しく微笑んでいる。
「備えあれば憂いなしですし、今回はたまたま運がなかっただけですよ」
「ま、その通りだな」
「でもこれで本当に『祝福』は得られるんでしょうか」
「なんだ自分で言っておいて自信ないのかよ」
フロウの笑みが少しいたずらっぽいものに変わった。
「だって流石にここまで不確定要素が多すぎるとなんとも言えないでしょう」
「大丈夫だよ。確実に風向きが変わった。あいつらの努力は報われるさ」
ひゅうと弱々しい風が2人の髪を揺らす。
フロウは厚い雲に覆われた夜空を見上げた。




