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第2話 豪雨の中へ

「いっちばーん」

 ぴょんと飛び跳ねてエマは舗装(ほそう)された石畳(いしだたみ)に飛び乗る。

 そこが街道(かいどう)と街の境目だった。

 入り口には『ようこそベルイストへ』と書かれた看板が飾られている。


 細かい砂が敷かれた道を歩いて3人もすぐに追いつく。

「それにしても大きな街だなあ」

 アルフを出てからいくつかの町を通ってきたが、ここまで大きい街は初めてでクリスは圧倒される。

 エマもずらりと並んだ家を珍しそうに眺め、色とりどりの屋根や玄関先で遊ぶ子どもたちに興味津々(きょうみしんしん)といった様子だ。


「僕らの村にもこれくらい子どもがいたらもっと色んなことして遊べたのにね」

 残念そうにエマは呟く。

 同年代はわずか4人で、遊びといえば追いかけっことチャンバラくらいだった。

「昔を懐かしむのも良いが、ひとまず宿を探そう」

 ポンっと肩を叩いてトワは街に入っていく。

 そして以前もそうだったように酒場を見つけると、情報収集に店内へ入っていった。


 お昼時を大きく過ぎた店内はがらんとしており、客の姿は一切なかった。

「らっしゃい」

 覇気(はき)のない店員が厨房(ちゅうぼう)から顔を出す。

「すみません、旅のものでして、聞きたいことがあるのですが」

 トワは10歳の面持(おもも)ちで店員に話しかける。

「これメニューね」

 そんな可愛げに満ちた問いかけを無視して、店員はバサッとメニューを置く。


 話は注文を取ってからということだろう。

 4人はメニューを手に取り、注文する。

 お昼は街についてから取ろうと話していたのでタイミングとしてはちょうど良かったが、店員の(かも)し出す気だるさに食欲が削がれる。


「それで何が聞きたいんですか?」

 注文を厨房へ通すと店員はテーブルまで戻ってきてトワの話に耳を傾けた。

 悪い人ではないのだろうか、いくつかの質問に面倒くさそうにしながらも一応の答えを返してくれた。


 街の情報を集め、宿の目星もついたところで本題を切り出す。

「ソネラへ観光に行きたいのですが、東の街道沿いに進めば行けますよね?」

「ソネラに行きたい? 残念だけど今は行けないよ」

「一体どういうことですか?」

「あっちはここ1ヶ月くらい雨が続いてて、街道が土砂崩れで通行止めなんだよ。それに元々ソネラは排他的(はいたてき)な村だから観光目的ならやめたほうがいい」


 そこまで告げると厨房へ戻って料理を持ってきた。

「鶏のバターソテーです」

 そして一応の義理は果たしたという態度で厨房へ戻っていった。

 閑散(かんさん)とした店内で4人はほとんど無言のまま料理を食べた。



 ***



 店を出ると、店内の空気とは対照的に心地よい風が吹き抜けていた。

「見てよあっち! 本当にすごい雲だよ」

 エマは東の空を指さす。

 その先には黒々とした暗雲に覆われていた。

 ソネラまではそれなりに距離があるにも関わらず遠目からでもはっきりとわかる雲は、先程の店員が真実を伝えていたことを示していた。


「じゃあ本当に土砂崩れが……」

「もう少し聞き込みは必要かもしれないが、信憑性(しんぴょうせい)は高そうだな」

 ううむと困ったように腕を組む。


「お困りの様だな」

 トワの背後から突然野太い声がした。

 振り返ると、そこには午前中に返り討ちにした盗賊の頭領(とうりょう)が立っていた。


「俺はソネラの出身だからよお、街道以外の道も知ってるんだよ。お前さんたちがその気なら案内してやってもいいぜ」

「いきなり何を言い出すかと思えば、そんなことを言って不意打ちでもするつもりだろう」

 レオンハルトは(にら)みつける。

「いやいや、さっきのでもう力の差ははっきりしたし、俺も盗賊から足洗って村に戻るとこなんだよ。本当に、裏とかないから。さっきのお()びを()ねてみたいな。な?」

 頭領は両手を顔の前でブンブン振りながら否定する。


「今のところは他に手がかりもないし、今日明日で聞き込みをして他に良さそうな案もなかったらこの人についていくのはどうだろう?」

「正気か? クリス」

 3人は驚いたようにクリスを見つめる。


「俺はそれでもいいぜ。明後日の朝にここで待ち合わせってことで。その時についてくる、こないを決めてくれりゃそれでいいよ」

 (いぶか)しげな目を向けられた頭領は少し罰が悪そうに提案する。

 4人は肯定も否定もしない曖昧(あいまい)な態度でその場を後にした。



***



「スカーさん、あれでよかったんですか?」

 4人の姿を見送った頭領は路地裏に入ると身を潜めていたフロウに声をかけた。

「上出来上出来。この調子であいつらをソネラに導いてやってくれ。ただし、俺とお前の関係は絶対に話すんじゃねえぞ」

「はい、もちろんですとも」

 頭領は背筋をピンと伸ばしてフロウに誓いを立てた。



***



「待ってたぜ」

 結局ソネラへの道を知っている人は見つからず、2日後の朝に4人は酒場の前へ向かうことになった。

「俺はジェンセンって言うんだ。よろしく頼むな」

 先日のことなど無かったかのようにあっけらかんと自己紹介を始める。


「少しでも妙な真似をしたら前より酷いんだからね!」

「わかってるわかってる。早速行こうぜ」

 ズカズカと歩き出したジェンセンから少し間を開けて4人はついていった。


「なあ、聞きたいことがあるんだが」

「なんだい? 嬢ちゃん」

「トワで良い。ソネラは排他的な村だと聞いたが本当なのか?」

 昨日の聞き込みでも何人かはそういった忠告をしてきた。


「伝統とかしきたりを大切にしたいってじいさんばあさんが多いからな。村の若い奴らはそれが嫌で出ていくのも多い。かくいう俺も10年前にそうやって村を飛び出した1人だ」

「……200年前はそんな感じじゃ無かったのにな」

 ぽつりと呟く。

 旅するトワを受け入れ、不死鳥の伝承まで教えてくれた村の姿が200年の間に失われたのだとすれば、それはやるせなく思えた。


「ん? なんか言ったか?」

「いや、何でもない。お前は10年前に村を飛び出してからずっと、あんな風に盗賊なんかやっていたのか?」

 明らかに刺々しい物言いに、ジェンセンはたらりと汗を流す。

「トワちゃんよ、大人に向かってお前ってのはやめてくれよ……盗賊やってたのは3年間だけだ。それからは村に戻って大人しく農業やってたよ。でも最近の雨で畑も水浸。仕方ないから復帰したってわけだ」

「仕方ないで人を襲うなど言語道断(ごんごどうだん)だな」

 冷たい声でレオンハルトは非難する。

 その手には木刀が握られており、いつジェンセンとその仲間たちが襲ってきても対処できるように備えていた。


「返す言葉もない……」

 数日前にフロウから似たような言葉をかけられたことも同時に思い出してしまい、声からは元気がなくなる。

「まあまあ。村に戻るってことはもう一度足を洗って真面目に働くってことなんですよね?」

 ジェンセンを責める雰囲気を変えようと、クリスは前向きな話題をふる。


「そうだな。この間の一件で()りたし、何か村で農業以外の仕事を見つけてみるよ」

「2度あることは3度あるっていうからどうだろうね」

 エマが笑いながらトドメを刺す。

 ジェンセンとクリスにとっては気まずい沈黙がしばらくの間流れた。



***



「ここからなら、ソネラまでいけるぜ」

 そう言って林を指さすと、獣道(けものみち)が続いていた。

「よくこんな道知ってますね」

「街道が整備されるよりずっと前はこっちを使ってたらしくてな。今でも動物や俺たち盗賊みたいな目立ちたくない奴が使ってんのよ」

 もはや開き直ったのか、やけになったようにガハハとジェンセンは笑う。


「本当にこの道がソネラまで繋がっているんだろうな」

「全く信用ないのな」

「当たり前だ。つい2日前に私たちを襲ったこと、忘れたとは言わせないぞ」

 ジェンセンの居直りは認められず、針のむしろに(さら)された。

 それでも離れて先頭を歩くジェンセンと4人の間の距離はわずかに縮まっていた。



***



「かなり雨足が強くなってきたね」

 林をしばらく進むと、徐々に暗雲が近づき、次第に雨粒が降ってきた。

 4人は事前に準備した雨ガッパを羽織る。

「これ、よかったら来てください」

 クリスはジェンセンに余りの雨カッパを差し出す。


「お前さん、いいのかい?」

「案内人に風邪をひかれちゃ敵わんからな」

 トワはわざとぶっきらぼうに喋ってみせる。

 ここまでの道中も諦めずに話しかける姿から垣間(かいま)見えるお人好しな性格や問題なく目的地に近づいていることからトワとエマの態度は軟化しつつあった。


 一方でレオンハルトは用心棒として相変わらず警戒を(おこた)らない。

「お嬢ちゃん、ありがとうよ」

 ジェンセンは嬉しそうに雨ガッパに身を包んだ。

 その巨体にはサイズが小さく、腕や腹回りがキツそうだが無いよりは断然マシになっていた。


 林をさらに進むと雨足は徐々に強くなり、頭上の雲はさらに分厚くなっていた。

 重々しい雲はその場に留まり続けているかのような印象を与える。

「ほら、見えてきたぞ」

 ジェンセンが顎でくいっとさした先には信じられない光景が広がっていた。


「なんだ……これは」

 誰からともなく、唖然(あぜん)とした言葉が漏れる。

 視線の先には池に(しず)んだような村の姿があった。

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