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第12話 不死鳥の村を目指して

 時はレオンハルトがトワを捜索するために帝都を出た直後に(さかのぼ)る。


「まさか宰相殿からお声掛けいただけるとは思いませんでした」

 ライアンは前を行く老いたの男にへつらう。

 宰相と呼ばれる男は燭台(しょくだい)を手に持ち仄暗(ほのぐら)い廊下を歩く。


 宰相は長身にしっかりと筋肉のついた体つきで、決して小柄ではないライアンがその影にすっぽりと隠れるほど大きかった。

 ライアンは道を知らないのだろう、宰相の一歩後ろにピッタリとついて少し腰を低くしながらついていく。

 廊下の左右にも燭台が並んでいるが、(ろう)(ほとん)ど溶けて(いびつ)に固まっており、蜘蛛の巣が張り巡らされている。


 宰相の手にある明かりが消えて仕舞えばたちまち一寸先も見えなくなるような暗い空間である。

 年季の入った石畳は(こけ)むしており、ネズミが()い回っていた。

 どこから流れ着いたのかわからない液体が時折ぴちゃんと廊下に響き渡る。


「君を城内で見かけた時はその目に宿す執念に驚かされた。だからこそ私も君を被験者に選んだのだ」

 宰相の声はとても低く、廊下を這い回るように反響する。

 レオンハルトがトワ捜索の命を受けた日、つまりライアンが帝都を去るように皇帝から命じられた日に、宰相はライアンを見出した。

「兄上も見る目がない。これ程までに忠義を尽くし、野心に燃える男を片田舎の団員で終わらせるなど考えられん。停戦から早5年、かつては鬼神と呼ばれた兄上も平和ボケしてしまったのだろうな」


「宰相殿は皇帝のお考えに反対なのですか?」

 ライアンは恐る恐る宰相に質問を投げかけた。

「真っ向から反発しているわけではない。宰相として国をより良い方向へ導くことを考えると、今の兄上の生ぬるいやり方ではダメだと考えているのだ。このセルメギス帝国の現状を(うれ)えばこそ、皇帝の意に反してでも強兵を進めねばならないのだよ」

「左様でございますか。浅慮な質問をしてしまい失礼致しました」

 ライアンは自らの浅はかさを悔い、恐縮した。


 皇帝と宰相は1つ違いの兄弟であり、共に帝国を導いてきた。

 一兵卒である自身にはとても考えの及ばない高度な次元の話だと捉え、そんな2人のどちらかが正しく、どちらかが誤りなど考えること自体おこがましいと恥じた。

「気に病むことはない。これから君には皇帝の誤りを正すために共に戦ってもらいたいのだからな……着いたぞ」


 そこには鉄製の錆びた扉があった。

「入るぞ」

 一声掛けた後、宰相は扉に手をかけ、ゆっくりと引く。

 ギチギチと耳障(みみざわ)りな音を立てながら扉は徐々に開いていく。

 すると隙間からは溢れんばかりの光が漏れ出てきた。


 ライアンが眩しさに思わず目を細めると、中から1人の男が出てきた。

「これはこれは宰相殿ではございませんか。今日はまた何のようでして?」

 男は清潔感という概念が存在しないかのような姿をしていた。

 髪の毛は脂ぎって(きし)んでおり伸びたい放題の長髪は不器用に後ろで束ねられている。

 丸縁のメガネには埃や手垢が付着して果たして視界が開けているのか疑問である。

 纏う白衣は汚れや一体何のシミかわからないような極彩色(ごくさいしょく)(いろど)られ、もはや白衣というより迷彩衣となっていた。

 ライアンは突如飛び出した男の容姿に不快感を(あら)わにする。

 よく見ればこの部屋自体も廊下と比べれば明るいだけで、薄暗く(けが)らわしい。


 一方の宰相はいつものこととお構いなしに会話を続ける。

「やあ所長。今日は新しく生きの良い実験体を連れてきたよ。意思も固く、きっと君の役に立つことだろう」

「この男がですか?」

 所長と呼ばれる男はライアンに目をやると、舐め回すようにその肢体を見回した。


「『祝福』さえ受けていないなら、まあなんでも良いでしょう。ありがとうございます。もう説明はしているんですか?」

「ああ、ある程度はな」

「いつも話が早くて助かります。そこの。とっととこちらに来なさい。既に聞いているだろうがここでは私に従ってもらう。口答えは許さん」


 唐突に高圧的な態度を取られ、ライアンはムッとした表情を見せた。

「本当にこの男なのですか?」

 確認するように尋ねる。

「その通りだ。この男に従えば、君は死さえ超越(ちょうえつ)した最強の騎士になることだろう。彼は少し変わり者かもしれないが成果のためなら手段を選ばない、信頼できる男だ。そしてそれは君に対しても言えることだ」


 確かに、いくら宰相に従ったといえど皇帝の命令に(そむ)き、このような明らかに非正規な施設で力を得ようとする己自身もまた、手段を選ばない男なのかもしれない。

 そこに信頼できるという言葉が重なることで、ライアンの決意はより一層強固なものになった。


「お待たせいたしました。所長殿、本日よりお世話になりますライアンーー」

「そういうのはいい。早く入れ。お前は今日から被験体番号128だ。質問も意見も私には不要だ。言われた通りのカリキュラムをこなし、せいぜい適合することだな」

 先程までであれば、この無礼な物言いに腹を立てていたであろうが、もはやライアンには一片の迷いもなかった。


「承知致しました」

 手短に返事をすると宰相に向かって軽く会釈をして部屋の奥に消えた。

 もはや(くらい)の高い存在への敬意を払う時間さえも自分たちにとって惜しむべき時間であることを自覚していたからだ。

「この純真さがどのような成果を生むか、楽しみにしているぞ」

 宰相は薄汚い廊下を引き返しながらぽつりと呟いた。



***



「だからさあ、僕に剣術教えてってば!」

「断る。用心棒は受けたが、剣の師範は受けていない。そもそも君はなぜこの旅に同行しているのだ。ご両親が心配しているんだぞ。今すぐ村に帰って無事を知らるべきじゃないか?」

 北の街道を進み出して早々、エマとレオンハルトが口論を始めていた。


「なんでここで父さんと母さんが出てくるのさ!」

「お二人にはここへ向かう道すがらお世話になったのからな。涙を浮かべて君のことを心配していた。この短い期間でもわかる。どうせ強引に飛び出したのだろう」

「うっ……そうかもしれないけど、でもちゃんと出ていくこと伝えてるし! そんなこと言ったらクリスの方が酷いよ! 黙って出てったわけだから」

 言い争う二人を(なだ)めていたクリスに突然矛先が向く。


「確かにその通りだな。クリス、君のことも大層心配されていたぞ。もっとやりようはあったはずだ」

「おっしゃる通りです……」

 ここのところ怒られてばかりだと、クリスは肩を落とす。

「まあクリスも反省していることだし、私のためにやってくれたことだ。多めに見てやってほしい」

 見かねてトワが助け舟を出す。

 実際、自分のために無茶をしてくれた相手がこうも連日責められるのは辛かった。


「そうは言っても息子と娘を同時に失ったご両親のことを思うと私はとても心辛い。せめてここがセルメギス領であれば一報送ることもできるのだが……」

「そういうことなら、早くトワの不老不死を治す方法を見つけて、アルフに帰ろうよ。それが一番! だからさ、剣術教えてよね」

「簡単に言うが当てはあるのか? あと、どさくさに紛れて頼んでも教えないからな」

「けちんぼ」

「なんだと?」

 いい加減取っ組み合いにでもなりそうな程険悪になった二人を見かねて、トワが話を変える。


「レオンハルトには伝えていなかったが、目的地はソネラという村だ。ここからさらに北東に進んだところにある」

「それはどの辺か教えてもらえるか?」

 レオンハルトはおもむろに鞄から地図を取り出す。

「多分この辺りだと思う」

 トワは曖昧に指をさす。


「正確な位置は把握していないのか?」

「地図が手に入る様な旅はさせてもらえなかったのでな。大体の風景や近隣の街並みは覚えているから問題ないだろう」

 共に旅をすることになったとはいえ、トワはレオンハルトに対して一定の敵対心を残していた。

「風景や街並みなど10年も経てば変わるものだ。しかし町の名前と大まかな位置さえわかれば迷うことはないだろう」

 トワの嫌味を意に介さず、レオンハルトは地図をなぞる。


「この地図はトワに預けるから好きに使ってくれ」

「それは助かる」

 トワは協力的なレオンハルトの姿勢に肩透かしをくらったような気分になる。

「僕にも地図見せてよ!」

「エマは地図読むの苦手なんだから、トワに任せておきなよ」

 ろくに地図を読まず、何日も森を彷徨ったエマをクリスが(たしな)める。


「いや、すまん。私も地図って何百年も使ってないから自信ない。クリス頼めるか?」

 申し訳なさそうに苦笑いしながらクリスに地図を手渡す。

「うーん……うん。レオンハルトさん、お願いしてもいいかな」

 しばらく地図を見つめた後、読み解くことを諦めたクリスはレオンハルトに地図を手渡す。


「それは構わないが……よくこんなことで旅してこれたものだな」

 呆れながら地図を受け取ると地図を鞄にしまう。

「なんでしまっちゃうのさ! 道わかんなくなるじゃん」

「いや、しばらくはこの街道を北に進めばいいんだから、地図を見る必要はないんだ」

「なるほどねー。レオンハルトはケチだけど頼りになるね」

「今またケチと言ったな」

 一行は騒がしく街道を北へ進んでいった。

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