第7話 手紙
夜が深まってきた。
エマはトワに対してとどまることなく質問をした。
トワも大抵のことには快く回答したが、いくつかの質問ははぐらかした。
数時間前の遠慮は早くもエマから消えかけていた。
「そういう事情だから、僕はトワと旅を続けるよ。エマも早く村に帰って先生たちを安心させてあげてよ」
話がひと段落したところでクリスが横槍を入れる。
「何言ってんのさ? 僕も旅についていくよ。クリス1人にトワを任せるなんて心配だし。僕より弱いクリスじゃあ頼りないよ」
「くっ……」
つい先程完璧に押さえ込まれて一発もらっている身としては反論の余地がなかった。
「でも、エマがいなくなったら先生たちが心配するだろう。俺は1人だからいいけどさ」
この一言がエマの逆鱗に触れ、三度クリスに組みかかろうとする。
「はーあ? 何言ってんの? クリスがいなくなってうちの家族がどれっだけ心配したと思ってんのさ。クリスももううちの家族なんだよ。それを今みたいに言って。昔からいつもそうやって自分は別にって感じでさ。人のこと考えてるようで実は人のこと何も考えてないよね」
エマは鬼の剣幕でクリスを叱りつける。
正直、かなり酷いことを言われた様な気がして反論したかったが、それ以上にエマの言う通りだと納得したので素直に謝罪をした。
「わかったよ。俺が悪かった。ごめん」
実際、現実からかけ離れた出来事の連続で少し浮ついていたかもしれない。
先生たちが心配しないわけないのは自分でもわかっていたが、やはりどうしても自分の存在を小さく見てしまう。
それがエマを怒らせることは以前からあったが、性分なのか、ついそう考えてしまう。
「まあわかったならいいよ。それに僕はクリスと違ってちゃーんと出て行くこと伝えてるから問題なしだもんね!」
エマはルンとして告げるとトワの横に座り直す。
「これからよろしくね」
そしてトワの手を強く握りしめた。
「あ、あぁ。よろしく」
突然の距離感にトワは戸惑いながらも応えた。
***
「あっそういえば、手紙を預かってたんだった」
エマは鞄をゴソゴソと漁って、一通の手紙を取り出す。
「先生からとか?」
「いやいや、さっきこの町に着いたんだけど入り口のあたりで男の人に会ったからさ『クリス知りませんか?』って聞いたんだよね。そしたらここの家にいるって教えてくれて、その時ついでにこれを渡して欲しいって頼まれたんだ」
「なるほどな。それでエマはクリスの居場所がわかったわけだ」
「でも変だね。うちを知っているのはマスターたちくらいだし、わざわざ手紙を出してくるような人はいないはずだよ」
クリスはそう言いながら封を切った。
「これはっ! エマ、この男の人はどんな身なりだった?」
数行読んだところでクリスは慌ててエマに問いかける。
「確か身長はクリスと変わらないか少し高いくらいで……金髪の男の人だったよ。それがどうしたの?」
「トワ、この手紙の差出人、昼間の男だ!」
「えっ?」
トワも慌てて手紙を覗き込んだ。
『クリス・ミラー殿
本日は突然失礼した。
肝心なところで邪魔が入ってしまったので、改めて話がしたい。
3日後、町の北にある広場で待っている。
私を避けてこの町から逃げ出すのは結構だが、私はどこまでも追いかける。
それに君たちがこれから向かうであろう北の街道近辺で私は野営をしている。
下手なことは考えず、私の元を訪れてくれることを願う。
レオンハルト・キングレー』
達筆に書かれた手紙は要点だけを抑えつつ、決してクリスたちが逃げられないと釘を刺す内容だった。
「こんなもの、罠に違いない。こうやって私たちを誘き出して捕らえるつもりだ」
「そうなのかな?」
2人の反応は対照的だった。
「何を呑気なこと言ってるんだ。そうに決まってるだろう。北の広場は町の入り口近くだ。さっきも言ったように町から出れば人目もない。大方、町の外に仲間が潜んでいて連れ出されたところを一網打尽にされるだろう」
トワは怒りと呆れが半々といった表情で捲し立てる。
「この男の人はそういう風に見えなかったよ」
「そう思わせないための演技だったかもしれないだろう」
クリスとトワの意見は平行線だった。
「少なくとも、この手紙の主は1人だったよ」
見かねたエマはそろーりと手を挙げて話に割って入った。
「道に迷ってた時に町の近辺は色々彷徨ったんだけど、騎士らしい人はいなかったよ。それに男の人の周囲にも人の気配はなかったから、仲間が潜んでいるってのは考えにくいと思う」
気配などという曖昧な感覚を口にするエマに、トワの表情は呆れの度合いが強くなる。
「どちらにしても、町を出るためには北の街道に行かないといけないし、それなら言われた通りの日時で行った方が余計な誤解を生まないんじゃないかな? 僕らがここで逃げたらアンダーソンさんを殺した容疑は晴れないわけだし」
ううんとトワは唸った。
クリスの言っていることもエマの言っていることも感覚的な話でしかない。
しかし、トワの論理でも現状を打開できるわけではない。
ならば感覚を信じて賭けに出るべきなのか?
トワは逡巡した。
「クリスの言っていることも一理ある。しかし……いや、わかった。クリスの言う通りにしよう。その代わり、万が一にも捕らえられる様な状況になったら、各自自己責任で逃げるということでいいな?」
悩んだ末の折衷案にクリスは首を傾げた。
「どういうこと?」
「つまり、クリスが捕らえられたら私はクリスを見捨てて逃げるということだ」
トワはあえて低い声で冷たく告げた。
「わかった。それで大丈夫だよ」
トワの言動とは裏腹に、クリスはあっけらかんと答えた。
そんなクリスの様子がトワをむくれさせた。
「もういい! わかった。じゃあ寝るぞ」
トワは頭まで布団で隠して灯りを消した。
布団の中でふと考える。
クリスの見せる優しさは時折、破滅的に感じられる。
本当に見捨てるという言葉の意味を理解しているのだろうか。
一抹の不安を残しながら夜はさらに更けていった。




