第6話 再会
クリスが襲われた日の夜、2人は家で状況を整理していた。
「つまりその男はクリスがセルメギス帝国から来たことも私と共にいることも知っていたというわけだな」
「うん。それでアンダーソンさんを殺したのか聞かれたんだ」
「うーん……確かに状況だけ見れば私たちがアンダーソンを殺したと考えることもできるな」
「だから誤解だってことを伝えたかったんだけど、ちょうどそのタイミングでフロウさんが助けてくれたんだよ。助かったけど、誤解されたままなのは嫌だな」
あの山で起こったアンダーソンの死はクリスのせいではない。
むしろアンダーソンの自業自得にも関わらず、自分が手を掴めなかったことを必要以上に悔いていた。
それはクリスの良いところで、トワもそんな彼の優しさに救われているのだが、その優しさは時に行きすぎている様に映った。
「クリスが本当のことを伝えたところで信じるとも限らないだろう」
実際、事情を知っている騎士団の人間だとすれば、容疑のかかった逃亡者の自己弁護など受け入れないだろう。
「でも男の人も僕たちが殺したと断言するような感じじゃなくて、本当に確認したいっていう雰囲気だったんだよね」
クリスは襲われた身でありながらも、男に対するある種の信頼感を持っていた。
実際、ただトワを捕らえに来ただけであればあの様な問答は必要ないだろう。
「確かにな。もっと強引なやり方もできただろうに……」
男が不可解な行動を取った理由に2人は頭を悩ませた。
「いずれにしても、ヴェスティガッセ領内のこの町では男も大々的に動けないのだろうな」
クリスをわざわざ人気のない場所に連れて行った上、フロウに見つかるとすぐさま逃げ出したことや、今こうして家にいても安全に過ごせていることがその証拠だ。
「騒ぎにもなっちゃったもんね。でも、これ以上ここにいたら町の人に迷惑かけることになりそうだし……そろそろ町を出ない?」
男の狙いがクリスとトワだと知らない町の人からすれば、不審人物の出現はそれだけで恐怖に違いない。
自分たちのせいで町の人を不用意に怯えさせることをクリスは良しとしなかった。
「しかし、今町を出れば男の思う壺だぞ。街道に出てしまえば今ほど人目もないから無理矢理捕らえられる危険も高まる。今はここを動くべきではないんじゃないか?」
トワは腕を組み、考え込む様に反論する。
ドライとも思われるこの冷静さは300年の逃亡生活の中で培われてきた。
一方で、トワもまた村人への罪悪感が全くないわけではなかった。
今すぐにこの町を出てもしばらくは不自由なく過ごせる程度にはお金は溜まっている。
男に襲われていなくてもそろそろ潮時だった。
***
ゴンゴンゴン。
突然、家の扉が叩かれた。
2人はとっさに立ちあがり、身構える。
男がやってきたのか?
だとしたらなぜ律儀にドアをノックするのか?
2人の頭を疑問が駆け巡る。
ゴンゴンゴン。
扉を叩く音は一向に鳴り止まない。
ドアの隙間から漏れている灯りで部屋に人がいることは相手にもバレているのだろう。
ちらっと目配せした後、クリスはゆっくりと扉に手をかけて鍵を開けた。
瞬間、外から1人が部屋へ入り込み、クリスに覆い被さる。
当然、襲われることも十分に想定して身構えていたクリスだったが、なすすべなく床に組み伏せられた。
「お前……昼の男なのか?」
押さえつけられた顔をゆっくりと動かし、のしかかってきた相手の顔を確かめた。
「やっと……やっと見つけたぞ! このバカ!」
クリスが覗き込んだその顔は数週間前に別れを告げた幼馴染・エマのものだった。
「エマ! エマなのか!」
突然の再開に驚いたが、すぐに喜びの方が勝る。
すると押さえつけられていた左手が自由になった。
そして力強く振り下ろされた右拳がクリスの顔にヒットした。
***
「ほら……」
トワはクリスに氷嚢をエマには水を渡した。
「あっ、ありがとう」
水を受け取るとぐいっと飲み干してグラスを机に置く。
「少しは落ち着いたか?」
「うん……まあ……」
初対面のトワに対して遠慮がちに答える。
「いきなり殴ることないだろう」
クリスは腫れ上がった頬を押さえながら愚痴る。
「よくいうよ! 僕たちをどれだけ心配させたと思ってるのさ!」
バンッと机を叩いて前のめりに立ち上がる。
「そりゃあ、ああいう別れ方は悪いと思ったよ。でもそうしなきゃいけなかったんだ」
「だったらせめてわかるように説明してよ! あんな大した説明もない書き置きで納得できるわけないじゃんか!」
エマのボルテージはぐんぐん上がっていき、クリスに詰め寄った。
「ちょっと待った」
2人の間にトワが入り込み、エマを落ち着かせる。
「クリス、この子には話そう」
「いいの?」
「こうなってしまった以上、話さないとどうしようもないだろう。それにあの時はクリスと一緒に私を探していてくれたらしいじゃないか。大丈夫だよ」
トワは小さく頷き、エマの方を向いた。
「話はまとまった?」
未だ苛立ちは抑えられていないが、トワに対してはやはり多少の遠慮が見られた。
「あぁ。今回の件、全て私が原因なんだ。申し訳ない」
勢いよく頭を下げ、体はぴったり90度に曲がる。
長い銀色の髪はふわりと舞い上がると背中に着地する。
「ちょ、ちょっとそんな。頭上げてよ」
突然の謝罪にエマは慌てふためく。
言われるがままにゆっくりと頭を上げたトワは自身の素性、アルフの山で起こった出来事を大まかに説明した。
「……信じられないや。不老不死のことも、騎士団のことも……騎士団がそんな酷いことするなんて……」
「そうだろうな。試してみるか?」
「何を?」
答えの代わりにトワは髪の毛をバッサリと切る。
「これくらいなら明日の朝には元の長さに戻っているだろう」
「えっ? あっ、そういうことか」
「そういうことさ」
トワはニヤリと笑う。
その顔を見てエマも今日初めての笑顔を見せた。




