第5話 襲いくる刺客
「おっす、買い出しお疲れさん」
クリスがいつも通り買い出しから戻ると、酒場の前にはフロウが立っていた。
フロウとクリスが出会ってから数日が経ち、お金が入ったからとフロウはご飯を食べにきたようだった。
「お金貯まったんですね」
「おうよ。そういうわけでサービスを受けにきたのさ」
「じゃあ早速店に入ってくださいよ。何か好きなものとかありますか?」
クリスは一体どこで働いているのか? と聞きたい気持ちを抑えながら話す。
そういうことは無闇に聞くべきではないと数日前フロウに釘を刺されたからだ。
「そうだな……大抵好き嫌いなく食べるんだけど」
うーんと腕を組んで真剣に悩み込む姿はなんだか子供のようで微笑ましく映った。
「今日は新鮮な鶏肉があるので、それで何か作りましょうか」
「おっ、いいね。じゃあ香草焼きとかできる?」
フロウは指をピンと立てて提案した。
「もちろんですよ」
元々料理が得意だったクリスだが、この短期間でさらに腕を上げ、レパートリーを増やしていた。
豊富な調理器具に雪崩のように押し寄せる注文、そして何より自分の料理は金銭を支払った対価に提供されるものだという責任が腕前をぐんぐんと伸ばしていた。
「っていうか、今の口ぶりだとクリスが料理するみたいじゃん」
当然の疑問が投げかけられる。
「作りますよ。ここ最近は僕が料理作ることも多いんです」
クリスの味付けは大層好評で、常連はこぞってクリスの料理を求めた。
そしてマスターもその味付けを盗もうと、積極的にクリスに料理を作らせたのだった。
「へーそうだったのか。てことはマスターより料理上手いわけ? ここの店大丈夫なの?」
「大丈夫に決まってんだろうが!」
店の奥からマスターが顔を出す。
「みんなクリスの料理が物珍しいってんで騒いでるだけで、俺の料理だって決して不味いわけじゃねえんだ。今のうちだけだ! それに俺もクリスに習ってそういう味付けも勉強してるからな。酒に関する知識も合わせれば俺の方が上なんだよ」
怒っているのかふざけているのかわからない口ぶりで叫ぶ。
「それは失礼。俺は酒にはうるさいから、マスターみたいな人がいてくれて助かるよ。なんにもわかってない店で出てくる三流の酒ほど興醒めなもんはないからねぇ」
「フロウはやっぱりわかってるじゃねえか。この前言ってた通り、今日はサービスだ。特製の酒飲ませてやるよ!」
フロウの口ぶりに気を良くしたのか、マスターは棚の奥から高級そうな箱に入った酒を取り出し始めた。
そんな2人の様子を横目に、クリスは厨房へ入って買ってきた食材を種類ごとに棚に置いていった。
「もしかしてあれが例の男か?」
しゃがんでいたクリスの頭上からトワの声がする。
厨房の中を掃除している最中だったらしく、手にはモップを持っていた。
「うん、そうだよ。各地を旅してるんだってさ」
「らしいな」
トワは品定めをするようにフロウを見つめる。
「それにしても胡散臭い男だ」
そして見た目通りの低い評価をつけた。
「あはは。でもいい人だよ。マスターとはまた違った感じだけど、大人の余裕というか……旅慣れしてるからか初対面からすごくはなしやすかったし」
クリスは率直な感想を述べ、フロウをフォローした。
「そこも含めて器用な男なのかもしれないな」
相変わらず気難しそうな顔でフロウを睨むように見つめている。
「何をそんなに疑ってるのさ?」
常に逃亡の身であるため警戒心は人一倍強いトワではあるが、フロウについては殊更に用心しているように見えた。
「初めてだろう? 一緒に旅を始めてから、向こうから接触してきた人間は」
「そう言われてみればそうかも」
マスターについてはトワが酒場を見つけて働き口の交渉をしたし、店で働いていて声をかけられることはあってもあくまで店員と客という関係を超えてくる人はいなかった。
それに引き換えフロウは旅を始めて以降、クリスという個人に進んで接触してきた初めての人間だった。
「私たちの情報が誰にどこまで漏れているかは正直わからない。こちらの国なら問題ないと思っていたが、用心するに越したことはない」
「たまたまって気がするんだけどなぁ」
「たまたまならそれで構わないさ。ただ、いつ誰がどうやって襲ってくるかわかったものではないからな。クリスもゆめゆめ気を抜くんじゃないぞ」
「うん。わかったよ」
確かに爽やかな好漢に見えたアンダーソンもその裏では狡猾で陰湿な顔を持っていた。
フロウが同じように裏の顔を持っているとはあまり思えなかったが、300年逃げ延びてきた先人の言葉を素直に受け入れることにした。
***
「お待たせしました! 鳥の香草焼きです」
トワは出来立ての料理をフロウに持っていった。
先程までの訝しげな眼差しはそこにはなく、この町で演じている活発で健気な妹として弾けんばかりの笑顔を添えていた。
「待ってました! っと、君が噂のクリスの妹ちゃん」
「はい! トワって言います。兄がいつもお世話になってます」
笑顔を絶やさぬまま、ペコリとお辞儀をする。
トワの見た目は300年前から変わらず12歳であり、その姿はどこからどう見ても快活で礼儀正しい妹だった。
そのままフロウとトワはしばし談笑する。
そこにはトワが持つ寄せ付け難く気難しい雰囲気はなく、そんな様子を見てトワの演技力に感心していた。
「悪いクリス、もう一度市場に行ってもらえないか? 一個頼み忘れてた品物があって今日中には受け取って欲しいんだよ」
マスターが厨房へ顔を覗かせる。
「もちろんですよ。すぐ行ってきますね。ついでにちょっと食材も買ってきていいですか? まだ残りはあるんで明日でもいいんですけどせっかくなのであわせて買いたくて」
「おう、そこら辺は任せる。気をつけてな」
***
「少し買いすぎたかな」
袋からはみ出したトマトを見ながらクリスは呟く。
すっかり市場の人波にも慣れ、流されながらも品定めができるようになっていた。
そのため買い物はすぐに終わり、早くも店へ戻るところだった。
1週間も経つと道も覚えて考え事をしながらでも歩けるようになる。
クリスは今晩作る料理のことを考えながら視線を無意識に漂わせていた。
そのせいで向かいから来るフードを深く被った怪しい男にも気付かなかった。
フードの男は歩くペースを徐々に緩め、クリスとの位置を調節する。
そしてすれ違う刹那、真横にある路地裏にクリスを引き込んだ。
「へ」
間の抜けた声を出しながら、強い力で路地の奥へと引きずられる。
「ちょ、え、何?」
手に持っていた袋を落とし、中からはトマトがいくつかこぼれ落ちていく。
ドン、と壁に叩きつけられ、クリスは男に抑え込まれた。
「ぐっ……一体何なんだ」
クリスは必死に、押さえつける手を解こうとするがびくともしない。
「突然の無礼を詫びよう。しかし今は他に手段が無い。今から君にはいくつか質問に答えてもらう」
男は冷静に告げる。
フードの奥からは紺碧の鋭い目が覗いている。
「君はセルメギス帝国のアルフ村出身のクリス・ミラーで間違いないな?」
突然、自身の正体を知る人間に出会い、クリスは驚きを隠せなかった。
その様子を見て男は次の質問に移る。
「君が『妹」して同行している少女はトワと名乗っている。そして君たちは騎士団から逃げて国境を渡った。そうだな?」
「はな……せ」
クリスは質問に答えず、必死にもがく。
しかし男は微動だにしない。
「君たちはアンダーソンという騎士団の小隊長を殺したのか?」
「違う!」
クリスにはこの質問を無視することはできなかった。
「あれは……」
アンダーソンの死について疑いを晴らそうとした時、大通りから声がした。
「おい、お前ら何してるんだ!」
声の主はフロウで、すぐさまクリスの下へ駆け寄ってきた。
「邪魔が入ったか。続きはまた後日聞かせてもらおう」
そう告げると男はクリスを押さえつけていた手を解いた。
「手荒な真似をしてすまなかった。それとこれは落としてしまったトマト代だ」
その場に倒れ込むクリスの前に、お金を落とすと男は駆け出した。
「おい待て!」
フロウは男を追いかける。
しかし男の逃げ足はかなり速く、入り組んだ路地裏の道を熟知しているようで、流れるように角を曲がる。
男の被っていたフードは脱げ、金髪の髪の毛がはためいた。
フロウと男の距離はみるみる離れていき、やがて男は姿を消した。
「ぜえぜえ。大丈夫か……クリス……」
男を見失ったフロウはすぐにクリスの元へ戻ってきて身を案じる。
「大丈夫です……本当に助かりました。ありがとうございます」
「気にすんな……饅頭の……お礼だ……」
少ししか男を追いかけていないが、フロウは息絶え絶えだった。
「それにしても、強盗か? 本当に怪我ないのか?」
ゆっくりと息を整え、改めてクリスの状態を確認する。
「はい。体は強く押さえ付けられましたが、これといった怪我はないです」
「一体何が目的だったんだろうな? お金も落としていってるし、訳わかんねえな」
フロウはクリスの前に落とされた金貨を拾い上げて見つめる。
「本当に……わかりません……」
クリスは嘘をつく。
「一度お店に戻って事情を説明します……」
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ」
「はい、心配いただいてありがとうございます。でも本当に大丈夫ですから」
自分たちの居場所が騎士団にバレている。
一刻も早く、この事実をトワに伝えなくては。
クリスは足早に店へ戻った。




