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第3話 それぞれの夜

 クリスとトワが働き始めて三日が経過した。

「今日も疲れたなぁ」

 ぼふんと布団に横になりながらトワが呟いた。

 一昨日の朝に2時間かけて選んだパジャマに身を包み、満足そうに布団へ体を沈める。

 上下が繋がったワンピース型のそれは黒を基調としており、くるぶしまでが長いスカートに(おお)われていた。

 随所(ずいしょ)に白い装飾が(ほどこ)されており、黒地の上によく映えている。


「今日はいつも以上にお客さん多かったもんね」

 クリスは受け取った日当を金庫に収めながら(うなず)いた。

 可愛い看板娘が働き出し、一段と旨くなった料理が食べられる様になったという2人の噂が広まり出してから客入りがいつにも増して盛況だった。

「今までで一番盛況だよ。せっかく2人増えたのにこれじゃあ結局人手不足だ」とウィルが楽しそうにぼやいていたのを思い出す。


 しかし仕事にも慣れ、順調にこの町での生活が始まったことで、肉体はともかく精神的にはかなりゆとりが生まれていた。

 貯蓄も少しずつではあるが貯まり始めており、これからの旅路に向けて着々と準備が整い始めている。


「ところで不死鳥の出るって言う村についてちゃんと聞いてなかったけど、どんなところなの?」

 国境を超えて以来、まずは山を抜けて街へ辿り着くこと、そこからは働いてお金を集めることと日々に忙殺(ぼうさつ)されて先々を考える余裕がなかった。

 ゆとりが生まれたことで、少し先の話が不意に口をついて出てきた。


「あぁソネラという町でな、緑が豊かでとても素朴な場所だったよ」

 布団の上で大きく伸びをしながらトワは返事をする。

 トワもクリスと出会う前から長く続けていた野営の疲労を癒すようにベッドを満喫している。


「僕の村みたいな感じ?」

「そうだなぁ……クリスの村は森や山に囲われていたが、ソネラは周囲が開けているから開放感があったなぁ」

 トワは目を(つむ)って懐かしむ様に呟く。

「きっと空が高くて気持ちいい場所なんだろうね」

 クリスも布団の上で仰向けに寝転がると、目を閉じてまだ見ぬソネラの空に思いを()せた。


「それに農業が盛んで、私が訪れていた頃は一面に麦の穂がゆらめいていて、とても感動したよ」

 まぶたの裏で金色の麦が一斉に揺らめく様を思い描く。

 とても幻想的なその光景はアルフの村とはまた違った魅力が感じられた。


「ところで、不死鳥が出るのはあと1〜2年後って言ってたけど実際のところ正確な日付はわからないの?」

 クリスは目を開き、想像のソネラから帰ってくる。

 無粋だと思いながらも現実的な話を始めた。


「日付まではわからないが、あと1年2ヶ月後くらいになるらしい。いかんせん私が当時伝え聞いたのも語り継がれてきた伝説だったから、日付とか正確なところはわからないんだよ」

 トワはまだ目を閉じたまま、眠たそうに答える。


「なるほどね。じゃあ少し早めに行ったほうが良いのかもしれないね」

「あぁだから私は1年前から周辺に滞在しようと思ってたんだよ」

 あくびをしながら当たり前のように計画を伝える。

「相変わらず、不死の時間感覚は大雑把だね……」


 つまり最長一年はソネラに滞在して不老不死を治す手がかりを待つということになる。

 普通の人間にとっての一年はそれなりに長く、貴重なものだ。

 トワにと自分では時間の重みが違うことを痛感する。

 もちろん、トワ自身が望んだ違いではないことも理解している。

 だからこそ、早く不老不死を治す方法を見つけたいとクリスも願っていた。


「そうはいうが、この機を逃せば次は500年後だからな。今回を逃すわけにはいかないんだよ」

「500年かぁ……気が遠くなる年数だね」

「私もまだ300年ちょっとしか生きていないからな。500年はとても長い時間に感じるよ」

 トワはまどろみながら呟いた。

 きっと今のトワにとっては500年という時間も果てしなく長くとも、いつか必ず訪れてしまうものなのだろう。

 クリスはトワに500年後が来ないことを願いながら眠りについた。



***



 時を同じくして、レオンハルトはアルフへ辿り着いていた。

(この村の少年が不老不死の少女逃走を手伝ったそうだな。今日のところはもう遅いし明日の朝聞き込みをするとしよう)

 レオンハルトは手書きの地図を取り出す。

 宿屋のないアルフで一晩を過ごすために、ヘイダの騎士が事前に村人と交渉をしてくれていた。

(野宿でも問題ないのだが……馬もこの家に預けることになっているな)


 地図に従って辿り着いた場所は診療所だった。

(なるほど、診療所ならベッドの余りもあるというわけか)


「失礼、誰かいらっしゃいますか」

 レオンハルトはあまり音を立てないように小さく戸を叩き、声をかけた。

 診療所を始めとする近隣の家々は既に明かりが消えていた。

 返事はなく、一体は再び静寂(せいじゃく)に包まれた。

 大声を出すのも気が引けたので、他に入口がないか一周してみる。


 すると診療所に併設する形で民家の入り口を見つけた。

 こちらの扉からは小さく灯りも漏れていた。

「失礼、誰かいらっしゃいますか。騎士団から参りました、レオンハルト・キングレーと申します」

 今度はすぐに返事がもらえた。


「すみませんね。気がつかなくて」

 中から女性が優しく戸を開いた。

「夜は診療所の方を閉めていますので、気がつきませんでした。話は聞いてますよ。レオンハルトさん」

「お気遣い頂き、ありがとうございます」

 女性と話をしながら廊下を進むと、リビングには男性が座っていた。


「おぉ、お待ちしておりました」

 男性は立ち上がって挨拶をしたが、あまり力はこもっていなかった。

「一泊させて頂けるとのこと、感謝致します」

 レオンハルトは改めて深々とお辞儀をした。


 お辞儀ひとつとってもレオンハルトの所作は折り目正しく、気品を持ち合わせていた。

 顔をあげ、男性を一瞥(いちべつ)すると何やら憔悴(しょうそう)しているように見えた。

 あわよくばこの場で少年について情報を聞きたかったが、(はばか)られる。


 そんなレオンハルトの気持ちとは裏腹に、男性が口を開いた。

「レオンハルトさんは任務で各地を渡り歩いているそうですね」

「はい、機密情報ですので内容はお伝えできませんが、おっしゃる通りです」

「お願いします! 私の娘を……エマを見つけたら手紙だけでもよこすように伝えていただけませんか」

 男性は突然土下座をした。


 あまりにいきなりの出来事でレオンハルトは驚きを隠せなかった。

「落ち着いてください。一体どういうことなのでしょうか」

 男性の肩に手をかけると、その肩は震えていた。

 抱きかかえるように体を起こさせると男性の目からは涙が溢れている。


「実は数日前、私たち夫婦の一人娘であるエマがこの村を出て行ってしまったのです」

 男性は絞り出す様に事情を伝える。

「家出……ですか?」

「そうではないのです」

 もはや嗚咽(おえつ)が止まらない男性に代わり、妻である女性が説明を始めた。


「実は最近、クリスというエマの幼馴染である少年が突然村を出たのです。エマは『クリスが貴族の女の子と駆け落ちした』なんて騒いでましたが、正直なところ本当の理由はわかっていません。ただ、エマはクリスのことが好きでしたから、きっと追いかけたかったんでしょうね。騎士になるために武者修行の旅に出ると突然言い出しまして、数日前に家を出て行ったのです」


「つまり武者修行にかこつけてクリスという少年を探しに行ったということですね」

「はい、おそらくは……元々、来年には騎士団へ入団すると言っていたので、この村を出るものだと思っていましたが、急な話だったことと1人当てのない旅で無事にいてくれているのか不安で……」

 徐々に女性の目にも涙が浮かんでくる。


「事情は把握しました。お嬢さんをお見かけしたら手紙を出すように伝えましょう。騎士団内でも情報を共有致しますので、私以外の人間が見つけた場合でも、ヘイダの騎士団員経由で無事をお知らせ致します」

 凛とした冷たささえ感じさせる口調から打って変わり、暖かく赤子を包み込むような優しさを持って2人の願いに(こた)える。

「ありがとうございます。勝手なお願いにも関わらず、なんと感謝申し上げれば良いのか」

 夫婦は揃って涙ながらに頭を下げた。


「困っている方を助けるのが騎士の務めですから。それに一宿(いっしゅく)の御恩もございます。捜索にあたって、エマさんの特徴などを伺っても宜しいでしょうか。あとはクリスさんについても。エマさんを探す手がかりになりますので」

 思いがけないところでクリスの情報が入手できることになり、レオンハルトはできる限り自然に情報を聞き出そうとしていた。

 もちろん、任務のためという打算はあるものの、この夫婦のためにエマという少女を捜索して無事を知らせたいという思いは彼の本心からくるものだった。


「えぇお伝えできることでしたらなんでも」

「それと、明日にでもクリスさんのご家族ともお話をさせて頂きたいです」

 その言葉に夫婦は少し気まずそうな顔を見せた。

「実はクリスの両親は既に亡くなっておりまして、小さい頃から付き合いがあった私たち夫婦で家族のように面倒を見てきたのです」

「そうでしたか。知らなかったこととはいえ、不用意な質問をしてしまい申し訳ございません。息子さんと娘さんが一度に出ていかれたと考えると、さぞお辛いでしょう」

 レオンハルトはやはり折り目正しく頭を下げた。


「いえいえ、レオンハルトさんが謝ることではございません。そういうことですので、クリスについても私たちがなんでもお伝えいたします」

 それからレオンハルトは夫婦からクリスとエマについて様々な情報を得た。

 レオンハルトの落ち着いた対応と頼もしい受け答えに夫婦も落ち着きを取り戻したのか、次第に娘の思い出話も語りだした。

 レオンハルトが床に着いたのは空が白み始めた頃だった。



***



 朝の日差しに照らされながら、エマは森の中を歩いていた。

「2人分の足跡はこっちだったから間違いなく国境を超えてるはずなんだ。だとしたら一番近い町に行ってるに違いない」

 エマは独り言を叫びならが地図を眺める。

「なんで全然辿り着かないんだよー!」

 エマの叫びは森に響き、驚いた小鳥は散り散りに飛び立っていった。

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