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第35話 エギルの銀 中編


 僕の私欲、あ、いや、提案により、アイスランドのシルフラへ向かうことになった。


 シルフラは、アイスランドの首都レイキャビクの東方50キロほどのところにあるシンクヴェトリル国立公園内の湖のことだ。世界有数の透明度を誇り、ダイバーの聖地でもある。

 だが、何より特異なのは、そこが地球の裂け目であること。アイスランドは西半分が北米プレート、東半分がユーラシアプレートに乗っており、両プレートの生まれてくる場所なのだ。だから、アイスランドは常に東西に引き裂かれているという。


 その裂け目に生じた湖のシルフラ付近に、エギルの銀が隠されているらしい。


 僕にロッテとゲイルに加えて、ドンヌの家の面々、ルト、ピサール、オイフェ、エヴァの七人でアイスランドへやってきた。

 冬の恐ろしい寒さを覚悟してきたが、思ったほど寒くない。地熱と海流の関係で、氷点下まで下がることは少ないらしい。

 その代わり、日照時間は極端に短く、冬には11時から16時ころの4、5時間しか日が昇らない。アイスランドに着いた日も、すでに昼を回っており、夜が近付いてきていた。


 むろん、シルフラへは明日出発することとした。レイキャビクのホテルでチェックインの手続きを終え、ロッテやゲイルと広い吹き抜けのロビーでくつろいでいたところ、見知らぬ男が声をかけてきた。ふっと冷気が差し込む。

 

 浅黒い肌に、ずんぐりとした体付き。彫りが深く丸鼻で、子熊のような顔をしている。しかし、顔に似合わず、低く音楽的な優しい声音だった。


「パンさんですかな?」


「僕か? はて、どこかでお会いしたことがあったかな」


「ええ、いろいろと。オークションの件で、あやまりに来たのですよ」


「オークションの件ね。毎日のように取り引きをしているからな。どれのことやら」


「隠さなくてもよろしい。メズルヴェドリル本の続編を手に入れたでしょう? あれは出品するつもりはなかったのですよ。相応の謝礼は用意しておりますので、お返しくださいますかな」


「ふむ、さもあらん。本物であればな。ちなみに相応の謝礼というといかほどだ?」


「これぐらいで如何かな?」


 その男が提示した金額は、一生遊んで暮らせるとまでは行かないものの相当の額だった。


「こんなに! だが、断る!」


「なんと! まだ足りないと言われるのか?」


「いや、金額の問題じゃない。この僕をみくびるなよ。目の前の確かな現金よりも、まだ見ぬ財宝! 一攫千金こそ、男のロマンだ!」


 わははは、と笑う僕の後ろで、ロッテとゲイルがこそこそやりとりし、


「うわぁ、博打で文無しになる輩の常套句ね」


「さいですな。ダメ人間の典型です」


などと好き勝手なことをほざいていた。


「えーい、うるさい! 手堅い商売なんぞ糞食らえじゃ。というわけで、出品者かなにか知らんが、この写本は渡せん」


「むむ、仕方ありませんな。日が落ちるまでに穏便に話をつけたかったのですが、これは御自身の強欲が招いたことと思いなされ」


 子熊のような男が苦しげに顔を抑えたと思うと、獣じみた咆哮をあげて飛びかかってきた。ロッテやゲイルが動く間もなく、胸元にしまってあった写本を奪い取られていた。


「よろしいか、このことは忘れなされ」


 距離をとった男が冷たくいう。


「首を突っ込めば、その首を落とすことになりますぞ。宵の狼は、秘密を探るものを許さぬゆえに」


 男は写本を口にくわえると四つ足で走り出し、人間離れした動きと速さでホテルの外へ消えていった。


 奪われた写本には、暗号のような複雑な言葉で財宝のありかが書かれていたのだが、普通なら、とても覚えていられるような代物じゃない。


「ところがどっこい、覚えているんだなぁ。金銀財宝、男のロマンが絡めば嫌でも忘れんわい」


 というわけで、翌日、予定通りシルフラに来ていた。一面の銀世界で、天気は良く、冬のダイビングと温泉を楽しむ人々も多い。


 写本にあった場所は、シルフラから少し離れた目印も何もない場所だった。しかし、金属探知機を使うと、たしかに反応がある。


「ここだ! ここに違いない。よし、掘るぞ。ピサール、ゲイルも手伝え。財宝を見つけたら、かけらくらいはくれてやってもいい」


「かけらねぇ。そもそも、あるとは思えないぜ〜。それに国立公園だぞ。勝手に掘っちゃ、まずいんじゃないのかねぇ」


「そんなことは知らん。どうせ公に掘ったら、見つけた財宝を取り上げられたり税金を取られたりするに違いない。黙って掘れ!」


「やれやれだぜ〜」


 やる気のないピサールとゲイルを叱咤しながら、固い地盤を掘り進める。


「私も御嬢様と観光に行きたかったですね。昨日の男も気になりますし。御嬢様方は無事でしょうか」


「昨日の獣じみた男か。まあ大丈夫だろう。ルト、エヴァ、オイフェ、ロッテと、一筋縄ではいかんからな。むしろ、こっちの方が危ないかもしれん。昨日の男やボスに襲われたら、ひとたまりもない。まともに戦えるのはピサールだけだからな」


「たしかにそうですな」


「だろう? わかったら、さっさと掘れ! 誰かに見つかる前に、さっさと掘って宝を盗み、もとい手に入れるのだ!」


「ふぅん、何を盗むんだい?」


「盗むんじゃない、発掘だ。財宝の発見だ! って、ん? その声は……」


 穴の縁から覗くのは、灰色のトレンチコートに丸いサングラス姿のボスだ。


「げげ、いつの間に」


「いつの間にってことはないだろう。さっきからいたのに、誰も気付かないからさ。こっちにロッテはいないようだね。きみらを殺して埋めて、さよならしてもいいけれど、いったい何をしているのかな?」


「なんだっていいだろう。おまえには関係ない」


「そんなこと言っていいのかい。きみらは穴の底、こちらは穴の上だ。どちらに地の利があるのかな」


「んぐぐ、嫌なタイミングで来てからに」


 ぎりぎりと歯を鳴らしていると、惰性でツルハシを振るっていたピサールが、うお! と声をあげた。


「なんだ、どうした?」


 と問う間もなく、周囲一帯が崩れ落ちた。固い地盤の下が空洞になっていたらしい。ボスともども、穴の底へ落っこちてしまった。


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