第29話 レプラコーン
ランドフィッシングでは残念な結果に終わったが、未来の財宝発見のために幸運を貯めていると思うことにした。
運と不運、チャンスとピンチは誰にでも訪れる。その総量が平等とは言えまいが、訪れる機会を見逃さないように、普段から努力し、油断しないことだ。
さて、いまはダブリンを離れ、ディングル半島を目指している。その途中で、回り道をしてキラーニーの景勝地に立ち寄ることとした。
動物注意の標識よろしく、レプラコーン注意の標識があり、アイルランドには、いまなお妖精が息づいていることが感じられる。
「妖精の飛び出し注意ですって。ゲイル、速度を落としてゆっくり走らせてね」
「はい、御嬢様」
ロッテとゲイルのやりとりだが、ロッテのやつは本気で注意を促しているようだ。
「はっはっはっ、本当に妖精が飛び出すわけがないだろう。子供や動物の飛び出しに注意しろってことさ。そもそもレプラコーンがどんな妖精か知っているのか?」
「靴屋の小人のモデルでしょ」
「お、そうだな。そんな風にも言われている。ほかに有名なところでは、金貨がつまった壺を持っていて、捕まえれば手に入れられるが、一瞬でも目を離せば姿を消すとか」
「虹の根元にいるんでしょ」
「それも伝説だ。はっはっはっ。虹の根元なんて、なにもありはしない」
「あ、偶然ね。ほら見て虹だわ」
「なに!? よし、根元を探しにいくぞ!」
「え?」
「え? じゃない。標識と虹と、二つ重なれば本物かもしれんだろ。訪れる機会を逃してなるものか! ゲイル、虹の根元に向かって走れ!」
「古い青春ものみたいですな」
「いいから、行け! 行くのだ!」
「よろしいのですか、御嬢様」
「んー? いいんじゃない。面白そうだし」
「はぁ、仕方ありませんな」
虹はヒースの生い茂る荒れ地から這い出すように伸びていた。車で入っていくことができず、きらきらと薄れていく虹の根元へ走って向かう。残念ながら、たどり着く前に虹は薄れて消えてしまった。
「妖精はどこだ、どこにいる? 捕まえれば金貨だ。壺いっぱいの金貨だ。一瞬でも目を離してはいかんというが、僕なら絶対目を離すことはない」
ぎらぎらとした目で周囲を探ると、緑色の帽子をかぶった小男がいるじゃないか。そこで、
「おまえがレプラコーンか! どこに金貨を隠した! 吐け! さあ吐け! すぐ吐け! 早く吐け!」
と肩をつかんで揺さぶっていたところ、
「やめなさい! 恥ずかしい」
と、ロッテに殴り倒された。
落ち着いて話を聞いてみたところ、小男は近くの住民で、ウイスキー醸造の香り付けに使うヒースを集めに来たのだという。
「ほっほっほっ、標識を見なすったか。まあ、動物飛び出し注意の看板がわりさな」
「じゃあ、金貨は?」
「金貨? そんなものがあれば、とっくにわしが掘り出しとるわい。あまりがっつくと、妖精同様、天国へ行けませんぞ。妖精の丘を虚しく掘り続ける一族の話もある。まあ、がっつかないことですな」
あからさまにガックリした様子の僕を哀れと思ったか、小男は、慰めるようにいう。
「もう暗くなってくるころじゃ。急ぎでなければ泊まっていきなされ。財宝は無くとも、うまいエールと飯ぐらいは食わしてやろう」
との言葉どおり、ヒースの群生地を抜けた先、丘の上の家で夕食を御馳走になり、宿を貸してもらった。
愉快な夜を過ごして。
……翌朝、目覚めると、朽ち果てたあばら屋の中だった。ヒースに取り囲まれるように。
あたたかな暖炉も寝床も、どこかへ消えてしまっていた。冷え切った体を持ち上げて辺りを見回しても昨夜の小男の姿はない。ロッテとゲイルを揺り起こす。怪我も何もなく無事なようだった。
「くそ、やっぱりレプラコーンだったのだ。逃してしまった」
「んで、どうするの? とりあえずまたランドフィッシングでもする? 手当たり次第に掘ってみるとか?」
「……いや、やめておこう。妖精の丘を虚しく掘り続ける男にはなりたくない。過ぎたる欲は身を滅ぼす、天国へも行けぬという警告だ」
「へー、あんたの口からそんな言葉がでるなんて。立派じゃない」
「わはは、まあな。紳士だからな」
胸を張って車へ戻ろうとしたが、めずらしくゲイルが遅れていた。
「ゲイル、なにしてるんだ。行くぞ」
「ええ、わかりました」
あばら屋を後にすると朝霧が立ち込めて、その姿を覆い隠した。ヒースを揺らす風が柔らかく霧を踊らせる。霧の向こうを眺めている僕に、ゲイルが声をかけてきた。
「さきほどは御立派でしたね。なかなかできることではありません」
「ん? なんの話だ?」
「さきほどのあばら屋、抜けた床下に無数の金貨が埋もれていました」
「な、なんだと?」
「いやはや、巨万の富を前に、過ぎたる欲は身を滅ぼす、天国へも行けぬと。なかなか言えることではありませんぞ」
「なんだと! 早く言え!」
ヒースを抜けて戻った先、あばら屋があったはずの丘の上には何もない。そもそも、建物自体がなくなっていた。
「ここだ! この丘のはずだ!」
その後、丘が無くなってしまう勢いで三日三晩掘り続けたが、金貨はおろか、銅貨一枚すら出てくることはなかった。
穴ぼこだらけの丘を掘り続ける僕の姿を眺めながら、ゲイルとロッテが呆れたように、
「御嬢様、妖精の宝には呪いがかけられているといいます。すでに呪いをかけられてしまっているのかもしれませんな」
「だいじょうぶよ。ただ、おバカなだけでしょ」
「そうですな」
「やかましい! 聞こえてるぞ! 教訓は? この話の教訓は何なのだぁ! 金貨、僕の金貨はどこなのだ〜!」
今回の教訓。機を失することなかれ。訪れる機会を見逃さないように、普段から努力し、油断しないことである。幸運の女神は、努める者にこそ微笑む。




