第28話 ウルフバート
その日は、朝から悔しい思いでいっぱいだった。イングランド郊外でバイキングの財宝が見つかったとのニュースが流れていたのだ。
「くそ! やられた!」
新聞を見て悔しがっていると、呆れたようにロッテが声をかけてきた。
「やられたも何も、別にあんたのものじゃないでしょうに」
「そんなことはない! 何を隠そう、僕の趣味はランドフィッシングなのだ。高性能の金属探知機を買って、暇があれば、バイキングの伝承がある地域を歩き回っているんだぞ。いつかは僕が見つけるはずの財宝を横取りされたのだ。悔しい!」
「宝探しなんかしてないで、地道に商売に精を出したらいいのに」
「なにを抜かすか。宝探しだって地道だぞ。
雨にも負けず、風にも負けず、雪にも、夏の暑さにも負けず、東にバイキングの伝承があれば行って金属探知機を持って歩き、西にバイキングの民謡があれば行ってダウジングに励み、先を越された時は涙を流し、穴を掘ってはふらふら歩き、みんなにごうつくばりと呼ばれ、ほめられもせず、相手にもされず、そういうものに、わたしはなりたい」
「なりたいの、それ?」
「とにかく僕は、地道に宝探しをしているのだ」
「発想が地道じゃないけどね」
「うるさい。肖像画の件では、えらい目にあったからな。そろそろ僕にも運が回ってくるはずだ。神様は日々の行いを見ておられるのだから。なんだ? なにか言いたそうだな」
「ううん、別に。まあ、たまにはロマンを求めてみるのもいいかもね」
「ロマンじゃない、僕が求めているのは財宝だ」
「身もふたもないわね」
というわけで、宝探しをすることになったのだが、まず、ダブリンとバイキングの関係からおさらいしておこうか。
地名自体が、バイキングが築いた城砦に由来するのだ。中世のアイルランドにおいて侵略者であった彼らが「黒い水たまり」を意味するダブリン〈Dubh Linn〉という名前をつけた。
いまも街中を流れるリフィー川の深い水の色を讃えたものだったらしい。リフィーはゲール語で生命を意味するから、なんとも言えない趣がある。
ことほど左様にバイキングと縁の深い街だ。
いまだ見つからぬ財宝が地下に眠っていてもおかしくない。ダブリン郊外、ヨーロッパ最大級の公園、フェニックスパークを歩き回って宝探しに励むこととした。僕は最新式の金属探知機を持ち、ゲイルにはロッドダウジング、ロッテにはペンデュラムダウジングを使わせる。
午前中、地道に歩き回るも反応なし。
ロッテは半日も経たずに飽きてきたらしく、木陰のベンチで昼寝に入った。当然、ゲイルもそばについて、結局、午後からは僕一人だ。
小春日和の広い公園内を歩き回り、疲れ切って戻ってきたところ、ロッテが寝ているベンチのそばで金属探知機が反応した。
「おお、反応が!」
僕の声に目覚めたロッテが、大きく伸びをして体をほぐす。
「なによ、うるさいわね。ベンチの金具にでも反応したんじゃないの?」
「違うわい! ベンチをどけてみろ。それでも反応があるはずだ」
金属探知機はビービーと音を鳴らし続けている。なにかが地面に埋まっているのは確からしい。
「では、掘ってみましょう」
躊躇なく、ゲイルが地面をスコップで掘り進めていく。かなりの深さまで掘ったところで、鉄剣が出てきた。地面の奥に突き刺さるようにしている。全貌が露わになる前に、その鉄剣を見て驚いた。それは、ウルフバートだったのだ。
るつぼ鋼と呼ばれる純度の高い鉄で作られており、並みの鎧や盾なら易々と貫通したらしい。バイキングの中でも限られた人物しか手にできなかったという。
刀身に刻み込まれた〈+VLFBERH+T〉という文字は、「狼の光」を意味し、粗悪な模造品ではないことを示していた。
「本物なら貴重な品物だ。もしかすると、英雄の墓かもしれん。ほかにも埋まっている可能性があるぞ」
慎重に掘り進めていく。船葬墓ではないようだったが、やはり墓なのだろうか。古い布に包まれた遺体らしきものが出てきた。しかし、
「これは墓じゃないな」
「みたいね」
とロッテとのやりとり。なぜなら、ウルフバートの先端は、その遺体らしきものに突き刺さっていたのだ。
「これは戦場跡なのか、殺人なのか」
「どうなのかしら。なにが起きたのかしらね」
「どうも他には何もなさそうだな。価値がありそうなのはウルフバートだけか。よし、引っこ抜こう」
「やめといた方がいいんじゃないの。専門家に任すとかさ」
「いいか、僕は歴史を求めているわけじゃないのだ。求めるものはロマンに非らず。ただひたすらに純粋に、財宝のみ!」
「あきれた。バチが当たっても知らないわよ」
「ふふん、すでに呪われた身、怖いものなんぞないわい」
遺体らしきものに足をかけて、勢いよくウルフバートを引き抜く。思いのほか綺麗に抜け、その場にひっくり返ってしまった。
穴の底に挟まって身動きできずにいると、誰かがウルフバートを引っ張って、助け起こしてくれた。ゲイルかロッテと思い、
「すまんな」
と声をかけたが、目の前にいたのは、生きた人間ではなかった。
落ち窪んだ眼窩に、剥き出しの骨、骨、骨。
古い布をまとった骸骨が立ち上がり、ウルフバートに手をかけていた。そのまま尋常でない力で僕の手から奪い取り、ぐるんと頭上に振りかぶって斬りつけてきた。なんとかかわしたものの、カタカタと音を立てて近づいてくる。
「げげ、なんじゃ、こいつは!」
「わお、スケルトンって奴ね」
嬉しそうなロッテは魔剣を取り出して構えると、スケルトンに向かっていった。魔剣とウルフバートがぶつかり合う。
「こ、こら、ロッテ、やめろ。ウルフバートに傷がつくだろ!」
「そんなこと気にしてられないわ」
何度かのぶつかり合いの果て、ロッテの魔剣がスケルトンをとらえ、その体は粉々に砕け散った。あわせて弾き飛ばされたウルフバートも粉々に砕け散った。
「ああ、僕のウルフバートがぁ」
「いつのまにあんたのになったのよ。命があっただけ儲けものじゃない」
「そうかもしれないが、悔しい! 誰だ、勝手にウルフバートを引き抜いたのは?」
「あんたでしょ」
「そうだった。くそ! 人のせいにもできやしない。だが、まだだ。ほかにあるかもしれん」
そう思って、もう一度、丹念に穴の底を探ってみると、穴の底のさらに下から、鉄の箱に入った財宝らしきものが出てきた。
「お、なんだこれは。宝石かな」
そう思ってよく見てみたが、金属製のものではなかった。
「なんだこれ? 干からびた植物の種じゃないか」
「なるほど。たしかに植物の種ですね」
矯めつ眇めつゲイルが言う。「バイキングも平素は農民だったといいますし。大事な穀物の種だったのかもしれません」
「この種を盗られまいと戦ったのかもしれないわね。お宝だったのかしら」
感慨深げなロッテの言葉を聞きながら、思わず叫んでいた。
「これじゃない! 僕が欲しい財宝は、これじゃないんだぁ! くそったれ〜!」




