五星財閥の闇
翌日、千歳は久々に放送部で学校にやって来た。体育会や文化祭の打ち合わせ、それから学校新聞の作成の為だった。
体育会や文化祭、それから文化祭にする音楽コンクールの時は、結果を号外に出す。その速さは、本物の新聞と然程変わらない。それをする為には、早めの準備が必要なのだ。
その時期の放送部員は自身の練習とともに、他クラスの調査も実施しなければならない。また、ステージのナレーション、投票の集計などの仕事もある。生徒会と協力しなければ、この仕事は成り立たない。
裏方と言いながら、その多忙さは主演者以上だった。
千歳は朝早くから、空いている教室で仕事を始めた。千歳の仕事は文化祭や体育会のナレーションの原稿を書くことだ。募集された出し物や、例年の原稿を元に書き出す。
「後、秋の朗読会の本の準備しなきゃな…」
千歳は原稿用紙の隅にそうメモして、一度ペンを置いた。
その後、千歳はカバンから新聞を取り出した。学校新聞の参考になると思い、昨日の新聞を持ってきたのだ。
そこに書かれていたのは、五星財閥の不祥事についてだった。
次々に明かされた五星財閥の不祥事で、重鎮であるマダム・ルビィや川下基博が逮捕された。これによって五星財閥の信頼は一気に失われ、関連会社の株価は大きく下がっている。また、財閥の創業者である五星家もバッシングを受けている。
だが、会長である五星道山は表に出ない。まだ何かを隠していると考え、警察や第三者委員会が調査しているが、はっきりとした証拠が出ないのだ。
「もしタイムマシンがあるのなら、あの時の会長を引っ張り出してとっちめたい気分だわ」
洋司の仕事やパーティーで千歳は、何回も道山の顔を見た事がある。道山はかなり年を召しているが、数年越しに遭っても見た目があまり変わらない。まるで、道山の周囲だけ時間が止まっているようだった。
千歳はその新聞の構図を元に学校新聞を造ろうと思ったが、記事が気になって中々目を離せない。千歳は手元にあるペンを持って、原稿の続きを書き始めた。
すると、教室の扉が開いて花恋がやって来た。
「おはよう千歳ちゃん、もう仕事してたんだね」
「おはよう、花恋ちゃん」
花恋は机に荷物を置いて千歳の元にやって来た。すると、千歳のすぐ側にあった新聞に気づき、手に取って読んでいた。
「へぇ、五星財閥のニュースかぁ…、今凄い話題になってるよね」
「そうだね…」
「びっくりしたよ〜、これだけ次々に不祥事が明かされるなんて…。でも、お父さんに聞いたけど、昔から良くない噂や都市伝説があるからね…」
「そうなの?」
「人さらいとか、脱税とか…、お父さん、学生時代に五星財閥の会長の御曹司、現関連会社の社長の五星雄山に虐められた事あるんだって」
「そうなの?ってそれは今回の不祥事に関係あるの?」
花恋は首を捻って唸った。
「分からないけど、そうだったって」
「二人共、難しい話をしているのね」
その声と共に、放送部顧問の吉岡多江が入ってきた。多江は花恋が読んでいる新聞を見て驚いている。
「先生、このニュースご存知ですか?」
花恋は多江に新聞を渡して、そう聞いた。
「もちろん、知ってるわよ。私は違うけど…、お父さんが五星銀行の口座だから…、全額別の銀行に移したって。恐らく、五星銀行は取り付け騒ぎになるだろうから、早めに下ろしておくって言ってたわ…」
多江は、ニュースの事よりも、自分の父親の事を心配していた。
しばらく経って、りんかがやって来た。ようやく、放送部員が集合する。今日は、千歳が早く来た為に、花恋やりんかが遅く来たように感じるが、二人が来た時間はいつも通りだ。
「おはようございます、先輩の皆さん」
「おはよう、りんかちゃん」
「いやぁ…、昨日は美化委員会のごみ拾いで来て、今日は放送部で来る事になるなんて…」
花恋は、多江から新聞を受け取って、りんかに渡す。
「りんかちゃん、お父さんからこの事件の話聞いた?関わってるんでしょ?」
りんかは笑って首を振る。
「お父さんは、家では仕事の話はしませんよ。警察ですし、守秘義務っていうのがありますので」
「そうなんだ…」
花恋は、りんかから新聞を受け取って、千歳の手に渡した。
千歳は、花恋のカバンを見て、ある事を思い出した。
「そうだ、朗読会の本考えてないんだけど…」
千歳が花恋にそう言うと、花恋はカバンの中から本を取り出した。
「これ、『海神の森』っていう本だよ。章分けがされてるから読みやすいと思う。」
その本の存在を千歳は始めて知った。
その内容は小さな港の村の物語だった。その村は、山によって閉ざされている。そこに、旅人と、海神と名乗る少女がやって来た事で、平和だった村が脅かされるというものだった。
千歳は数ページ読んだ後、机の上に置いた。
「ありがとう、花恋ちゃん。この本で練習していい?」
「うん!良いよ」
千歳は本を自分のカバンの中にしまった。
その後、千歳は原稿を完成させて読む練習を、花恋とりんかは体育会の見どころ紹介の学校新聞作成をしていた。
学校新聞は、パソコンで打った方が早いと思われるが、手書きにこだわるのが泉ヶ丘中学校の伝統だった。花恋もりんかも普段は書かないような懇切丁寧な字で文章を書く。
その作業が一段落した後、花恋がこんな話題を振った。
「そうそう!ちょっと前のニュースだけど、誘拐された女の子が無事に保護されたよね!」
「新聞でも大きく載っていたわね」
「でも…、保護された時の話は何も報道されなかったな…、なんでだろ」
その場に居合わせていない花恋は、ちえりが保護された時の状況を知らない。それに、ピンクジュエルが関わっていると知ったら、どんな反応をするのだろう。
千歳とりんかはあえてそれを知らない振りをして、花恋の話を聞いた。
「へぇ…、そうだったんだ」
「あの後女の子は児童保護施設に移されたみたいです。なんでも、今全く保護者が居ない状況なんですって」
「夏休み明けてから学校はどうするのかしら…、確かその施設は泉ヶ丘から離れていたわね…。」
「あの子は元々何処に住んでたんでしょうか、泉ヶ丘じゃないって話をチラって聞きましたが…」
千歳は多江と花恋の話を聞いて、背中に電撃が走ったような感覚がした。
「(それなら、久美ちゃんとちえりちゃんは何れにしろ別れなきゃいけないって事…?!)」
両親が見つかっても、見つからなくても、ちえりは泉ヶ丘の子ではない。つまり、泉ヶ丘から離れなければならないという事だ。そうすれば、ちえりと今仲が良い久美と別れる事になる。
ちえりが無事に保護されてホッとしていた千歳だが、こういう事実を突きつけられた。もし、自分が同じ立場ならきっと嫌がるだろう。
「(お父さんやお母さんが居なくなっても…、私には青葉が居た。竜野ご夫妻も、生瀬さんも居た。だけど…、ちえりちゃんはお父さんとお母さんが居なくなって、一人ぼっちになって、攫われたんだ…)」
不幸の度合いは比べるものではない。だが、ちえりの状況を見て、自分の方が少しだけまともだと感じてしまう。千歳はそんな自分が嫌だったが、それが人間の性だった。
千歳はそう考えてため息を吐いた。それを見て花恋が千歳の肩を叩いた。
「千歳ちゃん、どうしたの?手が止まってるよ?」
「えっ?ああ…ごめんね?」
考え事をしていて手が止まっている事に気づいた千歳は、慌てて原稿に手を掛け、読む準備をした。
「何があったの?」
「何でもない!」
「なら、良いけど…」
花恋はりんかと一緒に学校新聞の続きを書き始めた。
「千歳先輩どうしたんでしょうかね…」
「新聞持ってくるなんて珍しいな、新聞なんて時事問題の時に見る程度って言ってたのに…」
「千歳先輩がいいとこのお嬢様って本当なんですか?」
「うん、家物凄く大きいよ?」
「世間知らずなお嬢様じゃなくて、世間知り過ぎたお嬢様なんでしょうね〜」
千歳の姿を見ただけで、お嬢様と分かる人は恐らく居ないだろう。ドレスなんてパーティーに呼ばれた時ぐらいしか着ない。それ以外はチュニックやシャツにズボンというスタイルだ。
また、格好だけでなく、仕草もあまりおしとやかとは言えないのだ。思った事は結構顔や言葉に出てしまい、周囲から引かれる事も多い。
だか、そのせいでお嬢様とは思われなく、お嬢様というだけで妬まれるような事は無かった。
「そういう人って私立の学校に行くイメージがありました…」
「お嬢様がみんなお嬢様な訳ないでしょ?まぁ…、九条さんは本当に絵に書いたようなお嬢様って感じだけど…」
九条小百合はおしとやかで、清楚で、華やかで、何故この中学校に通っているのか分からない程だった。九条家はホテル経営をしていて、小百合は九条家のたった一人の令嬢だ。小百合の父親の菊蔵は九条ホテルの会長で、母親の菫は現社長である。
その間に産まれた小百合は、将来九条ホテルの経営者になると期待されていた。
「そういえば…、話した事ないなぁ…、パーティーでそのホテル行った事あるけど」
「二人ともお嬢様だけど…、千歳ちゃんは何処に行っても生きていけそうな気がするな」
「それ、どういう意味?」
「図太く生きていそうですよね!」
「りんかちゃん!それは褒めてるの?それとも貶してるの?」
「どっちもです!」
りんかは満面の笑みでそう答えた。
「その質問してそう答える人始めてだよ…、ってか私を貶してるの?!」
「はい…?」
「先輩貶しちゃ駄目でしょ?!」
千歳は酷い剣幕でりんかを怒鳴った。
「どうせ産まれた順番が違うだけじゃないですか」
りんかは、千歳に怒られてもヘラヘラしている。
「全く、目上の方を敬わなければならないってお父さんに言われなかったの?」
「続きしないといつまで経っても部活終わりませんよ?」
りんかは怒る千歳に背を向けて、仕事の続きに取り組んだ。千歳も、花恋も、りんかを見て、それぞれの仕事を再開した。
そして、部活が終わって千歳と花恋が帰ろうとした時、結菜に話し掛けられた。結菜も、裁縫部で午前中活動していたらしい。
「結菜ちゃん!どうしたの?」
「何か、千歳ちゃんと話したいって言ってるんだけど…」
結菜の横に居たのは、九条小百合だった。小百合は、部活動には所属していないはずだが、何故今学校に居るのだろう。
「鳳千歳さん、少しお時間宜しいでしょうか?」
「九条小百合さん…?」
小百合は、一歩前に出て千歳に近づいた。
「何度も顔を見たりしたのに、お話出来ませんでしたね」
「そう…、でしたね」
「私のお父様とあなたのお父様は親しい間柄だと伺いました。あなたのお父様、洋司様の貴重なコレクションの一つを、お父様に譲って頂いたのです。」
千歳は、洋司と九条家の間柄について全く知らなかった。九条家とは、パーティーでは何度も顔を見た事があったが、まさか父親同士が親しい仲とは聞かされていなかった。
「お父さんのコレクションの一つを譲ってもらった?」
「『クリスタルオルゴール』というものです。私はそれをずっと大切にしておりました」
小百合は制服のスカートを掴んだ。
「鳳ご夫妻が二人揃って行方不明になった時…、大層驚きました…。それからしばらく経たない後、五星財閥に『クリスタルオルゴール』を強奪されたのです。五星財閥会長の道山様は九条ホテルを贔屓にされている…。ですので、奪われても、中々返して下さいと訴えられなかったのです。」
千歳は片腕を腰に当て、首を振った。
「やれやれ…、頼むのは私じゃないでしょ?」
「えっ?」
千歳は小百合の肩に手を当てた。
「ピンクジュエルに頼んでみたら?」
「ピンクジュエルに、ですか…?」
「うん、ピンクジュエルだったら奪われた宝物を取り戻してくれるよ」
「教えてくれてありがとうございます!」
小百合は深々とお辞儀をした。すると、千歳は小百合の肩にそっと手を触れた。
「お礼はいいよ、それに、私達同級生でしょ?いちいち敬語で話さなくていいから」
「そっか…、ありがとう、千歳ちゃん」
千歳は小百合に向かって微笑んだ。
「小百合ちゃん…」
小百合は笑いながらその場を去って行った。
取り残された花恋と結菜は、千歳の方を向いた。
「ピンクジュエルを見た事無いのに、詳しいんだね」
千歳はピンクジュエルを見た事がない。それは、千歳がピンクジュエルだからだが、それを二人は知らない。
「ピンクジュエルってその為に活躍してるんだ?」
ピンクジュエルの事について誰よりも詳しいと思っていた結菜も、その事を知らなかったようだった。
「そうだよ…、きっと、そうだと思う…」
「ピンクジュエルの事分かるの?」
「分からないけど、何となくそう思うよ」
「そっか…」
千歳は、自分に言い聞かせるように頷いた。
その後、三人は一緒に帰った。千歳はその間、小百合の事について考えていた。
「(絶対に…、取り返してみせる)」
一緒に帰っても終始無言な千歳を、花恋は何となく心配した。
「千歳ちゃん…?」
花恋に名前を呼ばれて、千歳はハッとした。
「どうしたの?」
「いや…ちょっと…、考え事だよ」
「何考えていたのさ」
結菜に怪訝な顔でそう問われると、千歳は少し考えてこう答えた。
「一度で良いからピンクジュエルに会いたいな、なんて…」
「そうだったんだ…」
「一回も会った事無いって言ってたね…、きっと会えるよ!」
「うん…、ありがとう」
千歳は二人とそうやり取りしながらも、頭の中では小百合の事、それから五星財閥についてで一杯だった。
財閥の関係者に接触すれば、両親の事も分かるはずだ。いつかはそうしなければならないと千歳は考えていた。財閥の力が弱まっている今こそ、聞くべきタイミングだと思う。
千歳は、二人に見えないように左手で拳をつくった。




