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この信条だけは

 青葉が海洋邸に戻ると、先に千歳が戻ってきていた。

「千歳姉、帰ってきてたんだな」 

千歳はもう着替えていて、ソファーに座っている。青葉は、その横に座って千歳の方を向いた。

「盗めたと思うのに…どうして『魔神の壺』を盗まなかったんだ?」

「お姉ちゃんの事を思い出したから…」

千歳は壁に掛けられている昔の家族の写真を眺めながら、こう答えた。

「それに…、厄神警部が私の事で精一杯になって、ちえりちゃんの事がおざなりにならないようにでもあるかな…」

「そうだったのか…」

青葉も、千歳と同じように写真を眺めた。

「お姉ちゃんって、自分を犠牲にしてまでも私達に助けたかったんだよね…?」

「きっと、そうだろうなぁ…」

「目の前で人が死んでいくのは、大切なものを失うのはもう嫌だから…。どんなに貴重な宝でも人の命には変えられないでしょ?」

青葉は、姉の観月とピンクジュエルの事をぼんやりと考えていると、ある日の事を思い出した。

「覚えてるか?姉ちゃんの『ムーンシルクドレス』が奪われた日の事…」

「うん…」

青葉は家族の写真を壁から外して千歳に見せた。その写真の観月は、『ムーンシルクドレス』を纏って笑っている。

二人は、それを見て悲しくなった。

「もしかしたら、あんな感じで他の呪宝も奪われていったのかも…」

千歳は、やりきれないという思いで一杯になって、拳をつくった。



 

 観月が亡くなってしばらく経たない頃だった。悲しみに暮れている家族の前に、突然黒服の男達が屋敷に押しかけて来た。

男達は三人居て、どの人もサングラスを掛けて素顔を隠している。

「ここにあるものを出せ」

「あなた達は一体…?」

「ある者により依頼を受けた者だ」

二人の父親の洋司は、三人の男達に動じる事はなく、こう答えた。

「ひょっとして、五星財閥の者ですか…?ですが今は私はあなた達に宝飾品や美術品、骨董品をいくらか売って…、今ほとんど残されておりません…」

 洋司は、財閥や美術館に貴重な宝物を幾らか卸していた。だが、近年五星財閥に卸す品が増え、洋司は個人のコレクションを回すようになっていた。


 品が無くなればそのうち、家財道具も取り押さえられる。洋司は、家族を必死に庇おうとした。

「今日はお引き取り願えませんか?」

「それは出来ませんね…」

 男達は土足で部屋に上り込み、宝物庫の中を漁った。洋司と朱里は男達に飛び掛かる事もなく、幼い千歳と青葉を庇い、物音がする方をずっと見ていた。


 そして、男達はもう一度千歳達の前に現れた。男達が持っていたのは、ガラスケースの中に入った『ムーンシルクドレス』だった。

「じゃあ…、この見事なドレスを頂こうか」

観月の形見であるドレスが目の前で奪われても、洋司は怒りや動揺一つ見せなかった。男達に掴み掛かる事もなく、一歩前に出て、淡々とした口調でこう問う。

「強引に奪うのですか、警察に届け出ても構いませんか?」

「ああ…、構わないよ…。その代わり、我々の事は絶対に掴ませない」

黒服の男達は、千歳達家族の事を嘲笑いながら、『ムーンシルクドレス』が入った箱を担いで、帰っていってしまった。

 

 その時、二人は何も出来なかった。もう少し強ければ姉の形見を守る事が出来たかもしれない。だが、二人はあまりにも幼すぎた。未熟で、一人では何も出来ない。そんな自分達が嫌だった。


 そして、二人が失踪した時、同じように黒服の男達が現れ、洋司のコレクションを根こそぎ持っていってしまった。その時も、二人は何も出来なかった。 


 千歳と青葉は、そのコレクションの全てを奪い返そうとは思っていない。ただ、両親が見つかって欲しいと願うだけだった。五星財閥の事を調べているうちに、自分達と同じように宝物を奪われた人々や、大切な人を奪われた人が居る事が分かってきた。


 二人は、自分達の大切なものを取り戻すと同時に、同じように奪われた人達を助けたいのだ。その為に、千歳は怪盗レディ・ピンクジュエルとして活動している。

 その一方で、青葉は警察の側でずっと活動していた。青葉は、最初はピンクジュエルの活動は当然の事のように思っていたが、りんかや涼平、ちえりや厄神警部の話を聞くうちに、だんだん疑問に思ってきた。

「奪われたなら、同じように奪い返していいのか?」

「だって…、そうするしかないじゃないの」

千歳はあたかも当然のようにそう答えた。

「俺達は、あの黒服の男達と同じ事をやってるだけに過ぎないんだ」

青葉は、千歳に言い返した後、やりきれない思いで一杯になった。

「結局…、俺は何をやりたいんだ?本当に守りたいものは何だよ?」

「それが分かったら苦労しないわよ」

「もし、二人が見つからなかったら、千歳姉はどうするんだ?」

「そうだったら、見つかるまで探すまでよ」

千歳は全ては両親の為だという思いで今も行動している。青葉もその気持ちは同じだが、その方法に疑問を持ち始めている。



 しばらくして千歳はぽつりとこう呟いた。

「実はね…、さっきちえりちゃんを助けたんだ。友達でも、家族でもないのにね…、青葉の気持ち、少しは分かった気がする」

「そうだったのか…」

「千歳様、青葉様」

すると、伸人が千歳と青葉の元にやって来た。

「純粋に頑張る二人の姿を、洋司様と朱里様に見せたいものですね…」

 伸人は、千歳が怪盗すると聞いても驚かなかった。普通は止めるはずだが、止めようとはせず、それどころか協力してくれた。呪宝を取り戻して欲しいという依頼を集めて引き受け、また、呪宝を持ち主の所に送ってくれた。


 二人のどんな意見も馬鹿にせず耳を傾けてくれる伸人、その存在が二人を、助けてくれたのは事実だった。

「命よりも大切なものなんてない。大切な人を、ものを取り戻す為に私は頑張っている。その信条だけは絶対に変わらない」

「ああ…、俺もだ」

二人はお互いを見合わせ、強く頷いた。




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