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月光のドレス

 そして、予告の日になった。アクアマリンは、涼平とりんか、それから梨乃と勤と玲奈と共に厄神警部と臼井刑事の元にやって来る。

「厄神警部!」

「おお!アクアマリン君!」

厄神警部は、アクアマリンを見るとすぐさま握手を交わした。

「こんなすぐ会えるとは思わなかったよ」

「ええ、そうですね…」

 月波邸は月見の館とも呼ばれ、月の名所と呼ばれる場所に建っていた。そこの主である望月薫は、月にまつわるものを集めていて、『ムーンシルクドレス』もその一環として買ったのだという。

「あの、『ムーンシルクドレス』を見せて貰いたいのですが…」

「あなた、ピンクジュエルじゃないですよね?」

薫は玲奈を怪しんだ。

 確かに、ピンクジュエルは若い女性の怪盗だが、直接本人を見ていなければ、見た目や身長は分からないだろう。薫は、女性を見るなりピンクジュエルだと怪しんでいる。

 

 薫は仕方なくアクアマリン達を大広間に連れて行った。そこには、額縁のようなケースに入ったドレスが入っていた。それが、『ムーンシルクドレス』で間違いないという。

「そのドレスはどのようにして手に入れたのですか?」

「何って、やり手の実業家から買ったんだよ」

「着る為じゃなくて飾るために買ったのですか?」

「こんなドレスを着れる者がうちには居ないのですよ。娘もこのドレスを着れるほどの年齢ではありません。しかし、現物を見て初めて気づいたのですが…、思ったよりもサイズが小さい」

「娘さんは、お幾つなんですか?」

「二十八歳だよ、もう自立してここにはもう帰って来ない」

アクアマリンはそのやり取りを聞きながら、額縁の中のドレスをじっと見ていた。


 そのドレスは、姉が着ていたもので間違いなかった。観月が亡くなったのは、今の二人と同じ年齢だ。

青葉は、そのドレスを着た観月を鮮明に覚えていた。亡くなった後行方不明になり、もう見つからないと思ったドレスがそこにある。

 それは、現世から抜け出せない観月の姿に似ていた。『ムーンシルクドレス』は、本来の持ち主ではなく、何者かに盗まれて、着られる機会もないままガラスのケースに入れられている。まるで、外の景色に触れられない檻の中に閉じ込められているようだった。

 姉の姿を、声を何度も聞いていた青葉は、胸が痛かった。アクアマリンという立場ではなかったら、今すぐこのドレスをケースから取り出したかった。だが、そうすれば今まで積み上げてきた厄神警部の信頼が一瞬にして崩れてしまう。りんかに正体がバレるかもしれない。また、アクアマリンの正体を知りながらもそれを厄神警部に伝えない涼平を裏切ってしまう。アクアマリンはケースの前で踏みとどまった。

 

 アクアマリンは、ドレスから気を逸らす為に薫と話をする事にした。

「あの、ピンクジュエルがどういう人物かご存知なんですか?」

「何って世間を股にかけるクソ泥だろ?その癖に目立つ色の服装して何がやりたいんだ」

厄神警部や他の大人達には丁寧な口調で話す薫だったが、アクアマリンには汚い口調で話してきた。

 アクアマリンは、大人の汚れた一面を見てしまった気分になった。


 一方、女の子のりんかは『ムーンシルクドレス』を夢中て見ていた。りんかにも、そういう趣味があるのだろうか、アクアマリンはそこまで把握していなかった。

「ドレスが着られずにケースの中に入れられてるなんて…、ドレスが泣いてますね」

りんかは、額縁の中のドレスを見ながらそう呟いた。

「りんかはこのドレスを着れるのか?」

「いやいやいや、私にこんな美しいドレスは似合いませんよ!アクアマリンさん、あなたが着て下さい!あなたには前例があるのです!」

「りんか、業務に集中しろ」

厄神警部は現場で興奮するりんかを叱責した。

「はーい…」

りんかはドレスのケースに背を向けて、屋敷全体を見渡した。


 梨乃は、今まで辺りを注意深く探っていたが、アクアマリンに近づいてこう囁いた。

「青葉君、死んだ人の思いが籠もったものは霊障を与える事があるの。霊感が強い青葉君はそれを受けやすい。また、ドレスを奪った主人とかにもしかしたら何か影響があるかもしれない。気をつけてね」

「霊障…、ですか」

「霊やものに憑いてる力とかが悪さをするの」

「そうなのですか…」

 今まで青葉自身も自分の霊感について疑う事があった。ところが、自分以外にも霊感がある人間である梨乃と出会って、自分が感じているものが間違っていない事が分かった。

 アクアマリンはもう一度『ムーンシルクドレス』のケースを眺めた。観月の霊は何かしようとしているのだろうか。今、アクアマリンの背後には観月の気配は感じられなかった。



 一方、ピンクジュエルは智と一緒に屋根裏で様子を見ていた。

「どうして私に付いて来るんですか?」

「いや、心配だからな…」

ピンクジュエルは床の隙間から『ムーンシルクドレス』がある部屋を覗いていた。そこには、アクアマリンを始め、りんか、涼平、厄神警部、臼井刑事、それから大勢の警官達が構えている。ピンクジュエルは爆薬を投げた後、下に降りようとした。だが、智はそれを止めた。

「そんないきなりいくのか?」

「私はいつでも行けるわ」

 ところが、突然下の様子が変わった。周囲の人々は何かに恐れ、逃げ惑っている。どうやら、何かが現れたようだ。

「怪が現れた…」

智は床の隙間から身を引いた。すると、生物の一部と思われる何かを偶然踏んだ。それに気づいて、振り向くと、そこには猫の姿をした怪が居た。怪は二人を睨みつけ、飛びかかる。


 智は狭い屋根裏部屋の中で鎌を取り出せなかった。智は火や雷を繰り出して怪と争う。その隙にピンクジュエルは逃げ、怪が現れた下の部屋に飛び込んだ。


 そして、どさくさに紛れ込み、『ムーンシルクドレス』を盗み出す。だが、りんかはそれに気づいていた。

「アクアマリンさん!ピンクジュエルが『ムーンシルクドレス』を盗み出しました!」

「何だって?!」

アクアマリンはりんかと一緒にピンクジュエルを追った。ところが、邪魔が入り、アクアマリンはピンクジュエルからどんどん遠ざかってしまう。

 その原因は、兎の怪だった。兎の怪は、明らかにアクアマリンを狙っていて、背後から鋭い牙を剝いて襲う。

「危ない!」

 それに気づいた梨乃は御札を取り出して、兎の怪を爆風で打ちのめした。アクアマリンは動けるようになり、りんかと共にピンクジュエルを追う。

「涼平もピンクジュエルを追おう!」

 涼平はピンクジュエルが逃げても追う気配はなかった。アクアマリンはじれったい気持ちになる。仕方なく、アクアマリンはりんかと共にピンクジュエルを追った。


 だが、今回ばかりはアクアマリンはピンクジュエルを追いたくはなかった。『ムーンシルクドレス』を取り戻したいのは青葉の本心でもあったからだ。だが、今の二人は対立を演じている。ピンクジュエルが逃げるのなら、アクアマリンはそれを追わなければならない。アクアマリンはジレンマに陥りながらも、必死で目の前のピンクジュエルを追っていた。

 


 涼平は静かな眼差しでずっとアクアマリン達を見ていたが、突然薫の目の前に立ちはだかった。そして、強い口調でこう発する。

「ドレス泥棒は望月薫さん、あなたなんでしょう?」

薫は顔を引きつらせ、涼平から目を背けた。

「それは本当なのか?」

臼井刑事が振り返り、薫を見つめる。

「自分達が着ようともしないドレスを誰が買うのですか?」

「じゃあこのドレスは誰のものなんでしょうか?証拠もないのに決めつけるのはいくら探偵だとしてもおかしい」

証拠を求める臼井刑事の前に涼平はあるものを見せた。

 そこには、ある晩餐会で撮られた写真だった。カメラに映る薫とその娘、それから背後に映る大勢の着飾った客達が居る。その中に、『ムーンシルクドレス』を着た少女が映っていた。

「この写真を見て何か思うことはありますか?」

「その写真の娘は亡くなったよ」

薫は、その写真を横目で見て、吐き捨てるようにそう呟いた。

「その遺品を引き継いだという事でしょうか?」

「それは違う!人の遺品を、誰が簡単に売るのですか?!」

涼平の剣幕に押され、臼井刑事は何も言い出せなくなった。


 自らも弟を亡くした涼平の言葉には説得力があった。普段感情をあまり表に出さない涼平も、弟や、同じように亡くなった者に関しては怒りや悲しみの感情を顕にする。

「少なくとも僕は…、亡くなった弟の…、港平のものを簡単に売るような真似はしない!」

薫は返す言葉が無かった、

「この事件…、ピンクジュエルの件と片付けずに詳しく調べる必要があるな…、後で署で詳しく話を聞かせてくれないか?」

「はい…」

薫は臼井刑事と部下の警官達に取り囲まれた。さっきの威厳は亡くなり、心身共に萎縮しているように見える。

 

 臼井刑事はもう一度この写真を見た。

「しかし、この少女は一体誰だったのでしょうか…」

「さぁ、僕は存じ上げませんが」

 そう言いながらも、涼平はこの少女の事は分かっていた。涼平はアクアマリンとピンクジュエルの方をを見る。涼平の中にも、観月のドレスを取り戻して欲しいという気持ちがあった。



 ピンクジュエルは月波邸を出て、夜闇の中走って行く。アクアマリンはりんかと共に必死でピンクジュエルを追っていた。

「アクアマリンさん、大丈夫ですか?!」

りんかは、アクアマリンの様子がいつもと違うと感じ、こう話し掛けた。

 確かにアクアマリンの足は遅く、りんかの方が速かった。普段は、アクアマリンの背中を必死にりんかが追っているのに、今日はそのアクアマリンが自分の後ろに居る。

「あぁ、足が重たくてね…」

「ピンクジュエルは私が追いますよ」

りんかはアクアマリンを置いて、ピンクジュエルを追い掛けて行った。


 今のアクアマリンには、ピンクジュエルを追い掛ける元気は残って居なかった。間を置かずに入った依頼だ。連日の疲れは癒えず、若いアクアマリンの身体にも疲れが溜まっていた。

 それと、今はピンクジュエルを追わなければならないが、追いたくないという本心が身体を支配して、走る気力を失わせる。アクアマリンはその場に座り込み、荒い息を吐いた。

 すると、厄神警部がアクアマリンの所に駆け寄って来た。

「アクアマリン君!大丈夫か?!」

「厄神警部…」

アクアマリンは弱々しい声でそう答えた。

「疲れたのか?他の警官達も追っているが、どうするんだ?」

「私は、大丈夫…」

アクアマリンはゆっくりと立ち上がった。 

「私は、何としてでもピンクジュエルを捕まえなければならない、厄神警部だってそう思っているでしょう?!」

その言葉は、厄神警部の気もちを確認すると同時に、アクアマリン自身を奮い立たせる。

「ああ、分かった。気を付けるんだぞ?」

厄神警部は、アクアマリンはもう大丈夫だと思った。そして、再びピンクジュエルを追わせる。

 アクアマリンは厄神警部の期待に応えようと必死に走った。そして、再びピンクジュエルの姿を捕捉する。りんかはアクアマリンの前でピンクジュエルを追っていた。





 二人と大勢の警官達に追われていたピンクジュエルだったが、灯りが無い所までやって来て、排水溝に飛び込んだ。そして、ドレスを抱えながらそこを泳ぎ、月波邸の敷地から脱出する。

 ピンクジュエルが行き着いた先は、人気の無い公園だった。周囲は真っ暗で、街灯の灯りだけがぽつりと灯っている。


 そこは、千歳と観月の思い出の場所だった。病弱で、人混みの中に入れない観月は、町外れの公園が好きだった。観月が元気だった頃はよく一緒に遊んでいた。

 ピンクジュエルは、帽子と仮面を外してケースの中から『ムーンシルクドレス』を取り出した。『ムーンシルクドレス』は先程まで誰かが着ていたような温もりを感じる。 

 


 千歳はそれを姉の身体のように思いっきり抱き締めた。すると、目の前には、青白く光った観月の幽霊が浮かび上がった。千歳の目にもはっきりとそれが分かる。

「お姉ちゃん…?」

観月の姿は透けていて、触れようとしても触れられない。観月は千歳を見て微笑んでいた。

「千歳…、ずっと会いたかったわ…」

千歳は、『ムーンシルクドレス』を観月に手渡そうとした。

「お姉ちゃん、これずっと探してたんでしょ?返すよ」

ところが首を振った。

「千歳が着て…、私はもう着られないから…」

観月は『ムーンシルクドレス』に手を当て、千歳を見た。

「ありがとう、探してくれて…」

観月は千歳の目の前に来て、頬に触れた。

「私の分まで生きて…」

「お姉ちゃん!」

 観月は青い光の粒となり、千歳の目の前で天に昇って行った。千歳は、『ムーンシルクドレス』を抱き締め、泣きじゃくる。

「何で…、死んだ日と同じ事いうの?!お姉ちゃんだって…、生きたかったんじゃなかったの?!」

 千歳は、観月が亡くなった日も、両親が消えた日も泣かなかった。青葉が泣いている横で、自分は泣いてはならない、強くならなければならないと考え、決して周囲に助けを求めてはならないと思っていた。


 大切な人を失う中で千歳の中には悲しみという感情が抜け落ちてしまった。それだけではない。感情を素直に表す事が苦手になってしまった。

涼平に優しい言葉を掛けられた時、本当は嬉しくてしょうがなかった。だが、自分の思いに素直になれず、怒って突き放した態度をとってしまった。

 大切なものを失う事に慣れないくせに、慣れている振りをしていた。心の傷を埋める事は無意味だと考え、淡々と現実の海を泳いでいた。希望はいつも自分からは遠い所にあって、それは絶対に自分のものにはならないと諦めていた。

 それはまるで、翼はあるのに飛ぶ方法を忘れてしまった鳥のようだった。


 青葉、それから玲奈達四人は、そんな千歳を背後から見守っていた。

「姉ちゃん…」

「ようやく成仏してくれたな」

そう淡々と言う智だったが、顔からは悲しみが漏れ出ていた。

「千歳姉も、姉ちゃんに会えて良かったな…」

青葉はようやく安心して、胸を撫で下ろした。

 


 そして、一同は伸人の車に乗って、海洋邸に戻って行った。千歳は、『ムーンシルクドレス』を握り締め、青葉にこう話す。

「絶対に、お父さんとお母さんを見つけようね」

「もうこれ以上大切な人を失うのはまっぴらだよ」

千歳と青葉は、再び両親を探す事を決意した。

 元々その為にピンクジュエルの活動を行っている。両親が見つからなければ、ピンクジュエルとしての活動は意味がない。

「お父さんとお母さんを探してるの?」

「私達はその為に活動してるんです」

智は、車の中でずっと分厚い本を読んでいたが、それを閉じて千歳の方を見た。

「千歳は昔の俺に似てるな?」

「昔の智さんにですか?」

「大切な人を追い掛けるのも大事だが、本当に大切な人はすぐ近くに居る事を忘れるなよ?」

千歳は、今はその言葉の意味が分からなかった。

 自分にとって大切な人は他でもなく両親だった。両親がいないせいで、今は空っぽの時間を過ごしている。

 それなら、両親以外に大切な人は居るのだろうか。千歳の頭には、兄弟である青葉と観月、それから友達の顔が現れては消えていく。結局、自分にとって大切な人は誰なのだろうか、千歳は考えれば考える程分からなくなっていった。




 そして、車は海洋邸に着いた。千歳と青葉は玄関で四人を見送る。

「皆さんありがとうございました」

「それじゃあまたね、千歳ちゃん、青葉君」

「生瀬さん、竜野ご夫妻、色々とありがとうございました」

四人は、伸人から荷物を受け取り、駅まで歩いて帰って行った。


 

「見つかるといいね、千歳ちゃん達のお父さんとお母さん」

玲奈がそう言うと、智は分厚い本を抱きしめながらこう答えた。

「ああ…、見つかるといいな…」

智の手は震え、顔は強張っている。

「何で伝えられなかったんだ…、伝えるのが俺の役目のはずなのに…」

「智君?」

観月を成仏させる事が出来て、ほっとしていた三人だったが、智だけは安心していなかった。

 智だけ、他のみんなが知らない事実を知ってしまったのだろうか、その顔には不安と後悔の念が宿っていた。



 その晩の事、千歳は『ムーンシルクドレス』を持って寝室に上がった。

「お姉ちゃん…」

千歳は、自分のベッドにドレスを置き、一緒に眠った。

もう、姉の事で心配しなくて良いと思った千歳は、久々に安心して眠れるような気がした。

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