155.出自
白河言外の過去編ラスト。
白河言外と、真弓示現。
二人の出会いにより、変わったことが一つある。
それは――白河言外が、戦場に立つことがなくなったということ。
「正直……君の能力は私の数十段上を行く。おそらくはトップアスリートと同等かそれ以上……。突然変異としか言いようのない、人類として誇らしい身体能力だ。この状態で私が戦場に出張ったところで君の足を引っ張るだけだと判断した」
白河言外が生まれ持って『智』を与えられたなら。
真弓示現は、絶対的な『武』を手に入れた。
当時、示現の年齢は『17』。
日本に照らし合わせると高校生の時分。
その時点ですでに、文字通りの大人顔負けの能力を有していた。
「……ま、いいんだけどよ。テメェの作った武器は使いやすいし、何より一人の方が殺りやすい。他のことを期する必要なんざ無いんだからな」
戦場から帰った示現は、特に気にすることもなくソファーに座る。
元々一人で生きてきた。
今更、それを変えるようなつもりもない。
白河言外に力を貸すと宣言したとて、性分は変わらない。
そんな中での白河の考えは、まさに渡りに船。
限りなくストレスのない『楽』だった。
「で、今度はてめぇは……なにをしてやがるんだ?」
人類を滅亡させる。
人類を支配する。
相反する二つのことを宣言しながら、未だにその方法を明かさぬ白河。
彼は拠点の奥の部屋で、いくつもの試験管を手にしていた。
「私の最終目標は語ったね、示現」
「人類滅亡だろ? イカレてやがると思うけどな」
「残念だが、それは正確ではないね。あくまでもそれは途中の通過点だ」
――通過点。
人類の滅亡が。
その言葉に示現は顔を思いっきりしかめる。
またよく分かんねぇことを言い出しやがった、と。
「この言葉に言う人類とは『猿』を指しての滅亡だ。生きる価値無き雑多を間引き、私や君のような、真に生きるべき能力を持つ者。それらだけで構成された新世界を作り出す。私が支配するに足るだけの世界を造る」
「マンガの見過ぎじゃねぇの?」
すかさず、示現の茶化しが入る。
いや、それは本心だったのかもしれない。
手を貸すとは宣言した。
白河示現をそれ相応に評価もした。
だが、さすがに無理だろうと、示現は考えた。
しかし、その考えすらも白河言外は一蹴した。
「あれらの作品は実に有意義でね。どれだけ常識から外れた悪行であれど、二次元、三次元に位を落とせばどれだけ妄想することも自由となる。そして、その妄想の中で淘汰され、名が売れた作品であればあるほど――そこには実現性だけが表現される」
「……つまり?」
示現が問う。
それに対し、白河は試験管を手に断言した。
「猿を最高率で間引く方法を発見した。しかも、考えれば考えるほどに実現可能な方法だ」
「……へぇ」
よく見れば、白河の後ろにある本棚には、難しい学術の本が主として並べられていたが、明らかに雰囲気の異なる本も何冊か並べられている。
それが漫画、ゲーム、小説と……そう言った類の本なのだろうと示現は思った。
「簡潔に言うと、パンデミックだよ」
「感染症……病気で殺すってわけか?」
「正確には少し違うね。ゾンビだとか、そう言った類の話だ」
ゾンビ。
空想の存在として、示現も知っていた。
というより、ソレを知らない日本人の方が少ないだろう。
少なくない作品に登場し、登場人物を恐怖のどん底へと突き落とす怪物。
死しても死なない、動く死体。
「物理的に、私たち二人が間引ける数は限られる。だから、間引けるだけの頭数を用意する」
「ゾンビの大量生産ってわけか? ……って、そうなるとあれじゃねぇのか? テメェの探す『相応しい人類』って奴らも否応なしに感染しちまうんじゃねぇの?」
どのような方法で感染を促すのかは分からない。
空気感染か、あるいはゾンビのように噛まれなければ感染しないのか。
いずれにしても、あまりに無謀だ。
白河の探す人類が、だれしも身体能力に秀でているわけではない。
だれしも白河のように頭脳に秀でているわけでもない。
無作為に感染し暴れ狂うゾンビでは、彼らの救済が難しくなってしまう。
「ああ。だから考えた。感染先は人間じゃなくていいんじゃないか、と」
白河は、試験体の中溜まった液体を、一滴、スポイトで吸い上げる。
視線を後方へと移動させる。
鉄檻のゲージの中には、目を閉じたまま動かぬ一匹の鼠。
彼は、その鼠へとたった一滴を振り落とした。
「動物だ。彼らを人類にとっての【出典不明の怪物】へと書き換える」
瞬間、鼠の変化は急激だった。
一瞬にして目を開いた鼠は、動物とは思えぬ絶叫を上げ、その体を変質、変貌させていく。
肉が膨れあがり、骨が砕け、再構築され。
見る見るうちに怪物へと変わっていく。
「……マジかよ」
「今はまだ研究途中だが、それでも身体能力はそれなりさ。鼠一匹でも子供一人くらいなら嬲り殺せる。世界中の鼠をコレに変えただけで……さて、どれだけの人類が滅ぶだろうか?」
きっと、大災害どころでは済まないだろう。
それだけの人類が滅ぶ。そんな確信がある。
鼠はゲージを突き破る勢いで暴れだしたが――次の瞬間には示現に弾丸をぶち込まれ、絶命した。
青色の血液が弾け、示現はさらに顔をしかめる。
ああ、これはマジなやつだ、と。
「しかし、人間への感染を予防したところで、今度は物理的な危険がつきまとう。生かす価値のある人類が、一切の抵抗も効かず物理的に殺される――という、展開も考えられる」
「……あー、バカな俺でも分かったぜ。お前が次に考えそうなこと」
示現は察する。
この超が付くほどの馬鹿が。
この紙一重のような天才が。
仮に漫画の類を参考に、人類の滅亡を考えているのだとしたら。
人類の敵を作った。
なら、その次に行うことなんて容易に分かる。
「そうだよ示現。私はね、人類に対抗するための【力】を造る」
獣を怪物に変えるより。
人を大量に虐殺するより。
白河言外にとって、圧倒的な超難題。
個人の力で人類を進化させる。
それの、どれだけ難しいことか。
理性を保ち、正気を保ち。
一切の変化を与えることなく、力だけを付与する。
それは最早、神の御業。
だからこそ。
白河言外は確信していた。
「これが為せれば――私は神をも超越する」
人の身で神の業へと手を伸ばす。
それが到達できたとき。
それは、人類の進化を超えた、神化とも呼べる大偉業。
ゆえに挑戦する価値がある。
真の人類として。
新たな世界の神として。
白河言外は頬を吊り上げる。
「もちろん、だれしも平等には与えない。強い力、弱い力。それぞれ私が考えうる限りを与える。しかしその獲得は、必ず無作為でなくてはならない」
それが、彼の希う人類であろうとも。
それが、彼の嫌う猿であろうとも。
強い力も弱い力も、完全ランダムで分け与える。
その上で、試すのだ。
「そして、死が隣り合わせの絶望の中で、それでも生き延び、自らの価値を示すものが居たのだとすれば――それこそ、私の追い求める人類に相違ない」
「……仮に、テメェの言う猿が、強い力で頭角を現してもか?」
「当然だとも。運に恵まれ、力を得た。その力が新世界で通用するのだとすれば、私はそれを人類と認めよう。そこにどれだけの努力が無かったとしても、ね」
行き過ぎた実力主義。
経過など関係なく。
最終的にふさわしいモノだけを選出する。
ここで重要なのは、白河の持つ一種の『見限りの良さ』。
たとえ、感心するほどの才能者がいたとして。
その人物を見つける手段が一切無くて。
加えてその才能が、怪物蔓延る新世界で通用しないものだとしたら。
――彼は、『ならしょうがない』と切って捨てるのだ。
人類の発見は望ましい。
だが、絶対に、というわけではない。
だって白河は既に、真弓示現を見つけ出したのだから。
もう、人類の実在確認に躍起になる時分は過ぎている。
人類は、居る。
なら、此処から先は新世界を造るための時間だ。
1人より2人を。
50人より100人を。
万人より億人を。
多くの人類を見つけ出すためなら。
数名の人類は、残念だけれど礎にしよう。
悪いとは一切思わない。
それが最適だと考えているし、最高効率だと確信している。
ゆえに、彼は迷わず、歩を止めず。
己が狂気を満面に出せる。
「そうだね。怪物の方を『不典怪異』、力を『異能』と称しようか」
それは150年後の世界において、人類誰しもが知る言葉。
その日を西暦で換算すれば、1990年。
若かりし頃の白河言外。
彼によって、後世150年後までの絶望は作られた。
時系列
2016 異能とアンノウンの出現
2019 絶対化の能力者出現。世界各地に防壁の完成。
2023 特務機関ができる。
2030 ワープホールが発現し始める。
2059 異能学校の設立
2130 南雲巌人、異能に目覚める。