154.人の定義
彼は学校に通わなくなった。
五月蠅い両親はすぐに殺した。
面倒な親戚たちも、まとめて殺した。
彼は、孤児院に入ることにした。
その頃には、誰も白河には近づいて来なくなっていた。
クラス学童の同時死亡事件の生き残り。
加えて一族郎党、全員が突然死と来た。
人為的――とまで考える人物はいなかったが、それでも呪われていると考えるのは当然の帰結だったと思う。
それでも彼が孤児院へと入れたのは、ひとえに当時の院長が呆れるほどに子供想いだったおかげだろう。
「先生、人間、とは何ですか?」
ある日、白河は問うた。
今の自分には分からないことだったから。
人間とは何なのか。
何をもって人間とするのか。
そして、何をすれば人間でないのか。
それをまとめて、院長へ問うた。
「貴方は80以上も年を経ている。何かしら、人生経験から理解できることもあるでしょう」
「……困った質問だね」
当時の院長は、本当に困った様子で頬をかいた。
「考えたこともなかったよ。人間とはなんなのか。……そうだね。知恵を持ち、文化を習得できた地球上唯一の種族……なんてのはどうだろうか?」
「論外ですね」
幼いながら、白河は断言した。
「知恵を持った地球上唯一の生物。そう定義するのなら、今のところ私以外の全員が人間失格だ。私の目から見れば貴方も猿も同位に思う」
「……本当に、こまったなぁ」
彼は、心の底からそう言ったのだろう。
そして、こつんと、白河の頭に優しい拳骨を落とした。
「ダメだよ、言外くん。他人をそんな風に見下したら。君は頭はいいのかもしれないけれど……人間、一人では生きられないものだ。友達くらいはつくらないと」
「…………そう、ですか」
院長の言葉は、とても正論だった。
当時の常識に基づく、模範解答だったろう。
だからこそ。
それは違うと、白河は思った。
そして同時に失望した。
――あなたも、猿か。
その日を境に、白河言外は姿をくらませた。
後日、院長だった男の死体が、彼の自宅付近で発見された。
☆☆☆
人を殺す。
という自覚は無かった。
どちらかと言えば害虫駆除に近い感覚だった。
「これで何匹目だ」
白河言外、16歳。
彼は海外で、弾幕の中に居た。
瓦礫の陰に姿を隠し、新たな弾丸をリロードする。
世界で最も効率的に、人を――猿を駆逐できる方法。
それが戦争であると、彼はすぐに理解した。
彼はありとあらゆる手段を用いて海外へと飛び。
一族郎党からかき集めた金をつぎ込み、武器を買い。
13の頃には、既に戦場に立っていた。
元々彼は、腕っぷしは強くない。
だから考えた。
効率的に猿を殺せる方法を。
自分が危険から離れつつ、確実に殺す方法を。
彼は手元のスイッチを押す。
瞬間、遠方から連続して爆発音が響き、弾幕は一瞬にして掻き消えた。
その瞬間を見計らって手榴弾を投擲。
それは寸分たがわず敵の足元へと転がり、一撃で部隊を全滅へと追いやった。
白河言外が自作した、威力を極限まで向上させた爆薬。
様々なデメリットこそあれど、手榴弾一つで敵部隊を殺せる程度には威力がある。
彼は物陰から出ると、末端に居た敵兵士から順にとどめを刺してゆく。
爆発の中心へと向かえば、もはや人の形もとどめていないモノばかり。
それらを一瞥し、彼は煙草に火をつけた。
既に3年。
3年間、人を殺して回ってる。
既に人間という種には失望した。
誰一人として、本当の人間が見つからなかったから。
だから、もうあきらめて殺すことにした。
もしも、猿ではない本当の人間が居たのだとしたら――
「――動くな」
それは、突然の異変だった。
白河は思考の途中で、後頭部へ銃を突き付けられた。
「……」
「無反応。驚き過ぎて声も出ないか。あるいは――だな」
背後から声がする。
男の声だ。
しかも驚くべきことに、自分とさほど変わらない年齢に聞こえた。
「……どうしてだ。生存者はいないことを確認してる」
「そりゃそうさ。俺はこの一団のお仲間じゃねぇ。たまたま偶然通りすがった人殺しさ。……いいや、しがない野盗ってやつかね。実際のところ」
おそらくは、20手前。それどころか十代前半かもしれない。
それにもかかわらず、この太々しさ。この精神力。
そして、ありとあらゆる探知機器を装備した今の白河をもってして、銃口を突きつけられるまで気づけなかった身のこなし、戦闘能力。きわめて高いと確信できた。
「日本語――日本人か、君は」
「名乗る必要、あるかい? どーせ今からお前は死ぬだろ。間違いなく」
背後から殺意が膨れ上がる。
されど、脅威には感じなかった。
どころか、感じたのはいまだかつてない歓喜の嵐。
銃口を突きつけられながら、それでも白河は振り返った。
「おっ、おい! 動くなって分かんねぇのか――」
「君、名前は?」
気が付けば、少年の手を取っていた。
生まれてから、既に16年。
それは生まれて初めての感動だった。
もしかしたらこの少年は――人間かもしれない。
話が通じる予感がある。
自分より優れたものを持っている確信がある。
彼は、定義も分からず、境界も曖昧な『人』という括りの、内側に居るかもしれない。
根拠も理由も、何も無い。
ただ、人としての本能。
直感で察した。
この男を逃してはならない、と。
引いた様子の少年野盗。
彼の手を強く握ったままの状態で。
未だ銃口を突きつけられたままの状態で。
それでも白河は、感情に任せて口を開いた。
「力を貸してほしい――人類を滅ぼしたいんだ」
「…………………はぁ?」
☆☆☆
少年は、真弓示現と名乗った。
「……気持ち悪ッる」
野盗の少年は、顔を顰めて吐き捨てる。
というより、明らかに頭がとち狂っている白河を前に、考えるより先に言っていた。
「てめぇ、イカれてるよ」
「ふむ。それは考えたことがなかったな」
「そーいう所だぜ、テメェのぶっ飛んでるところはよ」
真弓と名乗った少年は、今もなお銃口を白河へと突きつけている。
名を教えようと、会話を交わそうと。
決して油断せず、命を握ったら話さない。
生粋の殺し屋。
戦場で生き延びてきた少年野盗。
その肩書きは伊達ではなかった。
「自分が他より頭がいいから、他の奴らを全員皆殺しにするってか? なんだてめぇ、今どきの小学生だってもうちょいマシなこと考えるぜ?」
常に殺意を胸に抱き。
少しでも動こうものなら迷うことなく撃ち殺す。
その冷たい瞳からは、そういった感情が透けて見えていた。
「……話を交わせば、多少なりとも隙が出来ると思ったんだがな。君は野生の肉食動物のようだな。まるでハイエナだ」
銃声が響く。
気がつけば白河の頬からは真っ赤な鮮血が溢れ出していて、真弓の持つ銃からは硝煙が上がっていた。
「そりゃ、ハイエナに失礼ってもんだ。で、話したいことはそれだけか? 同郷のよしみで聞いてやるのはこれまでだぜ?」
「…………」
白河は、珍しく長考した。
どうすれば死を回避できるのか――ではなく。
どうすれば、この男を『人間である』と証明できるのか――について、長考した。
死ぬことは怖くない。
自分が死のうと、他が死のうと。
結局、低俗な現代から離れられることには変わりないから。
だが、それでも惜しかった。
「示現。君は――人間とは何だと思う?」
この男を、人間であると証明したい。
その一心で、白河は問うた。
それに対し、真弓は銃を構えたままで即答する。
「人は人だろ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」
「考えたことは無いのか。奴らは気狂う程に低脳だと。なぜそんなことが出来ない。なぜそんなことしか出来ないのか、と」
考えたことも無い――と。
彼は即答しなかった。
真弓は銃を構えたまま、目を細める。
「星を創ったのが神であるなら、人を造作したのが彼らなら、私は神に提言する者だ。低能な猿に思考も知性も不要だと。皆が皆、私の支配下の元に正しく生きるべきだと。それこそが何よりの正道であると」
再び、銃声が鳴る。
白河の腿を弾丸が撃ち抜く。
激痛が走り、鮮血が飛び散る中……それでも白河は表情を変えない。ただ、真っ直ぐに真弓を見ていた。
「私は神に反逆する。私こそが神であり、威を示す者であると」
「…………本気……なんだろうな、その目は」
狂気も過ぎれば純心と成る。
純粋の入る余地なき、全霊の狂気。
腿を撃ち抜かれ、出血も少量では無い。
尋常ではない。
その事実が、現実が。
示現の頬を緩ませた。
「人は何かと聞いたな。知らねぇよ。俺はただ生きていたいだけさ。楽して、楽しく、生きていたい。それ以外にゃ興味がねぇ」
少年を動かすのは、快楽主義。
生きていたい、楽をして。
これ以上ない、愉悦に塗れて。
だけど、誰かの下につくのは嫌だ。
命令されるのも好まない。
まるで社会不適合者の代表例のような思考回路から、彼は戦場を選びとった。
「ここはいいぜ。俺より強い奴が居ねぇ。俺が頂点で、事実、ガキの俺が今の今まで生きている」
誰かに従う必要、無し。
ここは狂気に満ちている。
とても楽しい、人の愛憎。
それだけが蔓延している。
「人を殺すのはいいよな。楽しいかって言ったら……まぁ、よくわかんねぇけど、なにより楽だ。殺して奪えば生きていける。これ以上無い最高に楽な人生だ」
「…………」
そこまで語って、彼は銃を下ろした。
真っ直ぐに白河を見下ろして。
緩めた頬を、吊り上げ笑った。
「てめぇは、俺の楽なだけな人生に、新たに『楽しみ』をくれるってのかい?」
白河は答える。
「私たち以外の人類の滅亡。それを指して【楽しみ】と論ずるならば、保証しよう」
「はっ、まるで夢物語だな」
その答えを、真弓はどう捉えたのか。
言葉にするなら『よく分からない奴』だろうか。
理解が追いつかない。
なんてったって、狂っているから。
ただ、それでも。
「退屈だけは……しなさそうだな」
コイツは多くを得るだろう。
多くの者を切り捨てて。
多くの他人を殺し尽くして。
権も財も何もかも、得られる限りのものを得るだろう。
それだけのイカレっぷりだと理解した。
そして同時に、期待した。
その人生で最絶頂のこの男を殺せば……どれだけの楽ができるだろうか。
気がつけば、真弓は手を差し出していた。
腿を撃ち抜かれた白河の手を取り、引っ張り起こす。
「決めたぜ、てめぇは俺が殺す。俺が生かし、俺が守り、俺が肥らせ、俺が殺す。嘘は好きだが、この言葉にだけは二言はねぇ」
「……とりあえず足の治療をしても良いかな。とても痛いんだ」
そして、狂人二人が揃い踏み。
思想は違えど、同じ方向を向いて歩き出す。
狂ってんなぁー……。




