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ワールド・レコード  作者: 藍澤 建
紡ぐ物語
156/162

154.人の定義

 彼は学校に通わなくなった。

 五月蠅い両親はすぐに殺した。

 面倒な親戚たちも、まとめて殺した。


 彼は、孤児院に入ることにした。


 その頃には、誰も白河には近づいて来なくなっていた。


 クラス学童の同時死亡事件の生き残り。

 加えて一族郎党、全員が突然死と来た。

 人為的――とまで考える人物はいなかったが、それでも呪われていると考えるのは当然の帰結だったと思う。

 それでも彼が孤児院へと入れたのは、ひとえに当時の院長が呆れるほどに子供想いだったおかげだろう。


「先生、人間、とは何ですか?」


 ある日、白河は問うた。

 今の自分には分からないことだったから。

 人間とは何なのか。

 何をもって人間とするのか。

 そして、何をすれば人間でないのか。


 それをまとめて、院長へ問うた。


「貴方は80以上も年を経ている。何かしら、人生経験から理解できることもあるでしょう」

「……困った質問だね」


 当時の院長は、本当に困った様子で頬をかいた。


「考えたこともなかったよ。人間とはなんなのか。……そうだね。知恵を持ち、文化を習得できた地球上唯一の種族……なんてのはどうだろうか?」

「論外ですね」


 幼いながら、白河は断言した。


「知恵を持った地球上唯一の生物。そう定義するのなら、今のところ私以外の全員が人間失格だ。私の目から見れば貴方も猿も同位に思う」

「……本当に、こまったなぁ」


 彼は、心の底からそう言ったのだろう。

 そして、こつんと、白河の頭に優しい拳骨を落とした。


「ダメだよ、言外くん。他人をそんな風に見下したら。君は頭はいいのかもしれないけれど……人間、一人では生きられないものだ。友達くらいはつくらないと」

「…………そう、ですか」


 院長の言葉は、とても正論だった。

 当時の常識に基づく、模範解答だったろう。

 だからこそ。

 それは違うと、白河は思った。


 そして同時に失望した。




 ――あなたも、猿か。




 その日を境に、白河言外は姿をくらませた。


 後日、院長だった男の死体が、彼の自宅付近で発見された。




 ☆☆☆




 人を殺す。

 という自覚は無かった。

 どちらかと言えば害虫駆除に近い感覚だった。


「これで何匹目だ」


 白河言外、16歳。

 彼は海外で、弾幕の中に居た。

 瓦礫の陰に姿を隠し、新たな弾丸をリロードする。


 世界で最も効率的に、人を――猿を駆逐できる方法。

 それが戦争であると、彼はすぐに理解した。


 彼はありとあらゆる手段を用いて海外へと飛び。

 一族郎党からかき集めた金をつぎ込み、武器を買い。

 13の頃には、既に戦場に立っていた。


 元々彼は、腕っぷしは強くない。

 だから考えた。

 効率的に猿を殺せる方法を。

 自分が危険から離れつつ、確実に殺す方法を。


 彼は手元のスイッチを押す。

 瞬間、遠方から連続して爆発音が響き、弾幕は一瞬にして掻き消えた。

 その瞬間を見計らって手榴弾を投擲。

 それは寸分たがわず敵の足元へと転がり、一撃で部隊を全滅へと追いやった。


 白河言外が自作した、威力を極限まで向上させた爆薬。

 様々なデメリットこそあれど、手榴弾一つで敵部隊を殺せる程度には威力がある。

 彼は物陰から出ると、末端に居た敵兵士から順にとどめを刺してゆく。

 爆発の中心へと向かえば、もはや人の形もとどめていないモノばかり。


 それらを一瞥し、彼は煙草に火をつけた。



 既に3年。

 3年間、人を殺して回ってる。



 既に人間という種には失望した。

 誰一人として、本当の人間が見つからなかったから。

 だから、もうあきらめて殺すことにした。

 もしも、猿ではない本当の人間が居たのだとしたら――




「――動くな」




 それは、突然の異変だった。

 白河は思考の途中で、後頭部へ銃を突き付けられた。


「……」

「無反応。驚き過ぎて声も出ないか。あるいは――だな」


 背後から声がする。

 男の声だ。

 しかも驚くべきことに、自分とさほど変わらない年齢に聞こえた。


「……どうしてだ。生存者はいないことを確認してる」

「そりゃそうさ。俺はこの一団のお仲間じゃねぇ。たまたま偶然通りすがった人殺しさ。……いいや、しがない野盗ってやつかね。実際のところ」


 おそらくは、20手前。それどころか十代前半かもしれない。

 それにもかかわらず、この太々しさ。この精神力。

 そして、ありとあらゆる探知機器を装備した今の白河をもってして、銃口を突きつけられるまで気づけなかった身のこなし、戦闘能力。きわめて高いと確信できた。


「日本語――日本人か、君は」

「名乗る必要、あるかい? どーせ今からお前は死ぬだろ。間違いなく」


 背後から殺意が膨れ上がる。

 されど、脅威には感じなかった。

 どころか、感じたのはいまだかつてない歓喜の嵐。

 銃口を突きつけられながら、それでも白河は振り返った。


「おっ、おい! 動くなって分かんねぇのか――」

「君、名前は?」


 気が付けば、少年の手を取っていた。

 生まれてから、既に16年。

 それは生まれて初めての感動だった。


 もしかしたらこの少年は――()()()()()()()()


 話が通じる予感がある。

 自分より優れたものを持っている確信がある。

 彼は、定義も分からず、境界も曖昧な『人』という括りの、内側に居るかもしれない。


 根拠も理由も、何も無い。

 ただ、人としての本能。

 直感で察した。


 この男を逃してはならない、と。


 引いた様子の少年野盗。

 彼の手を強く握ったままの状態で。

 未だ銃口を突きつけられたままの状態で。


 それでも白河は、感情に任せて口を開いた。




「力を貸してほしい――人類を滅ぼしたいんだ」


「…………………はぁ?」




 ☆☆☆




 少年は、真弓(まゆみ)示現(じげん)と名乗った。


「……気持ち悪ッる」


 野盗の少年は、顔を顰めて吐き捨てる。

 というより、明らかに頭がとち狂っている白河を前に、考えるより先に言っていた。


「てめぇ、イカれてるよ」

「ふむ。それは考えたことがなかったな」

「そーいう所だぜ、テメェのぶっ飛んでるところはよ」


 真弓と名乗った少年は、今もなお銃口を白河へと突きつけている。

 名を教えようと、会話を交わそうと。

 決して油断せず、命を握ったら話さない。

 生粋の殺し屋。

 戦場で生き延びてきた少年野盗。

 その肩書きは伊達ではなかった。


「自分が他より頭がいいから、他の奴らを全員皆殺しにするってか? なんだてめぇ、今どきの小学生だってもうちょいマシなこと考えるぜ?」


 常に殺意を胸に抱き。

 少しでも動こうものなら迷うことなく撃ち殺す。

 その冷たい瞳からは、そういった感情が透けて見えていた。


「……話を交わせば、多少なりとも隙が出来ると思ったんだがな。君は野生の肉食動物のようだな。まるでハイエナだ」


 銃声が響く。

 気がつけば白河の頬からは真っ赤な鮮血が溢れ出していて、真弓の持つ銃からは硝煙が上がっていた。


「そりゃ、ハイエナに失礼ってもんだ。で、話したいことはそれだけか? 同郷のよしみで聞いてやるのはこれまでだぜ?」

「…………」


 白河は、珍しく長考した。

 どうすれば死を回避できるのか――ではなく。

 どうすれば、この男を『人間である』と証明できるのか――について、長考した。


 死ぬことは怖くない。

 自分が死のうと、他が死のうと。

 結局、低俗な現代から離れられることには変わりないから。


 だが、それでも惜しかった。


「示現。君は――人間とは何だと思う?」


 この男を、人間であると証明したい。

 その一心で、白河は問うた。

 それに対し、真弓は銃を構えたままで即答する。


「人は人だろ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」

「考えたことは無いのか。奴らは気狂う程に低脳だと。なぜそんなことが出来ない。なぜそんなことしか出来ないのか、と」


 考えたことも無い――と。

 彼は即答しなかった。

 真弓は銃を構えたまま、目を細める。


「星を創ったのが神であるなら、人を造作したのが彼らなら、私は神に提言する者だ。低能な猿に思考も知性も不要だと。皆が皆、私の支配下の元に正しく生きるべきだと。それこそが何よりの正道であると」


 再び、銃声が鳴る。

 白河の腿を弾丸が撃ち抜く。

 激痛が走り、鮮血が飛び散る中……それでも白河は表情を変えない。ただ、真っ直ぐに真弓を見ていた。



「私は神に反逆する。()()()()()()()()()()()()()()()()と」



「…………本気……なんだろうな、その目は」


 狂気も過ぎれば純心と成る。

 純粋の入る余地なき、全霊の狂気。

 腿を撃ち抜かれ、出血も少量では無い。


 尋常ではない。


 その事実が、現実が。

 示現の頬を緩ませた。


「人は何かと聞いたな。()()()()()。俺はただ生きていたいだけさ。楽して、楽しく、生きていたい。それ以外にゃ興味がねぇ」


 少年を動かすのは、快楽主義。

 生きていたい、楽をして。

 これ以上ない、愉悦に塗れて。


 だけど、誰かの下につくのは嫌だ。

 命令されるのも好まない。


 まるで社会不適合者の代表例のような思考回路から、彼は戦場を選びとった。


「ここはいいぜ。俺より強い奴が居ねぇ。俺が頂点で、事実、ガキの俺が今の今まで生きている」


 誰かに従う必要、無し。

 ここは狂気に満ちている。

 とても楽しい、人の愛憎。

 それだけが蔓延している。


「人を殺すのはいいよな。楽しいかって言ったら……まぁ、よくわかんねぇけど、なにより楽だ。殺して奪えば生きていける。これ以上無い最高に楽な人生だ」

「…………」


 そこまで語って、彼は銃を下ろした。

 真っ直ぐに白河を見下ろして。

 緩めた頬を、吊り上げ笑った。



「てめぇは、俺の楽なだけな人生に、新たに『楽しみ』をくれるってのかい?」



 白河は答える。


「私たち以外の人類の滅亡。それを指して【楽しみ】と論ずるならば、保証しよう」

「はっ、まるで夢物語だな」


 その答えを、真弓はどう捉えたのか。

 言葉にするなら『よく分からない奴』だろうか。

 理解が追いつかない。

 なんてったって、狂っているから。


 ただ、それでも。


「退屈だけは……しなさそうだな」


 コイツは多くを得るだろう。

 多くの者を切り捨てて。

 多くの他人を殺し尽くして。

 権も財も何もかも、得られる限りのものを得るだろう。

 それだけのイカレっぷりだと理解した。


 そして同時に、期待した。



 その人生で最絶頂のこの男を殺せば……どれだけの楽ができるだろうか。



 気がつけば、真弓は手を差し出していた。

 腿を撃ち抜かれた白河の手を取り、引っ張り起こす。



「決めたぜ、()()()()()()()()。俺が生かし、俺が守り、俺が肥らせ、俺が殺す。嘘は好きだが、この言葉にだけは二言はねぇ」


「……とりあえず足の治療をしても良いかな。とても痛いんだ」



 そして、狂人二人が揃い踏み。

 思想は違えど、同じ方向を向いて歩き出す。

狂ってんなぁー……。

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[一言] 更新ペース早くて嬉しいけどむりはなさらないように気を付けてください、上から目線みたいだったらごめんなさい( ;´・ω・`)
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