テレーゼとジェイドのデート大作戦! 4
結果。
「おいしかったー!」
「それはよかったです」
カフェを出たテレーゼが歓声を上げる隣では、財布をポケットに入れたジェイドが朗らかに笑っていた。
おしゃべりしながら列に並んで待つこと三十分。期待に胸を膨らませて入店したカフェは雰囲気もよく、メニューも豊富だった。
スイーツや甘めのドリンクを多く取りそろえているのはもちろんのこと、男性でも食べられそうな甘さ控えめのケーキもあったし、軽食にもなりそうな野菜を挟んだパンやスープ、パスタもあった。これなら、甘いものが好きなリズベスはもちろん、ライナスも楽しむことができるだろう。
そういうことでテレーゼはクリームがたっぷり載ったベリーショートケーキと紅茶、ジェイドはレタスやトマトをパンで挟み甘酸っぱいドレッシングを掛けた軽食を注文し、おいしくいただいた。
支払いの際にはジェイドが「私が払いますよ」と言ったが、断固拒否した。自分の食べたものの代金は自分で払う。明日のおやつ代をカットするつもりで財布を持ってきたので、ジェイドに甘えるつもりはなかった。
「本当においしかったわね! ……あ、そういえばジェイド、お会計の時に店員さんから何かもらってた?」
会計ではテレーゼが先、ジェイドが後で代金を支払ったのだが、ジェイドが店員に何か頼み、受け取っているのが見えたのだ。それを指摘すると、ジェイドは笑顔で頷いて胸ポケットから折りたたんだ紙を出した。
「はい。ライナスに渡すためにと思って、店舗情報カードと簡易メニューをもらいました」
「えっ」
ジェイドが差し出してくれたものを何気なく受け取ったテレーゼははっとして、ジェイドの顔を見、そして今自分が受け取ったばかりの紙を見つめる。
片方は、二つ折りの紙。広げると、全てのメニューとまではいかずとも、店長おすすめの料理が一覧で書かれていた。もう一つは長方形の小さなカードで、店の名前や所在地、定休日などが記されている。
(そ、そっか! こういうのを渡せば、ライナスも計画を立てやすいものね!)
おいしかった、値段もお手頃だった、店の位置はだいたいこの辺、とアバウトな情報しか頭に残っていないテレーゼと違い、ジェイドはちゃんと文字情報を残していたのだ。
「ジェイド、すごいわ……私、こういうのをもらうっていう発想もなかったわ」
「すごいというほどでもありませんよ」
「そんなことないわ! ジェイドがいなくて私一人だったら、自分一人楽しんで終わりだったと思うわ」
それ以前に、テレーゼ一人だと店に辿り着くことすらできなかった可能性だってある。
食事の時にもちゃんとライナスたちのことを考えていたジェイドと違って、おいしいおいしい言いながら食べるだけだった自分が情けなくなる。
紙を持ったままテレーゼがしゅんとしていると、手の中から紙とカードがそっと奪われた。顔を上げると、まなじりを緩めてこちらを見つめてくるジェイドの顔が。
「それでいいですよ」
「……え?」
「言ったでしょう? ライナスの担当は私で、あなたはリズベス嬢の立場と気持ちになればいいのです。料理がおいしかった、内装が可愛らしかった、待つかもしれないので当日の衣装には気を付けた方がいい……そういったことを考えるのが本日のあなたの仕事だったのですから」
「……そうだけど」
「あなたはちゃんと、ご自分の仕事をなさいました。そして私は私で、自分の仕事をしただけですよ」
ね? と小首を傾げて言われると――胸の中でもやもやと渦巻いていた「後悔」がすうっと晴れていった。
メニューを見たとき、「これとこれはリズベスが好きそう」と思った。
内装を見て、「ランチョンマットが可愛い」と思った。
しばらく列に並んだので、「ヒールが低めの靴で良かった」と思った。
(……私、ちゃんとやるべきことをできていたのね)
「……うん。あのね、ジェイド! 私今日部屋に帰ったらすぐに、レポートを書くわ!」
「レポートですか」
「ええ! 今日ジェイドと一緒に歩いた道を全部思い出して、そのとき思ったこととか感じたことを書き出すの! それでね、ジェイドがライナスにデートプランを提案した後、私もリズベスにアドバイスするのよ!」
実際に店に行き、並び、料理を食べたテレーゼだからこそ言えることがある。リズベスとライナスの恋路を応援することができる。
使命感に瞳をキラキラ輝かせるテレーゼをジェイドは優しい眼差しで見、頷いた。
「ええ、それこそがあなたの仕事ですからね」
「そうよ! ……さあ、こうしてはいられないわ! お腹も膨れたことだし、次のお店に行くわよ!」
さっきまでの落ち込んだ雰囲気から一転、えいえいおー! と元気よく歩き出したテレーゼの背中を、ジェイドはほんの少し目を細めて見つめていた。
「ライナス、少しいいか」
訓練の後でライナスを呼び止めると、彼は怪訝そうな顔でこちらにやってきた。
「何でしょうか。先ほどの打ち合いで、何か気になることでもありましたか」
「いや、そうではない。……ライナス、これを」
ジェイドはライナスを木陰まで呼び、ベンチに置いていた自分の上着のポケットから折りたたんだ紙を出して渡した。
「おまえ、今度リズベス・ヘアウッド嬢とデートに行くんだろう。これ、よかったら参考にしてくれ」
「…………はい?」
「おまえ、今度リズベス――」
「あ、いえ、ちゃんと聞こえていましたよ」
いつも落ち着いていてどこか達観した態度を取っているライナスらしくもなく、慌てた様子だ。
彼は何気なく差し出した手を瞬時に引っ込め、シャツの裾でごしごしと手のひらを拭ってからジェイドから紙を受け取った。それを開いて数行読んだライナスは、躊躇いがちに顔を上げる。
「……ええと、つまりこれって、僕のためにジェイド様が作ってくださったんですよね?」
「ああ。といっても実際にどういうデートにするかはおまえとリズベス嬢次第だ。デートプランを立てる際の資料にでも使ってくれたら嬉しい」
「え、あの、はい、ありがとうございます。でも、その……これ、ジェイド様がお一人で?」
「いや、テレーゼ様にも手伝ってもらった」
「テッ」
いよいよライナスは挙動不審になり、面妖な悲鳴を上げた後、紙を折りたたんで丁寧にズボンのポケットに入れつつ、そわそわしていた。
「……その、ジェイド様ってテレーゼ様とそこまで行かれていたんですか」
「徒歩だったが、たいした距離じゃないぞ。まあ、帰りはさすがに馬車を拾ったがな」
「そうじゃないです。……そうじゃないけど……いえ、やっぱりなんでもないです」
ライナスは何か言いたそうな顔をしていた。ものすごく、何か言いたそうな顔をしていた。
だが最後には言葉を飲み込んだようで、ぺこりと頭を下げた。
「……改めて、ありがとうございました、ジェイド様。その……初めてだから緊張していますけれど、僕、リズベスさんが喜ぶようなデートにします」
「ああ、おまえならできるはずだ。頑張れ」
ジェイドはしっかりと頷き、ライナスを見送った。そして腕を組み、よく晴れた空を見上げる。
ライナスには何度も感謝されたが、ある意味ジェイドにとっても役得のある仕事だった。
友人たち、家族、使用人、大公――様々な人に守られ、愛され、大切にされているテレーゼ。そんな彼女を半日だけだが、独占することができた。
春の日差しのように暖かくて明るいテレーゼが自分の名を呼び、隣を歩き、おしゃべりをし、いろいろな表情を見せてくれた。それだけで、ジェイドは満足だった。
少し離れたところから、上司が自分を呼ぶ声がする。
「今参ります」
凛々しい声で返事をし、ジェイドは歩き出した。
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