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その後、オレリアスは、夕方近くまで商店街を歩いた。
気を紛らわせてから館に行こうと思ったのだが、今度こそ謝らなければと思えば思うほど、足は館から遠のいた。
そこで、オレリアスは、ちょうど見つけた灰色の玉飾りを衝動買いした。それは、帯に引っ掛けられるよう財布の端に取り付ける飾りで、その玉の色がクイの瞳にそっくりだった。透明な色の濃淡も、灰色の核も。これを見ていると、彼女に見つめられているような気がしてきて、オレリアスは、しばらくそれを陽にかざして眺めていた。
そうしていると、いつしか、あの男の目を連想しないでいられるようになった。
(……行くか。)
夕日を受けた館は、閑散としていた。
クイの警護の兵もいなくなっていたし、女官たちは夕食の準備に追われている。
オレリアスは、誰ともすれ違うことなく、クイの部屋までやってくると、
「クイ。いるか?」
と扉に声をかけた。
待ってみても返事はない。
もしかしたら、とっくにウテリア領を出て行ってしまったのか、慌てて扉を開くと、すぐそこのソファにクイはいた。小さくまとめた荷物を横に置いて、クイは、魂が抜けたような、ぼんやりとした顔で座っている。
「なんだ、いたのか。」
オレリアスが内心ホッとして扉を閉めると、クイは、オレリアスの方を向いて、不安そうな、落ちつかなげな顔をした。
(そうか……。ここまで追い詰めたのは、俺か。)
クイがどんな気持ちでここにいたのか。
それを想像すると、オレリアスは、何も言えなくなった。さっきまで、「大丈夫だ。」とか「もう気にしなくていい。」とか、優しい言葉をかけるつもりでいたのに、その用意した言葉すら出てこない。
(何をしているんだ、俺は。)
オレリアスは黙ったまま、クイの正面のソファに腰掛けた。
生気のないクイの瞳が、オレリアスを見つめている。
手の中の飾り玉に視線を落とすと、それは、本当にクイの瞳によく似ていた。
オレリアスは、クイもその玉を見ていることに気づいて、それを机の上に置いた。
「これはな、お前の瞳の色にそっくりだと思って、買ってしまったんだ。いるかい?」
言うつもりのなかった言葉。
自分の瞳の色など見えるはずもないのに、クイは、
「……う、うん。……ありがとう。」
と、オレリアスの押し付けた優しさに頷いた。
(ああ、何をやっているんだろう。)
オレリアスは、ため息をついた。
ちゃんと謝るつもりでいたのに、また物に頼って誤魔化している。
オレリアスは、そっとクイの手の中に飾り玉を入れてやった。
本当は、こんなものでなく、もっと優しい言葉をかけてやりたいのに。
「あのな、クイ。……ブラッドがな……。」
言い始めて、オレリアスは頭を掻いた。
「ブラッドというのは、医者をしている友達なんだが……、お前が魔草を摘んできてくれたら、とても助かると言っていたよ。ここは、薬の行商が月に一度しか来ないから、よく薬が不足するんだそうだ。」
すると、クイが顔を上げた。
「私、ここにいてもいいの?」
「もちろんだ。結界士のことなら、もういいんだ。お前はよく働いてくれたし、新たに結界士が必要なら、領主を代替わりさせればいい。まあ、そうなったら、今度こそヒューは逃げられないだろうが、俺としては、その方が助かるんだ。軍将の仕事に専念できる。」
話している間にも、クイの目に涙があふれる。
「……ほ、本当に、いいの?」
「ああ、ここにいればいい。正直言うと、俺は、お前を気に入っているんだ。お前は、俺や魔獣の返り血も怖くないだろう? 俺はお前となら、うまくやっていけると思っている。もちろん、今回のような隠し事はごめんだが……。」
ここだけはキッチリと釘を刺して、オレリアスは、にこりと微笑んだ。
ずいぶん遠回りをしてしまったが、やっと素直な気持ちを伝えられた。
きっと、クイも、想われていることを知って、喜んでいることだろう。
しかし、なぜか、クイは動きを止めたままだった。
「あ!」
「あ?」
「……分かった。」
「何が?」
「今日のキス……。」
「?」
「……わ、私、試されていたんだ。」
今日のキス。
それは、会議室で。
あのとき、オレリアスは、魔獣の返り血まみれで現れて、クイに乱暴なキスをした。
「うっ。」
オレリアスは、後ろめたさから、うろたえた。
「ま、まあな。お、お前は、少しだけ、俺が怖いらしいが、あれぐらいなら、まあいい。許容範囲だ。」
しかし、クイは、真っ赤になった。
「わ、わわわ、私、オレリアスが、あ、あああ、あんなことをするから、て、ててて、てっきり、キ、キスより先を望んでいると思って、そ、そそそ、それで……。」
「は?」
「だ、だだだ、だから、その。」
「キスより先と言ったか?!」
オレリアスが聞き返すと、クイは、両手で顔を隠した。
「……う、うん。」
それを理解するのに、丸三秒かかった。
「じゃあ、何か?! 俺が、あ、あんなところで?!」
会議室は、公務の場所だ。
「するわけないだろう!」
怒りがこみあげてくる。
「……わわわ。」
「お前、それで、少しだけ怖いと言ったのか?!」
「……あわわわ。」
「お前、少しだけなのか?!」
「……あわわわわ。」
「女なら、もっと抵抗しろ!!」
オレリアスが大声で叱り飛ばすと、その衝撃に、クイはソファに吹き飛ばされた。




