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6-9

 その後、オレリアスは、夕方近くまで商店街を歩いた。

 気を紛らわせてから館に行こうと思ったのだが、今度こそ謝らなければと思えば思うほど、足は館から遠のいた。

 そこで、オレリアスは、ちょうど見つけた灰色の玉飾りを衝動買いした。それは、帯に引っ掛けられるよう財布の端に取り付ける飾りで、その玉の色がクイの瞳にそっくりだった。透明な色の濃淡も、灰色の核も。これを見ていると、彼女に見つめられているような気がしてきて、オレリアスは、しばらくそれを陽にかざして眺めていた。

 そうしていると、いつしか、あの男の目を連想しないでいられるようになった。

(……行くか。)


 夕日を受けた館は、閑散としていた。

 クイの警護の兵もいなくなっていたし、女官たちは夕食の準備に追われている。

 オレリアスは、誰ともすれ違うことなく、クイの部屋までやってくると、

「クイ。いるか?」

と扉に声をかけた。

 待ってみても返事はない。

 もしかしたら、とっくにウテリア領を出て行ってしまったのか、慌てて扉を開くと、すぐそこのソファにクイはいた。小さくまとめた荷物を横に置いて、クイは、魂が抜けたような、ぼんやりとした顔で座っている。

「なんだ、いたのか。」

 オレリアスが内心ホッとして扉を閉めると、クイは、オレリアスの方を向いて、不安そうな、落ちつかなげな顔をした。

(そうか……。ここまで追い詰めたのは、俺か。)

 クイがどんな気持ちでここにいたのか。

 それを想像すると、オレリアスは、何も言えなくなった。さっきまで、「大丈夫だ。」とか「もう気にしなくていい。」とか、優しい言葉をかけるつもりでいたのに、その用意した言葉すら出てこない。

(何をしているんだ、俺は。)

 オレリアスは黙ったまま、クイの正面のソファに腰掛けた。

 生気のないクイの瞳が、オレリアスを見つめている。

 手の中の飾り玉に視線を落とすと、それは、本当にクイの瞳によく似ていた。

 オレリアスは、クイもその玉を見ていることに気づいて、それを机の上に置いた。

「これはな、お前の瞳の色にそっくりだと思って、買ってしまったんだ。いるかい?」

 言うつもりのなかった言葉。

 自分の瞳の色など見えるはずもないのに、クイは、

「……う、うん。……ありがとう。」

と、オレリアスの押し付けた優しさに頷いた。

(ああ、何をやっているんだろう。)

 オレリアスは、ため息をついた。

 ちゃんと謝るつもりでいたのに、また物に頼って誤魔化している。

 オレリアスは、そっとクイの手の中に飾り玉を入れてやった。

 本当は、こんなものでなく、もっと優しい言葉をかけてやりたいのに。

「あのな、クイ。……ブラッドがな……。」

 言い始めて、オレリアスは頭を掻いた。

「ブラッドというのは、医者をしている友達なんだが……、お前が魔草を摘んできてくれたら、とても助かると言っていたよ。ここは、薬の行商が月に一度しか来ないから、よく薬が不足するんだそうだ。」

 すると、クイが顔を上げた。

「私、ここにいてもいいの?」

「もちろんだ。結界士のことなら、もういいんだ。お前はよく働いてくれたし、新たに結界士が必要なら、領主を代替わりさせればいい。まあ、そうなったら、今度こそヒューは逃げられないだろうが、俺としては、その方が助かるんだ。軍将の仕事に専念できる。」

 話している間にも、クイの目に涙があふれる。

「……ほ、本当に、いいの?」

「ああ、ここにいればいい。正直言うと、俺は、お前を気に入っているんだ。お前は、俺や魔獣の返り血も怖くないだろう? 俺はお前となら、うまくやっていけると思っている。もちろん、今回のような隠し事はごめんだが……。」

 ここだけはキッチリと釘を刺して、オレリアスは、にこりと微笑んだ。

 ずいぶん遠回りをしてしまったが、やっと素直な気持ちを伝えられた。

 きっと、クイも、想われていることを知って、喜んでいることだろう。

 しかし、なぜか、クイは動きを止めたままだった。

「あ!」

「あ?」

「……分かった。」

「何が?」

「今日のキス……。」

「?」

「……わ、私、試されていたんだ。」

 今日のキス。

 それは、会議室で。

 あのとき、オレリアスは、魔獣の返り血まみれで現れて、クイに乱暴なキスをした。

「うっ。」

 オレリアスは、後ろめたさから、うろたえた。

「ま、まあな。お、お前は、少しだけ、俺が怖いらしいが、あれぐらいなら、まあいい。許容範囲だ。」

 しかし、クイは、真っ赤になった。

「わ、わわわ、私、オレリアスが、あ、あああ、あんなことをするから、て、ててて、てっきり、キ、キスより先を望んでいると思って、そ、そそそ、それで……。」

「は?」

「だ、だだだ、だから、その。」

「キスより先と言ったか?!」

 オレリアスが聞き返すと、クイは、両手で顔を隠した。

「……う、うん。」

 それを理解するのに、丸三秒かかった。

「じゃあ、何か?! 俺が、あ、あんなところで?!」

 会議室は、公務の場所だ。

「するわけないだろう!」

 怒りがこみあげてくる。

「……わわわ。」

「お前、それで、少しだけ怖いと言ったのか?!」

「……あわわわ。」

「お前、少しだけなのか?!」

「……あわわわわ。」

「女なら、もっと抵抗しろ!!」

 オレリアスが大声で叱り飛ばすと、その衝撃に、クイはソファに吹き飛ばされた。


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