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6-8

 その後、オレリアスは、午前の診察時間が終わるのを待って、ブラッドの診療所に足を運んだ。

 診療所にはまだ患者がいて、オレリアスは、ブラッドに断ってから、シャワーと服を借りることにした。血の汚れを落とすと、気持ちがサッパリする。髪を乾かしながら待合室に戻ると、ちょうどブラッドも、午前の患者を帰し終えたところだった。

「何かあったのか?」

 心配するブラッドに、オレリアスは、

「いろいろとな。」

と呟いて、ソファに腰を下ろした。

 何から話していいものか、分からない。

 そうしている間に、看護婦をしている新妻が、気を利かせて奥の扉から出ていくのが見えた。

「あのな、ブラッド。クイのことなんだが……。」

 オレリアスは、気持ちを整理ながら、これまでの経緯を話した。

 クイとあの男が、同一人物だったこと。結界を強化するために、こっそり外界に行っていたこと。彼女が、上級結界士ではないこと。他の兄弟のために、故郷に戻れないこと。領主を追い出して、ウテリア領を自分のものにしようとしていたこと。彼女が偽りなくオレリアスが好きで、領民たちにも感謝していること。そして、追い出される覚悟で、本心からの謝罪をしてきたこと。

「ふふふ、本当かい?」

 ブラッドはあらかた理解すると、「いや、ごめん。笑う気などないんだ。」という顔で、息もできないぐらい笑い始めた。

 こちらは何も面白くない。

「好きに笑えよ。」

 オレリアスは、ため息をついた。

 オレリアスだって、笑えるものなら笑いたい。

 だが、この六日間、オレリアスをはじめ、ウテリア領中の人間が、どれだけクイに振り回されたか。クイにも同情すべき点があるのだが、それを差し引いても、この現状はむごかった。オレリアスだけみても、クイのせいで、激務を強いられ、あわやウテリア領から追い出されるところだったのだ。笑えないなら、いっそ、泣いてしまいたい。

「うふふふふ。」

 ブラッドの笑い声を聞いていると、不思議と、

(なぜ、俺は、こんなに腹が立っているんだろう。)

と、そのことが疑問に思えた。

 すでに頭で分かっているのに、クイを許せない自分がいる。何が引っかかって、前に進めない。それさえなければ、もっと違う行動ができたのに。

 オレリアスは、その正体を探ろうとして目を閉じた。

 まぶたの裏に思い出されるのは、あの男の目だ。オレリアスの事など相手にもしない余裕の目。あのとき、あの男の後ろ姿が、魔獣とともに消え去っていくのを、オレリアスは、ただ見ていることしかできなかった。

(そうか。)

 オレリアスは、やっと、この感情の正体に気がついた。

(俺は、あいつに逃げられたことに腹を立てているんだ。)

 あのときクイの逃亡を許したことが、結果的に、オレリアスのプライドを傷つけた。

(そうだ、それだけだ。)

 それさえなければ、それほど腹は立たない。

 オレリアスは、こめかみを押さえて、

(俺は、逃げられた自分の失態を認められなくて、泣いているクイを置き去りにした……。)

と、息を吐いた。

 直感的に自覚はしていたが、絡まった感情がほどけてあらわになると、自分の愚かさが身に染みてくる。

(今度こそ、クイに謝らなければならないな。)

 けれど、素直になろうにも、笑い続けるブラッドがここにいる。

「もう、いい加減にしろ!」

「ごめん、ごめん。」

 ブラッドは、オレリアスの怒りを受け流すと、

「それで、どうするんだ?」

と、問いかけてきた。

「何を?」

「何を?って、クイ姫ことさ。」

「ん? どうするって、結婚するよ。」

「そうじゃなくて。」

 そこまでで、ようやく、オレリアスは、ブラッドの意を察した。

  結婚すると言っても、いろいろな意味がある。今回、クイがオレリアスを好きなのだから、あとはオレリアスの気持ち次第で、結婚の意味は変わってくる。

 オレリアスは、少し照れたように頭を掻いた。

「ああ、うん、まあ、俺はもともと、クイを気に入っていたんだ。俺は、いつ何があるか分からない立場だし、先代みたいなことだって、ならないとも限らない。だから、俺がいなくなったとしても、ウテリア領を守っていける強い女性がいいと、前々から思っていたんだ。まあ、実際は、強い女性と言っても、そんな生易しいものではなかったがな……。」

 オレリアスは、苦笑しながら、魔獣の死体が転がっているのを思い出した。

(あれだけの魔獣を殺したのは、クイなんだ。)

 そのクイが、魔獣の返り血など恐れるはずがない。

 邪魔なら魔獣を切り殺し、必要なら魔獣を乗り回す。

 クイは、無敵だった。

 けれど、クイがいくら無敵でも、何もかも思い通りにいくわけではない。

 オレリアスが知るクイは、いつもよく泣いていた。

 社でも、詰め所でも、訓練所でも。

 泣いて、悩んで、また立ち上がって。

 そうやって苦しんでいる姿は、まだ十六の少女に違いなかった。

(可哀想なことをした。)

 思い返せば、泣かせた原因のほとんどが自分にあった。

(今度こそ、大切にしてあげないと……。)

 そう思った瞬間、

「じゃあ、もっと大切にしておやりよ。」

と、ブラッドに言われて、オレリアスはムッとした。

「うるさい!!」

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