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その後、オレリアスは、午前の診察時間が終わるのを待って、ブラッドの診療所に足を運んだ。
診療所にはまだ患者がいて、オレリアスは、ブラッドに断ってから、シャワーと服を借りることにした。血の汚れを落とすと、気持ちがサッパリする。髪を乾かしながら待合室に戻ると、ちょうどブラッドも、午前の患者を帰し終えたところだった。
「何かあったのか?」
心配するブラッドに、オレリアスは、
「いろいろとな。」
と呟いて、ソファに腰を下ろした。
何から話していいものか、分からない。
そうしている間に、看護婦をしている新妻が、気を利かせて奥の扉から出ていくのが見えた。
「あのな、ブラッド。クイのことなんだが……。」
オレリアスは、気持ちを整理ながら、これまでの経緯を話した。
クイとあの男が、同一人物だったこと。結界を強化するために、こっそり外界に行っていたこと。彼女が、上級結界士ではないこと。他の兄弟のために、故郷に戻れないこと。領主を追い出して、ウテリア領を自分のものにしようとしていたこと。彼女が偽りなくオレリアスが好きで、領民たちにも感謝していること。そして、追い出される覚悟で、本心からの謝罪をしてきたこと。
「ふふふ、本当かい?」
ブラッドはあらかた理解すると、「いや、ごめん。笑う気などないんだ。」という顔で、息もできないぐらい笑い始めた。
こちらは何も面白くない。
「好きに笑えよ。」
オレリアスは、ため息をついた。
オレリアスだって、笑えるものなら笑いたい。
だが、この六日間、オレリアスをはじめ、ウテリア領中の人間が、どれだけクイに振り回されたか。クイにも同情すべき点があるのだが、それを差し引いても、この現状は酷かった。オレリアスだけみても、クイのせいで、激務を強いられ、あわやウテリア領から追い出されるところだったのだ。笑えないなら、いっそ、泣いてしまいたい。
「うふふふふ。」
ブラッドの笑い声を聞いていると、不思議と、
(なぜ、俺は、こんなに腹が立っているんだろう。)
と、そのことが疑問に思えた。
すでに頭で分かっているのに、クイを許せない自分がいる。何が引っかかって、前に進めない。それさえなければ、もっと違う行動ができたのに。
オレリアスは、その正体を探ろうとして目を閉じた。
まぶたの裏に思い出されるのは、あの男の目だ。オレリアスの事など相手にもしない余裕の目。あのとき、あの男の後ろ姿が、魔獣とともに消え去っていくのを、オレリアスは、ただ見ていることしかできなかった。
(そうか。)
オレリアスは、やっと、この感情の正体に気がついた。
(俺は、あいつに逃げられたことに腹を立てているんだ。)
あのときクイの逃亡を許したことが、結果的に、オレリアスのプライドを傷つけた。
(そうだ、それだけだ。)
それさえなければ、それほど腹は立たない。
オレリアスは、こめかみを押さえて、
(俺は、逃げられた自分の失態を認められなくて、泣いているクイを置き去りにした……。)
と、息を吐いた。
直感的に自覚はしていたが、絡まった感情がほどけてあらわになると、自分の愚かさが身に染みてくる。
(今度こそ、クイに謝らなければならないな。)
けれど、素直になろうにも、笑い続けるブラッドがここにいる。
「もう、いい加減にしろ!」
「ごめん、ごめん。」
ブラッドは、オレリアスの怒りを受け流すと、
「それで、どうするんだ?」
と、問いかけてきた。
「何を?」
「何を?って、クイ姫ことさ。」
「ん? どうするって、結婚するよ。」
「そうじゃなくて。」
そこまでで、ようやく、オレリアスは、ブラッドの意を察した。
結婚すると言っても、いろいろな意味がある。今回、クイがオレリアスを好きなのだから、あとはオレリアスの気持ち次第で、結婚の意味は変わってくる。
オレリアスは、少し照れたように頭を掻いた。
「ああ、うん、まあ、俺はもともと、クイを気に入っていたんだ。俺は、いつ何があるか分からない立場だし、先代みたいなことだって、ならないとも限らない。だから、俺がいなくなったとしても、ウテリア領を守っていける強い女性がいいと、前々から思っていたんだ。まあ、実際は、強い女性と言っても、そんな生易しいものではなかったがな……。」
オレリアスは、苦笑しながら、魔獣の死体が転がっているのを思い出した。
(あれだけの魔獣を殺したのは、クイなんだ。)
そのクイが、魔獣の返り血など恐れるはずがない。
邪魔なら魔獣を切り殺し、必要なら魔獣を乗り回す。
クイは、無敵だった。
けれど、クイがいくら無敵でも、何もかも思い通りにいくわけではない。
オレリアスが知るクイは、いつもよく泣いていた。
社でも、詰め所でも、訓練所でも。
泣いて、悩んで、また立ち上がって。
そうやって苦しんでいる姿は、まだ十六の少女に違いなかった。
(可哀想なことをした。)
思い返せば、泣かせた原因のほとんどが自分にあった。
(今度こそ、大切にしてあげないと……。)
そう思った瞬間、
「じゃあ、もっと大切にしておやりよ。」
と、ブラッドに言われて、オレリアスはムッとした。
「うるさい!!」




