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たぶん、これから何かが起こるのだろう。
しばらくすると、兵士の服を着たクイが、仮眠室からもじもじと出てきた。
ローブ姿とは、印象が違う。
クイは、なぜか気恥ずかしそうにしていて、オレリアスは、それを見て、
(ああ、なるほど。ないのは胸か。)
と悟った。
まさか、その程度の事を気にする男とでも思ったのか。
けれど、「胸のことは気にしなくていい。」と言ってやろうとして、なんとなく、それはやめた。それより、何かが心に引っかかっている。この漠然とした感じ。それは、どこか既視感に近い、何か……。
(ん?)
このとき、オレリアスは、核心に迫るようなインスピレーションを感じていた。
が、訓練所は詰め所のすぐ外にあって、オレリアスは、「もしかしたら、クイがあの男なのでは?」という命題にたどり着く前に、訓練所にたどり着いてしまっていた。
★
訓練所は、むき出しの地面があるだけの何もない場所だ。
その南西の片隅には、小さな用具小屋が建てられていて、刃をつぶした訓練用の剣などが納められている。
オレリアスは、小屋までくると、
「好きなのを取るといい。」
と、クイに剣をすすめた。
二十本以上ある訓練用の剣は、よく使い込まれていて、それぞれに癖がある。
しかし、クイは、少しも迷わず、一番手前の剣を手に取った。
「それでいいのか?」
「はい。」
剣へのこだわりはないようだ。あるいは、勝ちへの執着そのものがないのか。
オレリアスは、
(素人の選択だな。)
と思いながら、自分も手前のを取った。受けてやるだけだから、折れなければそれでいい。訓練用の剣は久しぶりで、懐かしい感触に手がなじむ。
「防具はいるかい?」
「いえ、重そうなのでいりません。」
「……そうか。」
オレリアスは、訓練所の中央に進み出た。充分距離を取って振り返ると、クイが、剣を抱きしめるように握って立っている。
(握り方から教えるべきか?)
そう思ったが、今はやめた。
クイが何をしたいのか、そのことだけが知りたいのだ。
「相手をすれば全部話してくれるんだね。」
オレリアスがもう一度確認すると、クイは、
「はい。お願いします。」
と頷いた。
「ふぅ。」
どうにも剣の相手をしなければ、話してくれないらしい。
「どこからでも、どうぞ。」
オレリアスがゆるく構えると、クイは、
「行きます。」
と言って、腰を落とした。
クイの手の中で、剣の柄が、くるりと一周する。
(?)
それが、妙に手馴れた様子に見えた瞬間、クイは、オレリアスの懐に踏み込んでいた。
「!!」
クイが、オレリアスの右脇から剣を振り上げる。
オレリアスは、それを、咄嗟に両手で構えた剣で受けた。
キン。
剣と剣が、ぶつかり合う音。
クイの一撃が重い。
体重の乗った一撃だ。その衝撃で、手が痺れる。
「は!」
クイは、その反動と、左足の踏み込みで、体を外側に一回転させ、今度はオレリアスの左肩から下へと、剣を振り下ろそうとした。
「!!」
オレリアスはこれも剣でしのいだが、その刹那、オレリアスとクイの視線が合った。
(灰色の瞳。)
考える間もなく、クイの攻撃が続く。
クイは一歩退いて、再びオレリアスの懐に踏み込むと、今度は身を低くしてオレリアスの足を狙った。
(クイ?)
オレリアスは、反射だけで戦っている。
クイの一撃はすべて、まっすぐ急所を狙っていて、それは、オレリアスが考えていた、あの男の戦い方そのものだった。
(あ!)
クイの瞳と、あの男の瞳が重なって、ひとつになる。
その瞬間、オレリアスは、剣の柄でクイを弾き飛ばしていた。
クイは、三メートルほど吹っ飛ばされたが、猫のように体をひねって受身を取り、すぐ体制を立て直して、剣を構える。
「お前か!!!」
オレリアスが怒声を浴びせると、クイは、ビクッとして構えを解いた。
「あのとき、ムンガリに乗っていたのは、お前だったのか?!」
「う、うん。」
改めて見ると、あの男とクイは、同じ体格をしている。
オレリアスの声は、怒りに震えた。
「お、お前が花嫁泥棒だったんだな?!」
「え? ……は、花嫁泥棒?!」
花嫁泥棒という可能性を、クイは知らない。
だが、クイに事情を説明する気にもならない。
(ああ、そうだ。あの男は、クイ本人だったのだ!!)
だんだん状況が飲み込めてくると、その被害の全貌が頭をよぎった。
振り回されつづけたウテリア領軍の兵たち。
あの男のせいで、どれだけ苦労をさせられたか。
「お前、外界で何をしていた?!」
強い口調で責めると、クイは、下に向けた剣の柄にすがりつきながら、
「……け、結界柱を埋めていました。」
と答えた。
「結界柱?」
「う、うん。あ、あのね。結界はね、壁の内側だけじゃなく、外側にも埋めておくと強化されるって、文献で読んだんだ。あまり、こういうことをする結界士はいないから、知られていないことなんだけど、……。」
「知るか!」
論点はそこではない。
「それで、お前は、一人で外界に行ったのか?!」
すると、クイは素直に、
「うん、私が一人で行ったほうが早いと思って……。」
と答えた。
「……。」
もっともすぎて、言葉も出ない。
この腕前なら、護衛など要らないだろう。いや、護衛など、足手まといにしかならない。クイは、魔獣を乗り物代わりにして、外界を移動しているのだ。そんなクイを護衛できるものなど、ウテリア領軍には一人もいない。
「なぜ、そのことを、もっと早く私に言わなかった?!」
そうだ。もし、クイが本当のことを打ち明けていたなら、こんな物々しい護衛などいらなかった。
いや、それよりも。
「なぜ、逃げた?!」
オレリアスは、感情のままに、クイを怒鳴りつけた。
あの男を怪しく思ったのは、逃げたからだ。逃げたから、後ろめたい目的があるのだと思った。
するとクイは、言いづらそうに視線を泳がせた。
「……、は、話したくなかったんだ。……そ、その、領主を追い出すまでは。」
「は?」
「そ、その、私、領主を追い出して、ウテリア領を乗っ取ろうと思っていたんだ。」
「……え?」
「私、本当は下級結界士でしかなくて、それで、ここから追い出されることは分かっていたから、そうなる前に領主を追い出して、私が領主になろうって思っていたんだ……。」
「……領主になる?」
オレリアスが呟くと、簒奪者クイは、もじもじしながら頷いた。
「うん。私、帰れないんだ。私が戻ったら、姉さんや妹たちの結婚に差し障るって、父に脅されていて……。だから、どうしても、ここにいたかったんだ。魔草を集めて薬を作って、領民たちと仲良くやっていけたらいいなって、そんなこと考えてて。……でも、分かったんだ。ウテリア領は、上級結界士が必要なんだって。……私じゃ、ダメなんだって。……本当は、オレリアスと一緒にいたかったけど、……みんなに優しくしてもらえるのが嬉しかったけど、……私、ここにいちゃいけなかったんだ。」
「……。」
「ずっと、黙っていてごめんなさい。」
クイが頭を下げると、足元にポタポタと涙がこぼれ落ちた。
「私、今日、出て行くから。他の名家をあたって、ちゃんとした結界士がきてくれるように頼むから。ウテリア領のことは、必ず、私が何とかするから……。」
オレリアスは、黙ってクイの話を聞きながら、いろんなことを考えた。
多分、オレリアスが優男だったら、クイに叩き出されていたのだろう。クイの父ドレイク卿は、こうなる事が分かっていて無理な計画を押し付けたのだ。こいつを厄介払いするために。
徐々に明らかになる真実の中で、
(……それでも、クイは、偽りなく俺のことが好きなんだ。)
と、そのこともまた、真実に思えた。
オレリアスの目の前で、クイが涙をぬぐいながら、
「ごめんなさい。」
と繰り返している。
「……。」
本当は、どうすればいいのか、オレリアスも、分かっていた。
クイを抱きしめて「もういい。」と、「ここにいていいんだ。」と、慰めてあげればよかったんだ。でも、オレリアスは、それをしなかった。できなかった。そうさせない感情が、オレリアスの中に満ちていた。
「くそっ!」
オレリアスは、力いっぱい剣を地面に叩きつけると、
「結婚は予定通りだ。」
とだけ言って、すべてに背を向けた。
もうここにはいたくない。
クイの顔も見たくない。
振り返りもせず歩き出すと、後ろで、クイがわっと泣きだしたのが聞こえた。
(ああ、俺は何をしているんだ。)
わずかに後悔がよぎったが、それでも、オレリアスは、クイを見捨てて歩き続けた。どんなに心を落ち着かせても、今のクイにところに戻ろうとまでは思えなかった。




