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6-6

 たぶん、これから何かが起こるのだろう。

 しばらくすると、兵士の服を着たクイが、仮眠室からもじもじと出てきた。

 ローブ姿とは、印象が違う。

 クイは、なぜか気恥ずかしそうにしていて、オレリアスは、それを見て、

(ああ、なるほど。ないのは胸か。)

と悟った。

 まさか、その程度の事を気にする男とでも思ったのか。

 けれど、「胸のことは気にしなくていい。」と言ってやろうとして、なんとなく、それはやめた。それより、何かが心に引っかかっている。この漠然とした感じ。それは、どこか既視感に近い、何か……。

(ん?)

 このとき、オレリアスは、核心に迫るようなインスピレーションを感じていた。

 が、訓練所は詰め所のすぐ外にあって、オレリアスは、「もしかしたら、クイがあの男なのでは?」という命題にたどり着く前に、訓練所にたどり着いてしまっていた。


   ★


 訓練所は、むき出しの地面があるだけの何もない場所だ。

 その南西の片隅には、小さな用具小屋が建てられていて、刃をつぶした訓練用の剣などが納められている。

 オレリアスは、小屋までくると、

「好きなのを取るといい。」

と、クイに剣をすすめた。

 二十本以上ある訓練用の剣は、よく使い込まれていて、それぞれに癖がある。

 しかし、クイは、少しも迷わず、一番手前の剣を手に取った。

「それでいいのか?」

「はい。」

 剣へのこだわりはないようだ。あるいは、勝ちへの執着そのものがないのか。

 オレリアスは、

(素人の選択だな。)

と思いながら、自分も手前のを取った。受けてやるだけだから、折れなければそれでいい。訓練用の剣は久しぶりで、懐かしい感触に手がなじむ。

「防具はいるかい?」

「いえ、重そうなのでいりません。」

「……そうか。」

 オレリアスは、訓練所の中央に進み出た。充分距離を取って振り返ると、クイが、剣を抱きしめるように握って立っている。

(握り方から教えるべきか?)

 そう思ったが、今はやめた。

 クイが何をしたいのか、そのことだけが知りたいのだ。

「相手をすれば全部話してくれるんだね。」

 オレリアスがもう一度確認すると、クイは、

「はい。お願いします。」

と頷いた。

「ふぅ。」

 どうにも剣の相手をしなければ、話してくれないらしい。

「どこからでも、どうぞ。」

 オレリアスがゆるく構えると、クイは、

「行きます。」

と言って、腰を落とした。

 クイの手の中で、剣の柄が、くるりと一周する。

(?)

 それが、妙に手馴れた様子に見えた瞬間、クイは、オレリアスの懐に踏み込んでいた。

「!!」

 クイが、オレリアスの右脇から剣を振り上げる。

 オレリアスは、それを、咄嗟に両手で構えた剣で受けた。

 キン。

 剣と剣が、ぶつかり合う音。

 クイの一撃が重い。

 体重の乗った一撃だ。その衝撃で、手が痺れる。

「は!」

 クイは、その反動と、左足の踏み込みで、体を外側に一回転させ、今度はオレリアスの左肩から下へと、剣を振り下ろそうとした。

「!!」

 オレリアスはこれも剣でしのいだが、その刹那、オレリアスとクイの視線が合った。

(灰色の瞳。)

 考える間もなく、クイの攻撃が続く。

 クイは一歩退いて、再びオレリアスの懐に踏み込むと、今度は身を低くしてオレリアスの足を狙った。

(クイ?)

 オレリアスは、反射だけで戦っている。

 クイの一撃はすべて、まっすぐ急所を狙っていて、それは、オレリアスが考えていた、あの男の戦い方そのものだった。

(あ!)

 クイの瞳と、あの男の瞳が重なって、ひとつになる。

 その瞬間、オレリアスは、剣の柄でクイを弾き飛ばしていた。

 クイは、三メートルほど吹っ飛ばされたが、猫のように体をひねって受身を取り、すぐ体制を立て直して、剣を構える。

「お前か!!!」

 オレリアスが怒声を浴びせると、クイは、ビクッとして構えを解いた。

「あのとき、ムンガリに乗っていたのは、お前だったのか?!」

「う、うん。」

 改めて見ると、あの男とクイは、同じ体格をしている。

 オレリアスの声は、怒りに震えた。

「お、お前が花嫁泥棒だったんだな?!」

「え? ……は、花嫁泥棒?!」

 花嫁泥棒という可能性を、クイは知らない。

 だが、クイに事情を説明する気にもならない。

(ああ、そうだ。あの男は、クイ本人だったのだ!!)

 だんだん状況が飲み込めてくると、その被害の全貌が頭をよぎった。

 振り回されつづけたウテリア領軍の兵たち。

 あの男のせいで、どれだけ苦労をさせられたか。

「お前、外界で何をしていた?!」

 強い口調で責めると、クイは、下に向けた剣の柄にすがりつきながら、

「……け、結界柱を埋めていました。」

と答えた。

「結界柱?」

「う、うん。あ、あのね。結界はね、壁の内側だけじゃなく、外側にも埋めておくと強化されるって、文献で読んだんだ。あまり、こういうことをする結界士はいないから、知られていないことなんだけど、……。」

「知るか!」

 論点はそこではない。

「それで、お前は、一人で外界に行ったのか?!」

 すると、クイは素直に、

「うん、私が一人で行ったほうが早いと思って……。」

と答えた。

「……。」

 もっともすぎて、言葉も出ない。

 この腕前なら、護衛など要らないだろう。いや、護衛など、足手まといにしかならない。クイは、魔獣を乗り物代わりにして、外界を移動しているのだ。そんなクイを護衛できるものなど、ウテリア領軍には一人もいない。

「なぜ、そのことを、もっと早く私に言わなかった?!」

 そうだ。もし、クイが本当のことを打ち明けていたなら、こんな物々しい護衛などいらなかった。

 いや、それよりも。

「なぜ、逃げた?!」

 オレリアスは、感情のままに、クイを怒鳴りつけた。

 あの男を怪しく思ったのは、逃げたからだ。逃げたから、後ろめたい目的があるのだと思った。

 するとクイは、言いづらそうに視線を泳がせた。

「……、は、話したくなかったんだ。……そ、その、領主を追い出すまでは。」

「は?」

「そ、その、私、領主を追い出して、ウテリア領を乗っ取ろうと思っていたんだ。」

「……え?」

「私、本当は下級結界士でしかなくて、それで、ここから追い出されることは分かっていたから、そうなる前に領主を追い出して、私が領主になろうって思っていたんだ……。」

「……領主になる?」

 オレリアスが呟くと、簒奪さんだつ者クイは、もじもじしながら頷いた。

「うん。私、帰れないんだ。私が戻ったら、姉さんや妹たちの結婚に差し障るって、父に脅されていて……。だから、どうしても、ここにいたかったんだ。魔草を集めて薬を作って、領民たちと仲良くやっていけたらいいなって、そんなこと考えてて。……でも、分かったんだ。ウテリア領は、上級結界士が必要なんだって。……私じゃ、ダメなんだって。……本当は、オレリアスと一緒にいたかったけど、……みんなに優しくしてもらえるのが嬉しかったけど、……私、ここにいちゃいけなかったんだ。」

「……。」

「ずっと、黙っていてごめんなさい。」

 クイが頭を下げると、足元にポタポタと涙がこぼれ落ちた。

「私、今日、出て行くから。他の名家をあたって、ちゃんとした結界士がきてくれるように頼むから。ウテリア領のことは、必ず、私が何とかするから……。」

 オレリアスは、黙ってクイの話を聞きながら、いろんなことを考えた。

 多分、オレリアスが優男だったら、クイに叩き出されていたのだろう。クイの父ドレイク卿は、こうなる事が分かっていて無理な計画を押し付けたのだ。こいつを厄介払いするために。

 徐々に明らかになる真実の中で、

(……それでも、クイは、偽りなく俺のことが好きなんだ。)

と、そのこともまた、真実に思えた。

 オレリアスの目の前で、クイが涙をぬぐいながら、

「ごめんなさい。」

と繰り返している。

「……。」

 本当は、どうすればいいのか、オレリアスも、分かっていた。

 クイを抱きしめて「もういい。」と、「ここにいていいんだ。」と、慰めてあげればよかったんだ。でも、オレリアスは、それをしなかった。できなかった。そうさせない感情が、オレリアスの中に満ちていた。

「くそっ!」

 オレリアスは、力いっぱい剣を地面に叩きつけると、

「結婚は予定通りだ。」

とだけ言って、すべてに背を向けた。

 もうここにはいたくない。

 クイの顔も見たくない。

 振り返りもせず歩き出すと、後ろで、クイがわっと泣きだしたのが聞こえた。

(ああ、俺は何をしているんだ。)

 わずかに後悔がよぎったが、それでも、オレリアスは、クイを見捨てて歩き続けた。どんなに心を落ち着かせても、今のクイにところに戻ろうとまでは思えなかった。


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