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そのころ、クイは外界にいた。
掘ったばかりの穴に、結界柱を突き刺すと、そこから、領内の結界柱に向けて、放射状に光が走る。さらに、地脈も共鳴しはじめ、ウテリア領と外界の境界は、完全に光の帯で隔てられた。これで、ウテリア領に瘴気が入りこむ事はない。
(……ああ、終わった。)
結界柱に土をかぶせてから、クイは、ゆっくりと立ち上がった。
結界の管理はヒューがやってくれるから、もう結界士としてできることは何もない。
(……終わったんだな。)
初めて結界士としていられた四日間。
終わってしまうと、なんだか、あっけなかった。
楽しかったような気もするが、下級結界士のクイが必要とされるということは、ウテリア領が不幸だということだから、単純には喜べない。たぶん、必要とされなくなったことこそ喜ぶべきことなのだろう。
それがちょっと、寂しく思える。
(……帰るか。)
結界に区切りがつくと、また、あの軍将の事を思い出していた。
(あの軍将、今は何をしているのかな?)
一度作業をはさんだせいか、クイは、いくらか冷静になっていた。
もう、あの時のように(もしかしたら駆け落ちすることになるのかも!)なんて恥ずかしい妄想に苦しんだりはしていない。
(そう、別に、好きだって言われたわけじゃないんだ……。)
そう、想いが成就したわけじゃない。
もし、軍将に好意があったのなら嬉しいが、それも結局は、どちらでもいいことだった。
好きでも嫌いでも、結果は同じ。これは、結ばれることのない恋だったから、誰が誰を想おうが、結末は何も変わらない。
(そうだ。どうせ、なかったことにされてしまうんだ。)
たぶん、それが、一番現実的な未来だった。
軍将は何もしなかったし、クイは恋などしなかった。そして、クイは、ダメ領主と結婚して、その夫を虐げながら暮らしていく。
だから、これは都合のいい幻想だった。幻想の中で、叶わぬ恋をして、好きになった人にキスされた。悲恋の末のハッピーエンド。そして、幕が下りれば、いつもどおり、現実の続きに戻されてしまう。
すると、勝手に涙がにじんできて、クイは慌てて目をこすった。
(泣くのはもう、やめよう。)
見方を変えれば、最初で最後の大切な思い出ができた。
首を振って、辛い気持ちを追い出すと、ふいに別の疑問がわいてきた。
(そういえば、あの軍将。私のどこにムラっときたんだろう。)
あの時、あの軍将はすごく変だった。
なぜか、とてもイライラして、クイに対しても怒っていた。
(私、何か怒らせるようなことをしたんだっけ?)
考えるとすぐ、思い当たった。
(あわわ。)
そうだ、せっかく軍将があれこれ誘ってくれたのに、それを無碍に断ってきたのは、誰でもないクイだった。軍将は、あまりの無礼の積み重ねに、とうとうブチ切れたのだ。言ってみれば自業自得。
だが、それなら、叱るなり怒るなりすればいいだけのことだ。なのに、軍将の行動は、なぜか性的な方へと進んでいった。何が、軍将をそちらへ向かわせたのだろう。そちらへ向かう切り替えスイッチに、触れたのは一体、何だったのか。
(ん?)
クイは、襟元をつまみあげて自分の胸を覗き見た。
(ん? んんん?)
知っていたが、そこには女性らしい胸がない。
代わりに、よくぞ鍛え上げたというべき立派な胸板がある。
クイは、今さら、その現実に衝撃を受けた。
(お、女らしいところがどこにもない!!)
それは、他のパーツも同じだった。柔らかいヒップとか、細い首筋とか、女性らしい要素がどこにもない。今までそのことを重要だと思っていなかったから気にも留めなかったが、改めて自分の姿を省みると、クイは、雷に打たれたようなショックを受けた。
(な、何もない!)
今まで自分は女の子だと信じて疑わなかったが、クイはもう十六だ。もうそろそろ、それらしい姿かたちになってもいいはずだ。なのに、この姿はどうだ。まるで、自然の摂理から外れてしまっているかのようではないか。
思わず、クイは膝をついた。
(……そ、そうか、そうだったんだ。)
熟考の末、クイは、
(あの軍将は、変態だったんだ。)
と結論付けた。
たぶん、あの軍将は、常人では理解しがたいレアな「こだわり」を持った変態さんだったのだ。そのレアな「こだわり」があるからこそ、女らしからぬクイのどこかにクリーンヒットしたのだろう。でなければ、普通の一般の男性が、今のクイに、理性を失うはずがない。一体、どんな趣味の持ち主なのか。訊くのも知るのも、恐ろしすぎる!
(……あんなに素敵な人なのに。)
クイは、あの軍将を気の毒に思った。
けれど、
(それが何だというんだ!)
と、クイは、顔を上げた。
(たとえ、すべてを分かりあえなくたって、お互い歩み寄れば仲良くなれる! 現に、ここの領民たちは、力強く生きているじゃないか。領主が他人任せの役立たずでも、軍将が変態でも、ウテリア領の人たちは、皆ちゃんと立派に生きている!!)
不思議と、クイも元気が湧いてきた。
クイだって、出来損ないの結界士に生まれたが、それでも何とか、たくましく生きている。
(よし、もう部屋に帰ろう。)
クイは、ちゃっかり拝借してきた二本目の剣を鞘に収めると、障壁に向かって歩き出した。
しかし、障壁に近づくと、なにやらウテリア領が騒がしい。
(ん?)
明かりを持った兵士が、あちこちにいる。
(あれ?)
岩陰に隠れて様子をうかがうと、かなりの数の兵が障壁をうろうろしている。彼らは、不規則に往来していて、身をかがめたり、声を上げたりして、何かを探しているようだった。
(もしかして、……私がいない事に気づかれた?)
悟った瞬間、体が震えた。
(どどど、どうしよう。)
いくらクイでも、あの大勢の兵の中、誰にも見つからずに部屋に戻ることなどできはしない。




