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思いの他、雨は早くあがった。
雲の切れ間から星が瞬きはじめ、地表の水溜りの中にも、その光が映っている。
オレリアスは、会議室の窓から外を眺めて、
(クイ姫の涙も、やんでくれるといいのだが。)
と、ため息をついた。
クイは、すでに護衛の兵たちと館に戻っている。
兵長たちの前で「クイ姫のそばに付く。」と言っておきながら、護衛の兵にクイを任せ、会議室に居座り続けて、もう一時間。
さすがに観念したオレリアスは、完全に日が沈んだのを見て、重い腰を上げた。
(さて、謝りに行くか。)
しかし、何と切り出していいものか。
結局、オレリアスは、花を買うことにした。
花を嫌いな女性はいないだろうという安直な考えだったのだが、花屋の主人が気を利かせすぎて、それは大きすぎる花束になった。
(……しまったな。……一本だけにすればよかった。)
案の定、館に戻ると、護衛の兵たちがオレリアスをからかってきた。
「軍将、プロポーズですか?」
「……。」
違うと言いたかったが、オレリアスは、それをのみ込んで二階に上がった。
クイの部屋の前には、二人の護衛兵が立っている。
「あれ? 軍将、もしかして、入られます?」
オレリアスが黙って頷くと、二人の兵は、困ったように顔を合わせた。
「あの~、姫さんは、もう休まれていらっしゃいますが……。」
「休む?! まだ日が暮れたばかりじゃないか?」
「はぁ、そう言われましても、部屋に戻られてすぐ「疲れたから休みます。」って、それっきり……。」
オレリアスは、クイの部屋の扉の前で足を止めた。
常識的に考えて、就寝後の未婚の女性の部屋に男性が入っていいわけがない。
「で、入られますか?」
せかされるように問われて、オレリアスは唸った。
「……、……入る。」
途端、兵たちはニヤリと笑った。
「じゃ、俺たちは一階にいますんで、用があったら呼んでください。」
「どうぞ、ごゆっくり~。」
オレリアスは、
(何が「どうぞ、ごゆっくり~。」だ!)
と言い返したかったが、それを我慢して、黙って彼らを見送った。
今は、冷静に彼女と向き合わなければならない。
誰もいなくなった扉の前で、オレリアスは、ふうと息を吐いた。
「クイ姫。」
優しく呼びかけて、ノックを重ねる。
「私だ、オレリアスだ。」
しかし、いくら待っても返事がこない。
耳をそばだてても、物音ひとつ聞こえない。
オレリアスは、少し迷ってから、そっと扉を開けてみた。
「クイ姫、入るよ。」
部屋は、真っ暗だった。
明かりは消されていて、カーテン越しの月明かりだけが、ほのかに部屋を照らしている。オレリアスは、目を慣らしながら部屋の中に入った。もとは自分の部屋だったため、どこかにぶつかる心配はない。
「クイ姫、寝ているのかい?」
オレリアスは、ソファのそばで立ち止まって、花束を下した。
「すまないが、こちらに来てもらえないだろうか。どうしても今、君と話がしたいんだ。」
しばらく待ってみたが、反応がない。
オレリアスは、仕方なく、机の上に会った燭台に火をつけた。
「クイ姫、頼むよ。」
揺らめく炎に部屋が照らされ、窓の月明かりが消え失せる。
すると、ベッドの中に、クイらしき塊が見えた。
「少しだけ、起きてくれないか。私に謝るチャンスを与えてほしい。」
しかし、頭まで布団に包ったクイは、少しも動いてくれない。
(寝たふりをし続けるつもりなのだろうか。)
こんな早い時間から、眠れるはずもないのに。
悩んだ末、オレリアスは、クイのいるベッドに近づいた。
「クイ姫、お願いだ。声を聞かせてくれ。」
オレリアスは、手を伸ばしても届かない距離を残して、ベッドの端に腰を下ろした。
「クイ姫。」
冷たいシーツの感触。
それは、まるでクイの冷たい態度そのもので、オレリアスは、
(もう、口をきかないつもりだろうか。)
と、深くため息をついた。
本当は、何か言ってほしかった。優しい言葉でなくても、冷たい叱責であったとしても、クイの声が聞きたかった。そして、話がしたかった。もっと彼女を知りたかった。それに、ずっと後でかまわないから、もっと自分の事を知ってもらいたかった。
しかし。
「!?」
不審に思ったオレリアスがバッと布団を引き剥がすと、そこには、人の大きさに丸められた布団しかなかった。
「クイ姫!?」
オレリアスは、慌てて周りを見回した。陰になっているところや、人がもぐりこめそうな場所、バルコニーの外や、その周辺まで。しかし、いくらオレリアスが探しても、この部屋にいるはずのクイの姿は見つけられない!
「クイ姫! どこだ?! どこにいるんだ?!!」