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4-4

 オレリアスは、外界の荒野にいた。

 赤茶色の乾燥した大地が続いているように見える外界も、その奥には巨大な森が控えている。この外界の森が、魔獣のだった。魔獣は、瘴気を含んだ魔風に乗って行動し、結界の隙をついて人や家畜を襲いにやってくる。

 オレリアスは、森を警戒しながら、部下たちの作業に目を向けた。罠はあらかた張り終えている。あとは、身を隠す壕を掘るだけだ。オレリアスは、

「あと五分で、見張りと作業を交代しよう。」

と告げて、空を仰いだ。やっかいなことに、うす曇だった空が重い雲に覆われている。もしかしたら、今晩は雨が降るかもしれない。もし、雨が降ったら、雨音に魔獣の気配を消されてしまい、魔獣に襲われる危険性が高まってしまう。

 オレリアスは、ため息をついた。

(早く、来い。)


 想定は、こうだ。

 細身の男は、西からやってくる。この辺りの地面には、麻で粗く編んだ網が仕掛けてあって、オレリアスたちは、岩の陰や壕の中に身を隠して男を待つ。そして、男がその網の上にやってきたとき、網を四方から引っ張って男の足を絡みとるのだ。これなら、いくら剣の達人であっても、生け捕ることができる。万一、男に逃げられたとしても、一帯は細い鉄の糸を張り巡らしてあって、この糸は、夜ならまず見る事ができない。

(男一人、生け捕るのに、大層な罠を仕掛けたものだな。)

 オレリアスは、仕掛けられた罠を眺めて苦笑した。

 総勢十名の兵と、二重の罠。

 男が手練れであろうと、これで捕まえられないはずがない。

「軍将!」

 突然、ゴドウィンが声を上げた。

 呼ばれて振り返ると、兵長ゴドウィンが、地に這って、地面に耳をつけている。

「どうした?」

「何か、来ます!」

 言われてみると、足元から微かな振動を感じる。

「?!」

 これは、人間ではない。

 大型の魔獣だ。

 オレリアスが手に持った双眼鏡を南に向けようとすると、その前に、

「ムンガリだ!」

と、岩の上に登っていた見張りの兵が叫んだ。

 ピントを合わせると、イノシシ型のムンガリが見えた。数は一頭。まだ群れを形成していない若いオスのムンガリだ。気づくのが早かったお陰で、まだ距離がある。

「一頭だけだ。仕留めるぞ。」

 オレリアスは、罠を壊されないように前に歩み出て剣を抜いた。壕を掘っていた兵たちも、各々戦闘準備に入る。岩の上にいる兵は、そこで弓を構えた。

 対するムンガリは、近づくにつれ、かなり大型の魔獣だと分かった。オスの象徴でもある牙が、天を突くように伸びている。茶色の毛は、鉛のように鈍く光り、太い足は砂塵を巻き上げている。

 そのとき、岩の上にいる兵が叫んだ。

「ひ、人が乗ってる!!」

「?!」

 双眼鏡で確認すると、驚くべき事に、そのムンガリの上には人がいた。

 二本の牙を両手でつかみ、走り続けるムンガリの上に、一人の男が立っている。

「まさか、あの男か?!」

 オレリアスは目を見張った。

 男の体格は、小柄で細い。顔は布で覆っていて、目撃証言と酷似している。それに、この男の服は、簡素だがウテリア領のものではないようだった。どこか異領地の雰囲気がする。

(こいつか!!)

 オレリアスは、体中の血が騒ぐのを感じた。

 男の表情は分からないが、強い光を放つ灰色の目がオレリアスを見つめている。それは、まさにクイと同じ色で、アムイリア領の人間であると確信させた。

「止まれ!!!」

 男を乗せたムンガリに、オレリアスは剣を向けた。他の兵士たちも、それぞれに剣や弓を構えている。もちろん、警告のつもりだったが、次の瞬間、男も剣を抜いた。

(やりあう気か?!)

 男は、ひるむ様子も、慌てた素振りもない。

 それどころか、まるでこの場で誰が一番強いのか知っているかのように、じっとオレリアスだけを見つめている。

 オレリアスは、高ぶってくる気持ちを抑えて、左手を上げた。

「弓!」

 男は魔獣に乗っているが、弓は持っていない。遠距離攻撃できるのは、こちら側だけだ。

「放て!!」

 オレリアスの号令で矢が放たれると、男は前傾姿勢をとった。すると、それに呼応するかのように、ムンガリが加速したではないか。向きも、わずかに左に変え、放たれた弓矢は、ムンガリの後方に突き刺さる。

(!! ムンガリを自由に操れるのか?!)

 ムンガリは、口から泡を吹きながら、なおも全力で走り続けている。

 しかも、その先には、オレリアスがいる。

(面白い! この俺とやりあう気か!!)

 久しぶりに気持ちが高ぶってくる。

 オレリアスは、剣の刃をムンガリに向けて下段に構え、腰を低く落とした。狙うはムンガリの足だ。ムンガリの足をなぎ払い、同時に男を生け捕りにする。交差した一瞬の一撃で、ムンガリを仕留めるのだ。

「ふ~。」

 オレリアスの筋肉が収縮して熱を帯びていく。目を見開いて集中すると、ムンガリの細部まで詳細に見えた。正気を失った目と、上唇を押し上げる牙。鉛色に光る茶色の毛並みには、なぜか、無数の小剣が刺さっている。あれは一体何なのか。

 考える間もなく、男が動いた。

 男は、片足を浮かせたかと思うと、勢いよく足元の小剣の柄を踏みつけたのだ。

「!」

 たまらず、ムンガリは低く短くいなないた。

 同時に、ムンガリは、オレリアスの目の前で跳躍する。地面を這うように疾走するムンガリが、これほど高く跳ぶとは思ってもみなかった。一瞬の判断で、オレリアスが上方へ剣の向きを修正し、ムンガリを切り上げようとする。そのとき、オレリアスの剣をなめるように、男の剣が飛んできた。

「!」

 オレリアスは、それごとムンガリを払おうとしたが、男の剣に邪魔されたせいで、剣先がムンガリに届かない!

(こいつ!)

 オレリアスが振り返った時にはもう、ムンガリは、オレリアスの間合いの外にいた。男を乗せたムンガリは、兵たちの間を疾走し、大きく膨らみながら再び南の森へと進路を変える。走り去るムンガリは、麻の網や鉄の糸を、根こそぎ引き抜いていた。人を捕らえるための罠など、大型のムンガリに通用するはずがない。

「くそ!!」

 弓兵がムンガリの背に矢を射掛けたが、それも、ムンガリには届かない。

 大地に突き刺さった弓矢と、遠ざかる魔獣。

 オレリアスは、それらをにらみつけながら、沸き立つ怒りを理性で抑えつけた。行き場のない怒りが、じりじりと内臓を焼いている。


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