第25話 ドクター松本良順
【元治元年 九月】
「力さん。何やってんだよ?」
と勘吾と林は島田が大鍋で不気味な物を作っているのを見ると
「汁粉を作ってんだよ。上手そうだろ?」
と大鍋で汁粉を作っているようだが二人は
(うわあ・・・すげえ糸引いてぎっとぎとじゃねえか?気持ち悪い。)
(この吐きそうなくらい甘い匂い・・・これを食おうってのか?)
その不味そうな汁粉を平らげる島田はご満悦の表情だが・・・
池田屋事件に禁門の変と連戦で疲弊しきっていた新撰組だったが、島田があの大量の糖分を含んだ汁粉を平らげるのは無理もないだろうと思っていた矢先に、ある人物が壬生に屯所を訪れる。将軍徳川家茂に随行していた幕府の軍医、松本良順である。彼は壬生の屯所を訪れ驚愕する。前川邸のとある一室にぐったりとした隊士達が寝そべっており、良順は土方に
「この部屋は何だ?」
と尋ねると土方は
「ここは傷病者が休む部屋です。」
と答えると良順は
「これはいけない・・・今すぐ風呂を沸かしなさい。」
と良順が指示すると、土方は数名の隊士に風呂釜を作らせ、二時間ほどで湯を沸かし
「これで如何でしょうか?」
と土方の機敏な動きに驚くと
「彼らを風呂に入れて血行をよくするように。」
と教え、更に
「君達は普段何を食べているのかな?」
と聞くと
「まあ、魚や野菜ですかね。あと酒とか。」
と答えると良順はまたも
「豚や鶏の肉も食べた方がいいよ。あと卵とか・・・」
と話し
「鶏なら簡単に飼えるし卵も取れるから食べてみて。」
と言われ、良順の言う通りにするとたちまち傷病者が元気に回復していった。そして後日、新撰組隊士は良順が全員健康診断を行うことになった。傷病者の一人だった勘吾は
「これが湯治か・・・風呂はたまに行くものだと思ってたけど、毎日入るとこんなに違うものなのか?」
と感銘を受けていた。この時期から松本良順と新撰組は長い付き合いになっていく。隊士全員の健康診断が終わると、良順から
「肺結核の隊士が一人いる。」
と告げられ、近藤と土方は固まる。
その日の死番での出来事。沖田率いる一番隊は夜の死番に出動する。不逞浪士と斬り合いになった沖田と勘吾、林、山野、万太郎の五人だったが、沖田が珍しく不逞浪士を取り逃がし、咳き込んでいた。
「ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!」
勘吾達が詰め寄ると
「沖田先生!それ?」
沖田が血を吐いて倒れた。勘吾達四人は沖田を戸板に乗せ、壬生の屯所まで運んだ。直ぐさま良順がやって来て診察すると
「しばらくは安静にしなさい。」
と診断を受けた。近藤と土方は
「やっぱりあいつだったか・・・」
と落胆していた。
次の日、勘吾は一人近藤と土方に呼ばれた。
「蟻通、お前に折り入って頼みがある。」
「総司の様子、何処か気にならんか?」
と妙にかしこまっている二人を見ながら
「え?あ、ああ・・・」
と気のない返事をする勘吾に近藤と土方は勘吾に対して膝を床に付き
「頼む。お前は総司の右腕になってはくれぬか?お前にしか出来ない事だ!頼む!」
と言いながら二人揃って勘吾に土下座する。勘吾は慌てて
「ちょっと!頭をお上げ下さい!局長!副長!拙者如きの男にらしくないじゃないですか?!」
と驚く。新撰組の局長と副長が揃って平隊士の勘吾に深々と頭を下げている。すると土方が
「・・・能ある鷹は爪を隠す。こないだお前が武田をコテンパンに叩きのめしたのを見て確信した。お前、本当は総司より強いだろ?斎藤よりも、永倉よりも。ここにいる近藤さんよりも。だが、お前はいつも組長の総司を立て、俺達幹部を立て、仲間の隊士を立てる。お前が本気になれば助勤や伍長の位になれるが、お前にはそういう欲が全くない。何でだ?」
勘吾は即答する。
「俺はそういうの苦手なんです。この新撰組で働けるだけで満足です。ここは俺なりの正義を堂々と振りかざせる。俺はその一人であれば十分なんですよ。その機会を与えて下さった先生方の恩に報いたいだけなんです。」
近藤と土方は顔を見合わせながら、再度勘吾に
「総司はああいう性格だ。俺が言えば言うほど無茶をするだろう。総司を止めてくれとは言わん。総司が動かなくてもいいように刀を振るってはくれまいか?」
と頼むと、今度は勘吾が二人に土下座をし
「わかり申した!この蟻通勘吾!心命を賭してその御役目を果たして見せます!」
と近藤と土方に伝えた。
一方、良順の診察でもう刀を振るう事が出来ないとわかってしまった山南は思い悩んでいた。
「私はここにいて足手まといにならないだろうか?」
そんな時に土方が山南に声をかける。
「山南さん。そんな顔すんなよ。池田屋も明保野亭も蛤御門もあんたの采配で上手くいったんだ。」
「・・・これでも俺はあんたに感謝してんだぜ?俺達にこういう機会を与えてくれたのはあんただろ?刀握れなくなったからって何だよ?あんたには知識があるじゃねえか?此からも新撰組の頭脳となってもらわなきゃな。あんたの代わりに俺が刀振るってやるからよ。これからも頼むぜ?総長!」
と励ましていた。一見犬猿の仲のように見える土方と山南だったが、それは口で説明出来ない程強い信頼関係で結ばれていた。その日から勘吾は沖田の為に、土方は山南の為に刀を振るう決意をした。
それから一週間後、三浦は勘吾や林、山野等の平隊士に
「おい!お前河上の仇を取る筈なんだろ?何でいつも俺達の影に隠れて戦おうとしねえんだ?」
「いつも見廻をしている他の隊士の力を頼ろうとして、自ら手を汚さないなんて卑怯者だぞ!」
「お前何の為に新撰組に入ったんだ?あの世で親父さんが泣いてるぞ!」
と詰め寄られた。三浦は悔しくなり、勘吾の背中を斬ろうとするが、軽く交わされあしらわれていた。すると、静養の為部屋で土方と囲碁をしていた沖田が怒りだし
「馬鹿野郎!背後から斬りつけるとは何事だ!」
と三浦の襟首を掴んで十畳の畳の上に顔面を擦り付け、引き摺り三浦の鼻がべろんと剥がれる。三浦は
「あいつらが悪い!俺を馬鹿にしたんだ!」
と言い訳すると沖田に
「本当の事だろ!蛤御門の一件であの醜態は何だ?俺達はお前に仇討たせてやる為に引いてやったっていうのに、河上に完全に遊ばれてたじゃねえか!挙げ句の果てに俺らを盾にしやがって!おめえはそれでも武士か?!」
と怒鳴られ意気消沈。その後三浦は誰に謝る事なく逃げていくと、沖田が咳をし出し
「ガホッ!グホッ!ゴホッ!」
と喀血してしまう。土方が
「総司!横になってろ。医者呼んでくる。」
と言ってその場にいた勘吾達三人を走らせた。山野はともかく林は池田屋の一件から薄々感じており
「肺結核って沖田先生の事だろ?大丈夫かなあ?」
と心配していた。」
【元治元年 十月】
江戸から中島に引率されて新入隊士がやって来た。藤堂は遅れてくるらしい。近藤、土方の同郷から来た大石鍬次郎、横倉甚五郎、近藤芳助、備中国足守藩出身・安富才助、上野高崎藩出身・沼尻小文吾他十二名。
この中で安富とは同い年という事もあり、すぐに意気投合した。この安富とは山野同様最後まで運命を共にする事になる。安富は馬術の達人で勘吾にはないものを持っており
「俺は馬に乗ったこともねえんだよ。源氏の義経みてえなもんだろ?」
安富の習得した大坪流は、勘吾が使っている卜伝流と繋がっており、足利義輝が使用していた事もあり
「お前は新撰組の刀狩りって呼ばれてるんだったな。局長から聞いてるよ。てことは居合い道か?」
と勘吾も
「まあ、そんなとこだよ。それより今日の死番終わったら飲みに行こうぜ!お前とは長い付き合いになりそうだ。」
と話ながら、同期の林達や、同じく新規入隊の沼尻も誘って祇園に繰り出した。それから二週間後、新撰組に新たな勢力が現れようとしていた。
この話で何故勘吾が終生平隊士であり続けた本当の理由を書いています




