1.死という現実(1)
「ここどこだ。」
真っ暗な空間、目が覚めるとそこにいた。
どこを見ても続くのは暗闇で、自分がどういう状態かわからない。
かろうじてわかるのは何かぽくっ、ぽくっ、ぽくっ、チーンとなる音。
「……。」
もう一度耳を澄ませてみよう。ぽくっ、ぽくっ、ぽくっ、チーン........。
「なんか、とっても聞き覚えのある音が聞こえるんだが。一体どこから聞こえるんだ。」
あたりに手を動かしてみるが特に触れらるわけもなく、ただその場で動き回るロボットみたいだった。
これでは埒が明かないと思い、音がする方に向けて走り始める。
体は意外と軽かった。暗闇なのに何かにつまづくこともなく永遠に走り続けられた。
「一体どこまで続いてるんだよ。」
なんて愚痴を吐く余裕があるくらい正面へ走り続ける。
疲れを感じることもなく走り続けることおよそ1分やっと何か固いものに触れて体が少し重くなった。まるで水の中を走っているかのようにまとわりつくそれは動きを制限してきたが、負けじと走り続ける。
すると次第に解放されたように体が軽くなり、目の前がホワイトアウトした。眩しくて手を顔の前で交差させて光を遮り目を瞑る。だんだん慣れてきたのか眩しくなくなると目を開ける。
目に映ったのは経を唱える僧侶と、その後ろにいる黒服の人の集まりだった。
「……。」
言葉を失うほど葬式感丸出しのその雰囲気に言葉を失ってしまう。黙っていても、僧侶が経を読み続ける。
僧侶や、黒服の人々の向きから思うに自分に対してそれを行っているものだと感じ、後ろを見るとそこには1つの写真があった。
この場でいう写真それは遺影だ。遺影に写っているのは学生の写真だった。
「これって、俺の遺影か?」
ここまできたら、もう何も言わなくても分かるだろう。今目覚めたのは遺影に写った自分で、自分自身の葬儀に自分で参加しているという状態だった。
なんとも言い難い状況に言葉がなくなりただ、呆気に取られていた。
「まさか、まさか.....な。これ俺の葬式なんだよな。ドッキリじゃないよな?」
そう言いながら自分が座っている場所から降りて、僧侶の前に移動する。
目の前で手を振っても反応はない。参列者たちの方を見ると右側には親や親族、左側には友人たちが座っていた。
目立つ動きをするが誰も気にした様子はなかった。
「うわぁ、完全に見えてないじゃん。夢ってわけじゃないんだよな。夢であってほしいけどな。」
そんなことをぼやきながら葬儀の中歩きまわる。
入り口に置かれた葬儀看板には『故 伊藤奏多 葬儀式場』と書かれていた。
奏多は目が覚めると幽霊になっていた。そして、幽霊として目覚めたのが自分の葬儀中故に奏多は自分の葬式に自分で参加すると言う誰も信じられない経験をしていた。
「目が覚めたら幽霊って、有名漫画の主人公じゃないんだからよぉ。てか、なんで葬式の途中で目が覚めるんだよ。意味わかんねぇよ、成仏するだけなら目覚めなくてよかったろうが。」
奏多の口数は減らないが誰にも聞こえていないので返ってくる返事もない。
仕方ないと、葬儀が終わるまで席の後ろの方で腕組みをし仁王立ちを決めた。
葬儀が終わったのは奏多が目覚めてから約30分後であった。
今は式場から移動してきた親含む参列者が別室で待機していた。
場の空気というのは、どんよりとしていて啜り泣く音が響いている。
「俺のためにここまで泣いてくれるのはなんかむず痒いんだけどよ、いい加減泣きやめよ。この後、また火葬場に移動したら泣くんだろ。その時流す涙が枯れちまうぞ。」
もし参列者の誰かが言ったら大問題になるような発言をしながら親や友人の顔を見る。
奏多はため息を吐くと、少し離れたところで顔を片手で覆って座っている女性に近寄ると隣に座った。
彼女の名前は月島紫苑、奏多の彼女だった人だ。
「お前も着てくれてたんだな。」
「……。」
紫苑は顔を覆っていない左手で、握り拳を作るとそれを地面に軽く叩きつけた。
急な行動に奏多は驚いたが、すぐに紫苑の心境を悟ると申し訳なさでいっぱいになった。
人が死ぬと、その人のことを思って悲しくなる。これは確かに一般的には正しいものであるがそれだけではない、人は人が死ぬと怒りの感情が芽生える。死んでしまったことに対する怒り、死ぬ原因となったものに対する怒り。それはその怒りを感じた人にしかわからないが、こういう場で怒りを感じている人は意外とわかりやすかったりする。
今、奏多が紫苑から感じたのも悲しみではなく怒りだった。
もちろん、怒りを感じているから悲しんでいないというわけではないが怒りというのは悲しみよりも露骨に出やすいのだ。
「そう怒るなって言えたらいいけど、それって無責任だよな。勝手に死んでおいてごめんで済むんじゃ残された側はどうしていいかわからないもんな。」
奏多は独り言のように呟く。それしかできないからそうしているといったようなものだった。
しばらく紫苑の隣で参列者たちを見渡す奏多。意外と親族の出席率は低かった。従兄弟やその家族はいるが再従兄弟は親だけきていた。奏多の家系はそれなりに大きく、小さい頃から親族絡みの集まりで顔を合わせる人が多かった。
他人のはずなのに親族として集まる。幼少期などは親に連れて行かれるが強制なので顔を合わせる機会が多く覚えてしまう。だから誰がいて誰がいないなんてのは意外とわかるものだ。
「ま、参加してくれとは思わないけからいいけどな。正直葬式に行くのって面倒だし、それにあんまり関係がない奴らに出てもらっても、こっちからしたらなんで?って感じだしな。」
「……。」
奏多が独り言を言えば何かしらの反応を返してくる紫苑も今日は返事がなかった。返事が返ってこないことに寂しさを覚えていると、奏多の両親と話していた女性が話をやめて奏多たちの方に歩いてくる。
「紫苑、そろそろ移動するって。」
「わかった。」
呼びにきたのは奏多の幼馴染の莉奈だった。莉奈に呼ばれた紫苑は立ち上がると足元を見渡して忘れ物がないかを確認すると莉奈と一緒に行ってしまった。
移動するというワードから推測するに霊柩車の準備が整ったのだろう。
奏多は立ち上がると後を追い、一緒に移動するのだった。
奏多は母親が運転する自家用車に乗り30分ほどかけて火葬場に移動した、奏多の母は先に受付を済ませるとすでに到着していた他の参列者のところに移動した。
「伊藤さん、今回は気の毒ね。」
「えぇ、まさか奏多くんが高校生で亡くなるなんて誰も思わないわよ。」
奏多の母親がいる位置から外れている場所でそんな声が聞こえた。奏多はなんとなく声の下方へ向かうと親戚の親がそんな話をしていた。名前の知らないが親族の集まりで見たことのある人たちだった。
きっと奏多の親に向けられた言葉だろうが「伊藤さん」と呼ぶあたり、親戚であっても奏多達とはかなり血縁が離れていることが窺えた。
奏多は名前の知らない人たちの横にいるくらいならと紫苑達がいる場所まで移動した。
その場にいたのは莉奈と紫苑と直人の3人、莉奈と直人は奏多の幼馴染で紫苑は奏多の彼女だ。特別この場で話している訳ではないが、3人とも暗い顔をしているのは見てわかった。関係が親の次に近いのだ、言葉を交わさずともその場の雰囲気だったり話し方で大体のことはわかる。
奏多もみんなと同じように壁に背中を預けるとただ目を瞑って立った。
しばらく待っていると入り口が開かれて奏多の父親が入ってくる。
霊柩車に乗っていた父が来たということはこれから火葬が始まるということだ。
奏多の両親が少し話すと今度は棺が運ばれてくる。係の人たちの案内で全員が移動を始める。
火葬炉の前まで棺が移動すると炉前の儀式が始まる。順番に花や手紙類を入れていくのを奏多はただ見ていた。
これから自分で使っていた体が本当の意味でなくなるのだ、その気持ちは簡単には言い表せるものではなかった。
各々が納め終わると、蓋を閉めて火葬炉に棺が入っていく。
「おやすみ、奏多。」
奏多の母親が送り言葉を言うと、その場にいた全員が合掌をした。
所々で啜り泣く声がする。我慢していた感情が崩壊したように再び崩壊したようだった。
火葬炉の扉が閉まると係の人に促されて待合室に移動する。
待合室に移動してきたのは奏多と両親、莉奈、直人、紫苑とその両親。あと学校の担任と一部の学友と親族だった。
火葬が終わると、奏多の両親に挨拶をして帰宅していく人もいたが、残った人に奏多の両親は待合室に移動してすぐお礼を言って周り、今は机の上に置いてあった茶菓子を食べながら莉奈達と話をしていた。
「みんなありがとう。こんなにたくさんの方々に囲まれて送ってもらえて奏多も満足していると思うわ。」
「そうだね、あの子のために時間を割いて集まってくれたんだ、きっと向こうで安心してゆっくりできるよ。ありがとう。」
奏多の両親が改めてみんなにお礼を言いながら会話を始めた。
「あともう少しみんなの時間をいただくわね。」
「気にしないでください。奏多は俺と莉奈にとっては家族みたいなものだし。他のみんなだって友人関係なんですから、最後まであいつを送る手伝いをさせてください。」
「そうね、ありがとう。」
奏多は母と直人の話を後ろで聞いていた。確かに直人の言うとおり昔からお互いの家で寝泊まりをしたり幼稚園や学校から帰ってきた時は遊んだりと兄弟のように3人仲良く育ってきた。なので家族みたいと言うのは間違いではなかった。
「待ち時間もそれなりにあるし、よかったら奏多の学校でのことを教えてくれないかしら。あの子ったら学校のことをあまり話さないから。」
「僕も聞かせて欲しいな。奏多がいる時じゃ聞けないしね。」
直人は頷くと最近の奏多の行動や、奏多との思い出を話始める。
「そうですね、ちょうど1月くらい前なんですけど.....。」
しばらく直人の始めた話を聞いて少し恥ずかしくなった奏多は所々話を止めたくなったが、言葉が届かないので直人の口は止まらずに動き続けた。他にも莉奈や紫苑の話を奏多の両親は聞き、改めて奏多が外でどんなふうに思われた子なのかを確認すると、満足したように感謝をしていた。
奏多は小恥ずかしい気持ちを隠しながらも、思い出を話す3人と両親を見ていた。1人の彼女と2人幼馴染が話す内容は確かに奏多は生きていたんだっていうのがわかるものだった。
思い出語りは火葬が終わるまで続き、火葬終わりの知らせを受けた参加者は収骨をし全ての儀式を終えると解散となった。
「さてと、みんなありがとう。お塩用意してあるから使ってね。」
奏多の母がそう言って指さしたのはラックの上に置いてある清め塩だった。
塩の中身は一般的に販売されている塩だが葬式終わりに伊藤家で「ついて来たらダメだよ」と言うニュアンスもといつも振っているので今回も用意されていた。
本来は穢れを家に持ち込まないものではあるが、ここ最近では行わない場合もあるらしい。
「ついてきちゃダメよって言われてもな、実際塩を振られたからって俺が家に入れないわけでもないし。」
塩を振り終わった人から順番に遺骨や戒名札などを置くため扉が開かれると中に入って行く。
奏多は家に上がるといつもの癖で手洗い場へ移動し、蛇口を捻ろうとした時に一人で気まずくなった。
きっと鏡に映った自分顔はさぞ微妙な顔をしているんだろうと思いながら、自分が映らない鏡を見つめた。
「死人って本当に鏡に映らないんだな。それなりに怨念が強かったりすれば映るんだろうけど俺はそこまで強くなさそうだしな。うーん、まぁ映っても混乱させるだけだしいいか。」
一人でに納得すると奏多は自分の部屋に向かい、今は閉じられた部屋の扉をじっと眺める。
「さてと、問題です。死んだ俺は物を持つことができません、当然ドアノブも握ることができません。ではどうやって部屋の中に入ればいいでしょう。」
なんとなくクイズ番組の司会のような前振りを口にしながら部屋の扉の前に立つと一度深呼吸をして前に歩き出す。
「正解は....そのまま通り抜ければいいでしょう。」
ドラマやアニメ、漫画なんかはよく幽霊が簡単に壁やものを通り抜ける描写が描かれている。なので自信はなかったがなんとなくできるだろうと思いながらやってみた。
部屋の扉に触れた瞬間、水の中に入ったみたいな感覚があったが扉を抜けるとその感覚はなくなった。それは奏多が葬式の中目を覚ます前に触れた感覚と同じだった。
この感覚に慣れておこうともう一度扉を通り抜けようとすると今度は通り抜けられなかった。
入る時は特に問題なかったが出ようとしたら出られなかった。
「ん?」
奏多は背筋に嫌な汗が流れる感覚を感じた。部屋に入ろうとした時は問題なくできたのに部屋から出ようと思ったら出られなかったのだ。生物は皆当たり前にできたことが急にできなくなると混乱することがあるが、死んでもなお同じようになるとは思わず、奏多に緊張と焦りが現れる。
一度状況を整理しようと冷静になるため息を吐き出すと先ほど思ったことをもう一度思い浮かべる。物に触れられない俺はどうやって入ったのか、そしてそのためにどうやって通り抜けたのか。 部屋から出ることができない状況に混乱している脳をどうにか鎮めていき、おこなった行動を口にし始める。
「洗面所から移動してきた俺は閉まっていた部屋に入ろうと独り言を言いながらはいった。入る時、水に触れた感覚を感じた。それに慣れようとして部屋から出ようとしたら通り抜けられず部屋に閉じ込められている。」
いついかなる時も物事を俯瞰して考えることができれば何か問題が起きた時に冷静かつ迅速てきに物事を処理することができるが、それができるのは一部の人間だ。奏多は残念ながら俯瞰の真似事しかできなかった。
「部屋に入る。扉を通り抜けられる。部屋を出る。扉を通り抜けられない。……うーん、通り抜けるは一緒だけど、入ると出るが違うな。入るために通る、出るために通る。行いとしては一緒なんだよな......。うーん仮に今一瞬思ったことが正しければこれで通れるか?」
奏多はなんとなく思ったことを試そうと行動に移していた。部屋から出るではなく廊下に入るという意識で前に進む。すると先ほどと同じように水に触れた感覚があり通りぬけ終わるとまたその感覚はなくなった。
そして立っている場所は部屋の外、つまり廊下だった。
「....できたな。ってことはそういうことでいいんだよな。」
奏多が思ったことは進入だった。
出ると入るは、行うことは一緒だが言葉が違かった。
幽霊である奏多はどこに行くという意識、「入る」という意識がないと壁を通り抜けられなかった。
幽霊とは存在しないもの、存在しないものに進入の許可は出せないから、そいつは侵入するしかないという事だ。
「行動としちゃ入るも出るも一緒なんだけどな。開けられるは開ける権利があるから通れる。開けられないは開ける権利がない、だからやるとしたら侵入するしかないって言う認識になるのか。そう考えるとこれからの行動が楽だな。まぁ死んでるから言えることだけど死んでなかったら普通に不法侵入で即お縄だよなきっと。」
自分に言い聞かせるように頭で思ったことを口にしながら、奏多はもう一度部屋の中に入る。奏多の部屋は高校生男子にしては珍しく、物が少なく部屋も綺麗だった。
いつも紫苑が座るベッドに腰を下ろすとそのまま体を倒す。いつも静かな部屋の中だが、今はもっと静かに思えた。この部屋は、誰かがいれば話し声か物が擦れる音を出すが現状音を出すものは何もなかった。
唯一聞こえるとしたら下の階から人が動く音、話し声が聞こえてくるくらいだ。
特に何かを感じた訳ではないがなんとなくみんなのところに行こうと思い、倒した体を起こすとリビングに向かった。
下の階に移動してきた奏多はリビングの扉は閉じられていることに気づき通り抜けようかと思ったが押し入れが空いていたのでそちらから中に入ると簡易的な仏壇があり、そこに奏多の写真とお供物なのか菓子や果物、飲み物などが置いてあった。
仏壇ではないため自分の手元に来ないのかなと思ったが、棺の中に入れていた手紙や花が手元にないことから、きっと供物も俺の手元には来ないのだろうと諦めた。
押し入れには誰もおらずリビングに繋がる引き戸が空いていたのでそちらに移動するとそこにみんながいた。
「みんな最後までお手伝いありがとうね。奏多がいなくて少し寂しくなっちゃったけど、もしよかったらたまに顔を見せてあげて今度お墓がたったら教えるから。」
「わかりました。」
「それじゃ、紫苑さんは僕が家まで送るよ。」
「お願いします。」
下に降りてきたタイミグがちょうどお開きになる時だったらしく紫苑たちが身支度を終えていた。
莉奈と直人は家が近所で歩いて帰るが紫苑のことは父が家まで送るらしい。
本当ならいつも奏多が家まで送るのだが今はそうも言ってられなかった。
「じゃあ、みんな今日はありがとう。気をつけて帰ってね、おやすみなさい。」
みんなを送りに玄関まで移動した母がお礼を言うと莉奈達は「お邪魔しました」と言って家から出ていった。
紫苑たちが家を出ると、家の中は一層鎮まった。
玄関が閉まったてもなお動こうとしない母に奏多はかける言葉が見つからずただ、横目に見ることしかできなかった。しばらくたってやっと動き出したかと思うと母は押し入れに移動して何も言わずに一点を見てまた動かなくなった、その視線の先には奏多の遺影と骨壷があり、今もなお現状を受けいれたくない思いと葛藤しているようだった。
自分のことでもあるが見ていられなくなった奏多はリビングに移動すると、いつもしていたようにソファーに寝転がると天井を見上げる。部屋の中はひとりでに動く時計の針の音だけが響いていた。
薄暗い部屋、時計の針の動く音、何も考えず変わらずただ天井を見ていると不意に隣の部屋から鼻を啜る音が聞こえてくる。きっと葛藤していた気持ちが溢れてしまったのだろう。嗚咽混じりの母の声に奏多は無駄とわかっていてもソファーの背もたれに拳を打ちつけた。
この瞬間奏多は自分が死んだと言うことを改めて再認識することになった。
何も伝えられず、思ったことを消化することもできない現状、吐き出すことも許されず謝っても伝わることはない。
母1人にするのはなんとなく気が引けたので父が帰ってくるまではソファーで横になったままだったが、父が帰宅すると自分の部屋に戻ってベッドへ横になった。
誤字脱字あれば教えていただけると幸いです。




