第73話 観測の鏡
エイドは境界膜の縁に立ったまま、動かなかった。
形は人に近い。
だが固定されない。
肩の輪郭が揺れ、
顔の位置がわずかにずれる。
それでも、先ほどよりは安定している。
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「エイド」
レインが静かに呼ぶ。
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存在がわずかに反応する。
輪郭が一瞬だけ収束する。
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「……レイン」
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場が凍りつく。
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「今、名前を」
レオニスが低く言う。
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Λが即座に解析する。
「音声模倣ではない」
「概念学習」
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エイドはゆっくりと頭のような部分を傾ける。
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「境界」
「レイン」
「見る」
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リオナが呟く。
「向こうも学んでる」
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カイナが短く言う。
「学習速度が異常だ」
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アリエスは逆に興奮していた。
「観測の相互作用だ」
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「こちらが観測するほど」
レインが言う。
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「向こうも観測する」
サエルが続ける。
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エイドの輪郭が少し揺れる。
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「観測」
その単語を、初めて発した。
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Σの演算が走る。
「概念翻訳一致」
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「観測とは何だ」
レオニスが静かに問う。
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エイドはしばらく沈黙する。
内部の揺らぎが強くなる。
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「見る」
「触れる」
「変わる」
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Λが言う。
「定義として正しい」
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「観測すると変わる」
リオナが小さく言う。
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エイドはゆっくりと境界膜に手を当てる。
膜が波打つ。
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「境界」
「閉じる」
「危険」
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その言葉に、カイナが反応する。
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「誰にとって」
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エイドの輪郭が強く揺れる。
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「……両方」
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沈黙。
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レインは静かに言う。
「閉じれば、循環は止まる」
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エイドが小さく頷くように揺れる。
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「閉じない」
「見る」
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その瞬間。
外縁の揺らぎが大きく波打つ。
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観測装置が警告を出す。
「外縁波形、急増」
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Λが言う。
「相互観測増幅」
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レオニスが歯を食いしばる。
「これが問題だ」
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「観測しなければ」
アリエスが言う。
「理解は進まない」
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「観測すれば」
カイナが言う。
「揺らぎが増える」
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そのとき。
エイドが静かに言う。
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「鏡」
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誰も動かない。
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「こちら」
「向こう」
「同じ」
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リオナが息を呑む。
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「鏡だ」
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レインは静かに理解する。
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外縁は未知ではない。
少なくとも一部は。
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こちらを観測することで、
こちらと似た構造を生み始めている。
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エイドは、その最初の像だ。
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戦えない参謀は、ゆっくりと息を吐いた。
余白は空白ではなかった。
余白は――
鏡だった。
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