第26話 国家は最適化できても、世界はできない
国家監査官アーデル・クロウゼンが動いたのは、
世界が騒ぎ始めてから三日後だった。
遅いわけではない。
むしろ、異常なほど早い。
「状況整理を行います」
多国間会議の場で、アーデルは淡々と告げた。
各国の代表が揃っている。
敵意はない。
だが、緊張は張り付いたままだ。
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「まず確認します」
アーデルは一枚の資料を掲げる。
「現時点で、
明確な侵略行為を行った国家はありません」
「異論は?」
誰も口を開かない。
それは事実だった。
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「次に」
資料が切り替わる。
「各国の判断理由」
「自国防衛」
「経済安定」
「民の保護」
短く、簡潔に並べられる。
「いずれも合理的」
「いずれも、国家単位では最適です」
ヴァルケインの代表、イリオスが静かに頷いた。
「当然だ」
その声に、感情はない。
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「では、こちらをご覧ください」
アーデルが示したのは、別の図だった。
各国の行動を、
時間軸で重ね合わせたもの。
「……これは」
誰かが、息を呑む。
「国家単位では、被害は抑制されています」
「しかし」
アーデルは、指先で線をなぞる。
「それらを重ねると、
世界全体の損失は増大します」
線が交差し、絡み合う。
「補給路の断絶」
「軍の常時展開」
「難民発生率の上昇」
数字が、冷酷に示されていた。
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「結論を述べます」
アーデルは、淡々と続ける。
「今起きているのは、失敗ではありません」
「……では、何だ」
イリオスが問う。
「**最適化の衝突です**」
その言葉が、場を静めた。
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「各国は、正しく判断している」
「だからこそ、引かない」
「だからこそ、譲れない」
アーデルは、視線を巡らせる。
「結果として、
誰も望まない状況が生まれている」
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「それは、仕方のないことでは?」
オルディア商盟の代表、マルグリットが肩をすくめる。
「国家は、自国を守るものよ」
「ええ」
アーデルは、否定しない。
「国家は、国家を守る」
「それ自体は、否定されるべきではありません」
だが、と続ける。
「問題は、
**世界を守る設計が存在しない**ことです」
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沈黙。
その言葉は、誰の責任でもなかった。
制度の空白。
設計不在。
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「対策は?」
エル=サリアのユスティアが、静かに問う。
「現時点では、ありません」
即答だった。
「国家単位の合理性を超えた評価基準が、
そもそも共有されていない」
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「……ならば」
イリオスが口を開く。
「我々は、
これまで通り行動するしかない」
「はい」
アーデルは、頷く。
「それが、現行制度での最適解です」
その肯定が、
逆に場を重くした。
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会議後。
セシリアは、アーデルに並んで歩きながら言った。
「つまり……」
「ええ」
アーデルは、視線を前に向けたまま答える。
「国家は最適化できても」
「世界は、できない」
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その言葉は、
辺境領にも届いていた。
報告を聞いたレインは、
静かに目を閉じる。
「設計不在、ですか」
「どうする?」
ヴァルドの問いに、
レインはゆっくりと答えた。
「作るしかありません」
それは、宣言ではなかった。
ただの事実だった。
――誰もやっていないなら、
やるしかない。
世界は今、
“正しさ”の衝突点に立っていた。
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