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第25話 誰も悪くない戦争

 辺境領の執務室。


 レインは、地図に三つの印をつけていた。


「まず、ヴァルケインが先制で勝ちます」


 ヴァルドが眉を寄せる。


「勝ったあとは?」

「オルディアが交易路を閉じます。損を避けるために」

「……エル=サリアは」

「結界を上げ、難民を閉め出す。民を守るために」


 レインは、ペンを置いた。


「全員、正しい。

 そして全員が正しいまま、世界だけが軋んでいきます」


「見てきたように言うな」

「いいえ」


 レインは、静かに首を振った。


「順番に、起きるだけです」


---


 ヴァルケイン連邦の作戦室は、静まり返っていた。


「先制行動は、すべて成功しています」


 報告を受けながら、最高戦略官イリオス・ヴァル=ケインは無言で頷く。


「敵国の軍備増強は?」

「停止しました。補給線が寸断されています」


 想定通りだった。


 敵が力を蓄える前に叩く。

 被害が出る前に芽を摘む。


(正しい判断だ)


 迷いはない。

 この判断が自国民を守る。


 それ以上でも、それ以下でもない。


---


 一方、オルディア商盟。


「交易路封鎖の影響が出始めています」

「各国から、抗議も来ていますが……」


 商盟代表マルグリット・フェルナは、穏やかに微笑んだ。


「感情的な抗議ですね」

「解除は?」


「まだ早いわ」


 彼女は指を組む。


「戦火が広がれば、物流は止まる」

「なら、先に止める」

「それだけの話よ」


 商人として、極めて自然な判断だった。


 戦争は悲劇だ。

 だが、起きるなら備える。


 損をしないために。


---


 エル=サリア神政国。


「結界出力、最大を維持します」

「難民申請は?」


 聖域管理官ユスティア・レイ=サリアは、祈るように目を閉じた。


「受け入れられません」


 胸が痛まないわけではない。

 だが、結界の内側には、守るべき民がいる。


(全ては救えない)


 それでも、救える命を確実に守る。


 それが、彼女に課された責務だった。


---


 国境地帯。


 小さな衝突が、あちこちで起きていた。


 どれも短時間。

 どれも限定的。


 だが、そのたびに軍は前に出る。

 補給が動く。

 警戒が強まる。


「敵が動いた」

「こちらも対応しろ」


 誰も攻めるつもりはない。

 ただ、備えているだけだ。


 それでも――。


---


 王都で報告を受けたセシリアは、唇を噛んだ。


「全員、正しいことしかしていない……」


 各国の判断理由を並べれば、反論はできない。


 ヴァルケインは自国防衛。

 オルディアは経済安定。

 エル=サリアは民の保護。


 どれも、責められない。


「なのに……」


 地図の上では、緊張線が増え続けている。


 一本一本は細い。

 だが、重なり合えば――。


(戦争になる)


 いや、違う。


(戦争より、悪い)


---


 同じ地図を、辺境領でもレインが見つめていた。


「これが、“誰も悪くない戦争”です」


 静かな声だった。


「一国だけなら、防げます」

「二国でも、調整できます」


 だが。


「三国以上が、

 同時に合理的判断を重ねた場合」

「止める設計が、存在しない」


 ヴァルドは、言葉を失う。


「誰も間違っていないのに?」

「はい」


 レインは、淡々と答えた。


「だからこそ、止まらない」


---


 その夜。


 各国の灯りは、いつもより明るかった。


 警戒の灯。

 準備の灯。


 世界はまだ、壊れていない。


 だが確実に――

 正しさだけを燃料に、破滅へと近づいていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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