対話
開けている本を閉じて、目線を合わせる。いつも通り、挨拶する。
「おはよ」
「おう」
挨拶ができただけで、少し胸の内が温まる。それは、安心とか安堵…のはず。
時計を見る。時間は8:26。クラスのみんながやってくる時間は、いつも30~35の間にドバっとやってくる。その時間になったらしばらく話せないだろう。だから、この四分間は言葉を交わしたい。できれば…——だけと。
隼人が準備を終えて、席に着く。いそいで体を後ろに向けて、向かい合う姿勢となる。
「そういや隼人ってtukiって人知ってる?」
「あーなんやったっけ。あれやんな高校生の」
「そうそう、あれ、晩餐歌うたっている人。」
「それや。」
「俺その歌手にはまってさー。まーじでいい歌しかない。」
「晩餐歌しか知らんわ」
軽く、隼人が笑う。その笑顔が、まぶしくて。
「っていうか、俊の推しってYOASOBIじゃないん、変わっったん?」
「いや、変わってない変わってない。ずっと好き。新たな推し、みたいな。」
「あーそう、浮気じゃないんか」
「浮気ちゃうわ!」
「ごめんごめん」
また、隼人が軽く笑った。俺も、つられて笑っちゃう。その笑顔は、もしかしたらニヤけているのをばれないようにするためなのかもしれないと、ふとそう思った。
何気ない会話が、本当に楽しい。声が耳に入ってきて、身振り手振り表現するのが、少しかわいくて、それと同時に、ポップコーンのようにぽんぽんと、かっこいいという気持ちが大きくなる。まだ、朝だ。昼よりもずっと涼しい。それなのに、俺の心の中では、熱が、確かにこもっていた。汗は出ていなくて、少し安心する。会話は終わらなかった。チャイムが鳴るその四分間、ずっと話せれた。くだらない話も中学生らしい話も、とにかく喋れた。君と話したことが何よりもうれしかった。
チャイムが鳴り、いつもの読書タイムが始まった。読書タイムのうち、初めの五分の間に来れば、遅刻しない。それ以降に来たらアウトという感じだ。このクラスの人三分の二ぐらいの人たちは、読書タイムの初めの五分間に来るギリギリ集団だった。
席を戻し、本を取り出す。さっき開いていたページを開きなおしてそこから始める。さっきは進まなかったこの本もいまでは 自然と読み進めれていた。それは、読書タイムだからか、それとも———。
不思議なことにこんなに遅刻するのが瀬戸際なのに、ほとんどの人が遅刻をしない。
今日も最後の人が来て、3秒後にチャイムが鳴った。リラックスした雰囲気が教室にほとばしる。毎日ギリギリなので、こっちもなんだかひやひやしてしまう。先生もやってきて、みんながしっかりと、本を読み始めた。
五分後、読書タイム終了のチャイムが鳴った。空気が緩む。
「起立、きょうつけ、礼」
いつも通りの号令、いつも通りの雰囲気。それに少し、安心する。時間割を見ると、二時間目に、体育の授業があった。
…やばい、着替えだ。




